第44話 ツンデレお兄様

「お兄様、森谷さん妹さんは大丈夫?」


「色々と突っ込みたいけど、そんな元気ないからね?」


 水萌みなものお見舞いに行った次の日、水萌はやはり無理をしていたようで、今日も学校を休んでいる。


 昨日俺に気を使って無理に元気を装っていたから、余計に熱を出したのかもしれない。


 だから俺は自己満足な罪悪感にむしばまれている。


 そんな俺を知ってか知らずか、文月ふみつきさんが昨日と同じく水萌の心配をして、俺に声をかけてくる。


「昨日お見舞い行ったんだよね?」


「行った。元気そうだったけど、多分無理させた」


「そうなの? 森谷さん妹さんなら、お兄様が来てくれたのは本心から嬉しかったと思うよ。それこそ体調が悪いのを忘れるぐらいに」


 そう言ってもらえると少し気が楽にはなるけど、無視をしようと思っていたけど、やはり突っ込まざるをえない。


「昨日は『森谷妹さん』と『お兄さん』だったよね? 初めて話した時は普通に『森谷さん』と『桐崎くん』だったはずなんだけど?」


 正確には初めて会った時は色んなあだ名を付けられたけど、最終的には『桐崎くん』だった。


 文月さんは日を跨ぐとなぜか呼び名が変わる。


「そこに気づくとは……お主何奴!」


「そういうのいいから。別に呼び名はなんでもいいけど、毎回変えるのめんどくさくない?」


 学校では水萌と兄妹ということになっているから『お兄様』とか呼ばれるのも別に気にはならない。


 だけどそうして毎日呼び方を変えていたらいつかネタが尽きるだろう。


 いつか困るなら、今のうちにやめるのがいいと思う。


「お兄様はほんとに優しいよね。いいの? うちはほんとに惚れるよ?」


「そういう冗談は水萌が拗ねるからやめてね」


「本気かもよ? 実は結構本気」


「そうなんだ。ありがとう」


「すごい適当な返事をありがとう。まあ確かにいつかは呼び方が思いつかなくなるから固定しよう。『妹さん』と『お兄様』で」


「そっちなんだ」


 無難に『森谷さん』と『桐崎くん』になると思ったけど、文月さんに無難は通じないようだ。


 まあ俺は別に構わないからいいけど。


「そういえばさ、ずっと聞きたかったことがあるんだけど聞いていい?」


「答えるかはわからないけどいいよ」


「そう言って答えてくれる優しいお兄様が好きだぞ」


「……」


「あ、ほんとにごめんなさい」


 文月さんがウインクしながら意味のわからないことを言い出したから、正面を向いて無視をしたら慌てた様子で頭を下げてきた。


「そういう律儀なところは俺も好きだよ」


「や、ちょっ、そ、そういうのは……くぅ……」


 文月さんが顔を赤くしながら俺にジト目を向けてくる。


 この子はレン以上に簡単でいい反応をしてくれる。


「レン……」


「おや? 今、うちを見て他の子を考えた気がするぞ?」


「俺の中に文月さんの入る隙間ないから」


「辛辣! 落ち込んでるお兄様の話し相手になってるのに!」


 別に頼んでないのに随分と図々しいことだ。


 まあ実際、一人で居るよりも気が楽なのは事実だけど。


「ありがとう」


「いや、素直にお礼を言われるとちょっと照れます……」


 文月さんが頬に手を当てながらチラチラこちらを見てくる。


「じゃあ帰って」


「だからってツンデレしなくていいの!」


「俺はツンデレじゃないから。てかツンデレで思い出したけど、水萌に変なこと吹き込むのやめろ」


「さっきまであんなに優しかったのにいきなり怖くなるのやめてよ、泣くよ?」


 文月さんの目元が若干濡れているような気がしなくもないが、そんなのは知らない。


 水萌が言葉を覚えるのはいいけど、明らかに偏りが酷い。


 あれでは俺の心が先に死ぬ。


「そもそもうちは妹さんに『ツンデレ』って教えてないよ?」


「知ってる。言ってるのは俺だから」


「じゃあなんでそれでうちが怒られてるの?」


「だから言ったろ、思い出したからって」


 ほんとになんでもない。


 ただ『ツンデレ』と聞いたら、水萌から発せられた様々な言葉がなぜかフラッシュバックしたのだ。


「うちは偶然で怒られたと?」


