第42話 期待を裏切らない女

舞翔まいとくん、文月ふみつきさんとお話するの楽しかった?」


水萌みなも、圧がすごい。それと別に楽しいとかはなかったから」


 洗面所からリビングに移った俺と水萌は、机を挟んで話し合いを始めた。


 始まって最初の発言で既に心が折れそうだが。


「そもそも水萌が連れて来たんだよ?」


「私は連れて来てないもん。文月さんが勝手について来ただけだもん」


「でも文月さんから俺と話したいって言われたんでしょ?」


「言われたよ。でも、言われただけで何もお返事してないもん」


「水萌よ、もしかして文月さんから話しかけられるけど一度も返事してないとかないよな?」


「ないよ?」


 水萌が「何言ってんのこいつ?」みたいな表情で首を傾げる。


 文月さんは水萌に色々と余計なことを吹き込んでいると言っていたけど、まさか一方的に話してるだけで、水萌が返事をしてないとは思わなかった。


「文月さん相手でも愛想笑いとかだけなの?」


「うん。なんて言えばいいのかわかんないんだもん」


 それはなんとなくわかるかもしれない。


 水萌は俺やレンと話してる時はわかりにくいけど、結構な人見知りだ。


 その人見知りの水萌に、文月さんのノリを相手するのは難しいかもしれない。


「あ、でも一回だけ言葉で会話はしたことあるよ」


「そうなの?」


「うん。舞翔くんの悪口言ったから怒った時」


 水萌の顔が見たことないぐらいに真顔になる。


 正直怖い。


「あの時文月さんもやっぱり居たんだ」


 文月さん自らが元凶だと言っていたので、あの場に居たのはなんとなく知っていたけど、正直覚えていない。


「舞翔くんもお話してたよ?」


「え?」


「舞翔くんは私のことを悪く言えないと思うの」


 まさか水萌に呆れたような顔をされるとは思わなかった。


 いや、たまにされるけど。


「もしかしてさ、裏拳してた人?」


「うらけんって何?」


「手の甲で殴ること。男子の一人を倒してた女子いたじゃん」


「そう、あの人が文月さんだよ?」


 言われてみたら似ているような気がしなくもない。


 正直昔のこと過ぎて覚えていない。


「舞翔くんは私と恋火れんかちゃんにしか興味ないもんね」


「そりゃな。まあそのレンに嫌われたからどうしようってとこなんだけど……」


 水萌と居るとそれだけで明るくなれるが、やはりさっきのことを忘れることはできない。


 レンの涙、あれが頭から離れない。


「舞翔くんは恋火ちゃんと今まで通りに戻りたい?」


「当たり前だろ。レンのいない生活なんて考えられなくなってるんだから……」


 水萌が俺と話してくれなくなった時も落ち込んだ。


 金曜日にレンが少し不機嫌になった時ですら少し落ち込みかけたのに、今回のは本気の拒絶だ。


 だから水萌の時と同様に、俺の心が沈むの確定している。


「恋火ちゃんの昔話聞く?」


「本人の許可は?」


「もちろん取ってるけど、舞翔くんが気にするのはそこだよね」


 水萌がなぜか嬉しそうに笑う。


 レンの話なら正直いくらでも聞きたい。


 だけどそれがレンの知られたくない話なら聞きたいとは思わない。


 レンを傷つけたくなんてないから。


「昔話って言っても、昔の恋火ちゃんがどんなだったかだね。とりあえず可愛かった」


「それは知ってる」


 前に幼い頃の水萌とレンの写真を見たが、二人ともとても可愛かった。


 今と比べたらなんて野暮なことは聞かれても答えない。


「私は引っ込み思案で、人見知りがすごかったんだけど、恋火ちゃんは……なんて言うのかな、いい子?」


「今と同じってこと?」


「確かに今もいい子なんだけど、もっといい子? 違う、それだと今がいい子じゃないみたい。んーと……」


 水萌が腕を胸の前で組んで体を左右に振りながら言葉を探している。


「ひねくれてない?」


「もっと簡単に」


「素直」


「それ!」


 水萌がビっと俺に人差し指を向ける。


「ツンデレじゃないってことね」


「つんでれがわからないの。思ってないことを言うこと?」


「そう。自分の気持ちを素直に言えない可愛い子のことをツンデレって言うんだよ」


 俺もよくわかっていないけど、なんとなく合ってると思う。


「じゃあ舞翔くんもつんでれ?」


「俺のは天邪鬼って言うの」


「あまのじゃく?」


 ひねくれて否定から入ったり、揚げ足ばかり取ったりとめんどくさいのが天邪鬼。


 自分に素直になれなくて可愛いのがツンデレ。


 そこは間違えてはいけない。


「よくわかんないけど、舞翔くんはつんでれな気がする」


「後で文月さんに教えてもらいなさい」


「また他の女の子の話した……」


 水萌にジト目で睨まれる。


 文月さんほどツンデレに詳しそうな人もいないだろうから提案したのだけど、水萌からしたら俺の口から水萌とレン以外の女子の名前が出るのも嫌らしい。


 何が水萌をそこまで拗ねさせるのか。


