第43話 お見舞いだけど……
「
「お鼻痛い……」
俺のせいで雨に降られ、水萌は風邪をひいた。
だから学校からの帰り道に水萌の住むマンションにお見舞いへやって来た。
念の為水萌の部屋番号は聞いていたので、フロントをうろつく変質者にならずに済んだが、水萌の部屋に着き、水萌に中へ案内してもらうまでは良かったのだけど、水萌がつまづいて転び、思いっきり鼻を打ち付けてしまった。
「朦朧としてた?」
「簡単に」
「目の焦点合ってる?」
「簡単に!」
「俺は何人居る?」
「
どうやらそこまで重症というほどでもないようで安心した。
まあインターホンを鳴らして、普通に出られた時点で学校に居る間の落ち着かなさは少し解消されていたけど。
「水萌ってさ、よく転ぶ?」
「……転ばないよ?」
「間があったよ。確かに聞いてたけど」
水萌の部屋はとても広い。
高校生の一人暮らしでは持て余すぐらいには。
だけど、その広い部屋を埋めつくさんと言わんばかりに物が散らばっている。
さっきも、玄関からリビングに通じる廊下に落ちているプリントで足を滑らせていた。
「水萌ってミニマリストかと思ってた」
「それは知ってる。舞翔くんみたいな人だよね?」
「まあそうかな? でも実際、あるのは服とかプリントとかなんだよね」
落ちているのは、水萌が家で着ているのであろうパーカーや、学校で貰ったであろうプリント、そして勝手に増えていくチラシなんかだ。
水萌が食べているというパンのゴミなんかは一切落ちていない。
「ゴミ袋が放置されてるとかもないし、そういうところはちゃんとしてるから偉い」
「褒められたぁ。言い訳するとね、おうちに帰ってくると、全部どうでもよくなって、手に持ってるチラシとかが勝手に落ちてるの」
「疲れてるんだよ。いつもお疲れ様」
俺はそう言って水萌の頭を撫でると、水萌がへにゃっと笑う。
さりげなくおでこを触ると、まだ熱いのがわかる。
「寝てていいから。ご飯は食べた?」
ベッドに座る水萌を横にさせ、置いてあった水おけからタオルを取り、軽くしぼってから水萌のおでこに置いてから水萌に問いかける。
「食べてない。私のおうちには何も無いのです!」
「そんな威張ることでもないから。でもそうだろうと思って色々と買ってきたよ」
水萌はうちで料理の勉強をしているが、家で実践してみたなんてことは聞かない。
昨日もお弁当を作り忘れたと言っていたけど、そもそも材料がない可能性が高かった。
だからあるならあるで作ればいいし、無かった時用にレトルトのお粥や、なんとなく水萌が好きそうなゼリーなどを買ってきた。
「舞翔くんのお料理が食べたい」
「嬉しいけど結構図々しいな。材料あるなら作ろうって思ってたけど、お米とかないんでしょ?」
「無い!」
「だから威張るな。作るのはまた今度ね」
風邪なんてひかないに越したことはないが、もしもまた水萌が風邪をひいたら家から何か持ってきて作ってもいいかもしれない。
「また雨浴びなきゃ」
「わざと風邪をひくなら怒るし何もしないからね?」
「うぅ、気をつけて風邪ひく」
この子は全然わかっていないようだ。
それが水萌だから別にいいけど。
「あ、そうだ、
「いや、あれから連絡も取れてない」
レンには水萌を家に送った後にメッセージを送ってみたが『既読』の文字も付かなかった。
とりあえず反応して欲しかったからスタンプを無駄に連打しまくったけど、何も変わらない。
「通知切ってるか、最悪ブロックされたかな……」
「それはないから大丈夫。舞翔くんは恋火ちゃんともう一回お話したいんだよね?」
「ああ。多分レンの求めてる答えを伝えることはできないけど、レンとはまた話したい」
レンの欲しい答えなんてわかっている。
俺が水萌のことを好きだと言えばそれで解決だ。
もっと言うなら俺と水萌が付き合うのがレンの最終目標。
わかっているが、俺はそれを叶えるつもりはない。
「私は舞翔くんと恋人さんになるの嬉しいよ?」
「思ってないだろ?」
「思ってるもん。半分ぐらいは」
水萌の本心はわからないけど、水萌も俺と付き合うつもりはない。
水萌は水萌で何か思惑があるように思える。
「ほんとは今日から色々とやるつもりだったんだけど、ごめんなさい」
水萌が体を起こそうとしたのを肩を掴んで止めた。
「水萌が謝ることじゃないだろ。今回のことは全部俺が悪いんだから」
俺が全てを素直に話していれば今回のようなすれ違いは起こっていない。
いつもなら何も気にしないのに、今回に限って言葉が出なかった。
「舞翔くんは優しいから私が聞いてるのも気にしてくれたんでしょ?」
「少しだけだよ。結局あそこの無言は一番駄目だった」
「あれは恋火ちゃんも悪いよ。理由は聞いたけど焦りすぎ」