「そうだな。恨むなら運命を恨んでくれ」


「しどい……」


 突っ込み待ちなのかわからないけど、言いたいことはわかるからいちいち突っ込むことはしない。


「うちのオアシスが居ないだけで気分が沈んでいくのに、お兄様までいじめるんだ……」


「文月さんってほんとに水萌のこと好きだよね」


「そりゃね。あんな『理想な子』どこを探してもいないから」


「文月さんは女の子が好きなの?」


 世の中には異性よりも同性を好きになる人がいるのは知っている。


 人の趣味をどうこう言うつもりはないし、そもそも誰が誰を好きとか興味ないけど、ちょっとした好奇心から聞いてみたくなった。


「別にそういうのじゃないよ? 確かに妹さんは可愛くて可愛くて可愛くて可愛いけど、うちは妹さんに恋愛感情があるわけじゃないの。これはね、うちと同類の人にしかわからないけど、あの理想さは他にないんだよ」


 文月さんが腕を胸の前に組んでうんうんと頷く。


 正直文月さんの言う『理想』がなんなのかわからないけど、水萌が可愛いことは俺と一致しているからいいことにした。


「うちも看病したいなぁ」


「その心は?」


「弱った美少女って三割増しで可愛いって聞くから」


「絶対に水萌とは会わせないと今決めた」


 俺が勝手に決めることではないだろうけど、こんなだらしない顔をしている文月さんを苦しんでいる水萌に会わせるなんてことはできない。


「お兄様の視線が痛い。ちなみに実際はどうだった?」


「俺の前では弱ってないって言ったろ。俺が追い込んだって……」


 水萌は俺の前では弱ったところを見せない。


 俺を心配させないようにというのはわかるけど、少し寂しい。


 まあそうさせてるのは俺だから何も言えないのだけど。


「なるほど、落ち込むお兄様はとても可愛い」


「お前らはなんなの? 落ち込む相手を見て喜ぶ性癖でも持ってるの?」


 水萌もレンも同じようなことを言ってた気がする。


 俺が落ち込んだところで、いつも憎たらしい男の成れの果てぐらいにしか思わないはずなのに、みんな口を揃えて『可愛い』なんて言う。


 ほんとに意味がわからない。


 可愛い子から可愛いなんて言われて信じられる方がおかしい。


「お兄様はあれだね、ツンデレを拗らせ過ぎてめんどくさいね」


「だからツンデレじゃないっての。ツンデレは他に……」


 そこまで言って、またも正規のツンデレ枠であるレンを思い出す。


(レン欠乏症……)


 レンと一日会わないことはたまにある。


 だから大丈夫だと思っていたけど、最後の別れ方が悪かったようで、レンが不足してきている。


「どしたの? うちへのご褒美?」


「ちょっと相手できる状態じゃないから返事はできないよ」


「そこで突っぱねないのがお兄様の優しさだよね。割と好き」


「……」


「ほんとに相手してくれなくなった。ちょっと悲しみ……」


 文月さんには悪いけど、ほんとに相手をしてる状態ではなくなった。


 水萌とレンに言われて知ったけど、俺は母さんと似ているようで、感情の振れ幅が大きいようだ。


 自覚はないけど、実際こうして落ちる時はとことん落ちるからそうなのだと思う。


「……あれ?」


 文月さんが不思議そうな声を漏らす。


 気になって文月さんの向いている方を見ると、そこには人だかりと、囲まれていても目立つが見えた。


「んー……ん?」


 文月さんが目を細めて人だかりを見ているが、首を傾げた。


「どゆこと?」


「俺に聞くな」


 正直俺だって驚いている。


 彼女がなんでここにいるのか。


「んー、まあいっか。困るのはお兄様だろうから、うちは自分の席でお兄様が困る光景を眺めてるね」


「最低だな」


「褒め言葉をありがとう。さらばだ」


 文月さんは右手を挙げながら自分の席に戻って行った。


 俺はその背中から視線を教室の出入口に固まっている人だかりに向けた。


 意味はわからないけど、本人の決めたことだからそれを尊重する。


 その休み時間は何も起こらないまま終わる。

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