「それはそうと、レンが素直で可愛くて?」


「んとね、素直で聞き分けがよくて可愛くて……だから選ばれちゃったの」


「選ばれた……」


 そこら辺は少し前にふわっと聞いたから予想がつく。


 水萌とレンはお嬢様らしく、家を継いだりなんだりの少し訳ありの家らしい。


 詳しくはわからないけど『選ばれた』と言うのが家系を継ぐのがレンに選ばれたのだろう。


 まあそこまでは前に聞いたから今更聞くことでもないが、多分水萌が言いたいのは『素直で聞き分けがいいから選ばれた』ということだと思う。


「私も詳しくないんだけど、私は人見知りがすごかったから家を継ぐなんてできないのはわかるの。継いでも人付き合いができないのは自分でもわかるし」


「まあ、そうだろうな」


 人のことを言えた義理ではないけど、水萌の人見知りは異常だ。


 水萌とレンの家が何をしてるのかは知らないけど、仕事である以上は人と確実に話さなければいけない。


 仕事だからと割り切れる人はいるけど、水萌がそういうタイプにも見えない。


「だから恋火ちゃんが選ばれちゃったの。恋火ちゃんは私がずっと笑わなかったって言ってたけど、恋火ちゃんもなんだよ? 正確には私の前だけでは笑顔だったの、怖がる私を励まそうとしてたのは今になればわかるけど」


 とてもレンらしい。


 自分を犠牲にしてでも相手のことを思う。


 幼い時の抱え込んだものが今爆発して、今の言動や行動になってるのかもしれないが、やはり根っこの部分は変わらない。


 いつも人のことばかり。


「だから私は怒っているのです!」


 水萌がペチンと机に両手を落とす。


「何に?」


「わかってるでしょ。恋火ちゃんは自分のことを後回しにし過ぎなの。私が幸せになる為に恋火ちゃんの幸せが無くなって、私が喜ぶって思ってることに怒ってるのです!」


 水萌がまたもペチンという音を立てて机に両手を落とす。


「それはわかる」


「そう言ってる舞翔くんにも怒ってるのです!」


 どうやら怒る度に机を叩くようだ。


 痛くならないように優しく叩いているのがわかるから、ちょっと和んでしまう。


「怒ってるんだからね?」


「わかってるよ。俺が怒られてる理由も」


 一番はレンを泣かせたからだ。


 レンの気持ちを理解して、レンに正しい返答をしていれば少なくとも泣かせることはなかった。


 そして俺が正しい返答がなんなのかわかっているのに無言で返したことにも怒っていると思う。


「舞翔くんも恋火ちゃんもめんどくさい」


「水萌に言われるとは思わなかった」


「じゃあみんなめんどくさい。みんな素直になればいいの!」


 それができたら苦労しない。


 それができていたら、水萌から避けられることも、レンを泣かせることもなかった。


「水萌、俺はどしたらいい?」


 この質問はレンとの仲直りを水萌に丸投げするわけではない。


 多分だけど、水萌の中では何かしらの指針がある気がした。


 そしてそれを辿らないと、俺はレンと二度と会えない気もした。


「私に任せなさい。私が舞翔くんと恋火ちゃんを仲良しさんに……今まで以上の仲良しさんにしてみせる!」


 水萌が椅子から立ち上がり、腰に両手を当てて胸を張った。


 こんなに頼もしい水萌は初めてかもしれない。


 だけどなぜだろうか、頼もしいのにどこか不安が消えない。


 言ってしまうと、クラスで一番足の速い人がリレーでアンカーを任されたけど、バトンパスをミスして、挙句にコケるみたいな。


「なんでそんな心配そうなお顔なの?」


「なんか不安で。水萌のことを信じてるから結果的にはレンと仲直りはできると思ってるんだよ、でも過程が不安と言うかなんと言うか……」


 今更何を言っても仕方ないのはわかってる。


 そもそも水萌に頼ってる時点で俺がとやかく言える筋合いはない。


 だから水萌の言う通りにはするけど。


「舞翔くんは心配性だよ。私に任せてればだいじょ……くちゅん」


「……その可愛いくしゃみで不安の正体がわかった」


 さすがにそんなテンプレみたいなことはないと思う。


 思うが、とりあえず水萌に俺のベッドから持ってきた毛布を与える。


 そして晩ご飯は生姜や葱などの薬味がたくさん入ったうどんを作った。


 晩ご飯を済ませ、雨が止みそうになかったので俺の服をもう一枚貸して厚着にさせた。


 さすがに乾かなかった服は明日にでも取りに来てもらうことにした(俺が見ることも触ることも許されないものについては水萌に回収してもらった)。


 二人で傘を差して水萌をマンションまで送り、俺は不安を心に残したまま家に帰った。


 ちゃんと暖かくして寝るように伝えたし、帰ったらもう一度お風呂に入るようにも言った。


 だから大丈夫なはずだ。


 大丈夫なはずだった。


 次の日、案の定水萌は風邪で学校を休んだ。

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