「理由って結局なんなんだ?」
レンが何かに焦っていたのはわかっている。
早急に俺と水萌を付き合わせたいわけが何かあったのだろう。
だけどそんなのいくら考えてもわからない。
「家庭の事情? 私達の家の事情だから舞翔くんは気にしないで大丈夫」
どうやら水萌も説明する気はないようで、その先は教えてくれそうにない。
「そんなことより恋火ちゃんだよ。学校には来てた?」
「多分来てない。教室にもいつもの場所にも居なかった」
水萌の風邪が気になってはいたけど、やはりレンのことも気になった。
だからレンの居るであろう場所を探したけど、どこにもレンは居なかった。
「やっぱり俺とは会いたくないんだよな……」
「どうしよっかなー。正直舞翔くんと恋火ちゃんのちわげんか? ってめんどくさいから早く仲良しさんに戻って欲しいんだよな」
「痴話喧嘩なんてどこで覚えたの?」
「
「だよね」
水萌に変な言葉を教えるのが文月なのはわかっていたけど、なぜか文月さんはちゃんと意味まで教えないようだ。
俺とレンの今の状況は痴話喧嘩などではない。
「よし、恋火ちゃんには怒られるだろうけど話しちゃお」
「何を?」
「恋火ちゃんね、昨日私が追いかけた時に……」
水萌がそこで言葉を止めて固まる。
「時に?」
「なんでもない。やっぱり恋火ちゃんに怒られたくないから言わない」
「そう? 水萌が言いたくないなら別にいいけど、一つだけ聞いていい?」
「私が恋火ちゃんに怒られないものなら」
「それは知らないけど、レンは俺ともう一度話してくれると思う……?」
この前は水萌と話せなくなったのをレンに相談して、今度はレンと話せなくなったのを水萌に相談している。
俺はもう一人では何もできないのかもしれない。
二人がいないと俺は駄目だ。
どちらが欠けても、俺は……
「やっぱり舞翔くんはおバカさんだよね」
「久しぶりに言われた気がする」
「恋火ちゃんを信じてあげて。恋火ちゃんは舞翔くんを嫌いになったから出て行ったんじゃないよ。舞翔くんが『何も答えなかった』から出て行ったの」
水萌が真剣な表情で俺に言う。
レンは俺からの答えを待っていた。
それに俺は無言で返した。
レンからしたら、自分の想いと、これはレンの考えだけど、水萌の気持ちを蔑ろにされたのが許せなかった。
だから俺はレンから嫌われたはずだ。
「恋火ちゃんもわかってるよ、自分が焦ってることぐらい。だからね、舞翔くんは恋火ちゃんを信じてれば大丈夫。多分すぐに恋火ちゃんの方から話しかけてくれるから」
水萌がどこか確信めいた表情で言う。
水萌とレンの間で何か約束でもあったのかもしれない。
でも、あれだけ怒っていたレンが自ら俺のところに来るなんて思えない。
だけど水萌の真剣な眼差しがそれを信じようと思わせる。
「すぐって言うのは具体的にどれぐらい?」
「それは恋火ちゃん次第だけど、明日には行かせる」
「水萌が?」
「うん。後で恋火ちゃんが来てくれるから」
それなら俺がこのまま居座ったらレンに会えるのでは? と思ったけど、おそらくそれは叶わない気がした。
なんとなくだけど、レンが今日学校に来なかったのは水萌を看病してたからで、俺が来たからレンはどこかに行った。
今は俺が帰るのをどこかで待っているのかもしれない。
「わかった。とりあえずお粥だけ用意したら俺は帰るな」
「うん。寂しいけど『マイトくん』で我慢する」
水萌はそう言って枕元でふてぶてしく座っているねずみ色の犬のぬいぐるみを抱き寄せる。
「それだけはどこかに投げないでくれたんだ」
「当たり前だよ。マイトくんは大切だもん」
水萌はそう言ってぬいぐるみを優しく包み込むように抱きしめる。
すると安心したのか、水萌が可愛い寝息を立て始めた。
「無理してたよな。いつもごめん」
水萌は元気そうにしていたけど、おでこを触った時は相当に熱かった。
多分俺に色々と説明する為に相当の無理していた。
水萌はいつも天然で、突拍子のないことを言い出すけど、やはり姉妹だからなのか、相手のことを最優先に考える。
自分の身がどうなろうとも。
「早く元気になってよ。それでまたレンと三人でご飯を食べよ……」
その関係を壊した張本人が何を言うのか。
自分で自分が嫌になる。
長居してもいけないから買ってきたものをベッド横に置いて帰ることにした。
レンが来るなら水萌が起きた時にお粥を準備してもらえばいい。
今用意しても冷めるだけだから。
俺は最後に水萌の頭を撫でてから立ち上がる。
そして部屋を出る時に「ごめん」と伝えた。
そうして水萌の部屋を出た俺は、時間をずらしてもらったバイトに向かった。
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