第41話 シリアス何それ美味しいの?

「びしゃびしゃになっちゃった」


「ほんとにごめん」


 水萌みなもの帰りをただ待つことしかできなかった俺は、ほんとにただうずくまって待っていた。


 すると十分ぐらいして玄関の扉が開く音がしたので急いで玄関に向かうと、びしょ濡れの水萌が立っていた。


 どうやら俺が無駄に時間を過ごしているうちに雨が降ってきたようだ。


恋火れんかちゃんに追いついてお話はできたんだけど、帰る途中で降られちゃった」


「ごめん。とりあえずシャワー使って」


「いいの?」


「水萌にレンを追いかけさせたせいで雨に降られたのに、駄目なわけがないよ」


 水萌にはただでさえ普段からお世話になっているのに、今日は俺のせいで水萌に迷惑しか掛けてない。


 だからシャワーなんて恩返しには全然足りてないが、それぐらいはさせて欲しい。


「水道代とか払うの俺じゃないから、別に胸は張れないけど」


「優しさでしょ。私は舞翔まいとくんのそういうところ……くちゅん」


「ほんとごめん、とりあえずシャワーだね」


「ありがとう。使わせて……くちゅん」


 水萌さんが靴下を脱いでから洗面所に向かう。


「脱いだ服は洗濯機に入れといてね。こだわりとかなければ回しとくけど、どうする?」


「いーの? ならお願い」


「洗濯ネットの場所わかる?」


「何それ?」


「……知らないなら大丈夫」


 うちでは、母さんが仕事で忙しいので家事は基本俺がやる。


 料理は当たり前として、気まぐれで掃除や洗濯もする。


 洗濯機は二人分を一緒に回した方が効率が良く、光熱費も安く済むので母さんができなかった時は俺がやっている。


 だから女の人には洗濯ネットが必須なのもなんとなく知っている。


「あ、でもお着替えがない」


「多分母さんのがいいんだろうけど、許可なく借りるのもな……」


 多分母さんなら二つ返事で了承してくれるだろうけど、さすがに無許可で母さんのクローゼットを開けるのは気が引ける。


 服を仕舞う時は普通に開けてるから今更ではあるが、それとこれとは話が別だ。


「俺のでよければ貸すけど」


「いいの? 舞翔くんのお洋服着たい!」


「どこに喜ぶ要素あるのかわからないけど、水萌がいいならわかった」


「やったー」


 どこにそんな喜ぶ要素があるのか謎だけど、とりあえず服の問題は解決した。


 一つ問題が残っているけど、それは考えないことにした。


 水萌が浴室に入ったのを音で確認して、俺は水萌に着させる服を取りに行った。


 俺はいつも寝巻きに使っているパーカーと、ジャージのズボンを持って洗面所に戻る。


 ここで洗面所の扉を開けてカラスの行水だった水萌と鉢合わせなんてベタな展開を避ける為にノックをしてから扉を開ける。


 服を置いて、最近は隠すように置いてある母さんの洗濯物があったので洗濯機に入れる。


 こちらはちゃんと洗濯ネットを使うものは使う。


 母さんも特には気にしないタイプだけど、あるのなら使うべきだ。


「あ、確認してなかった」


 男である俺の洗濯物と一緒はさすがに避けたけど、いくら同じ女性の母さんだからといって、一緒に洗濯していいのか聞くのを忘れていた。


「水萌、母さんのと一緒に洗濯して大丈夫?」


陽香ようかさんの? もちろんだよ?」


 水萌の声は「なんでそんなこと聞くの?」とでも言いたそうだ。


 水萌ならそう言うとは思っていたけど、やはりいい子で助かる。


「ありがとう。それと俺と母さんはシャワーだけしか使わないから湯船溜めてないんだけど」


「大丈夫だよ。私もおうちでシャワーだけだから」


「そう? それなら良かった」


 俺は話しながら準備していた洗濯機を回した。


 そして「できるだけあったまってな」と伝えて洗面所を出た。


「さてと……」


 水萌が居るおかげで少しだけ気が楽になっていたけど、本題はこれからだ。


 レンとは話せたと言っていたから、覚悟はしておかなければいけない。


 最悪、レンから『疎遠』と言われる可能性だってあるのだから。


「さすがに寝ないよな?」


 まだシャワーに行ってから数分だけど、水萌はどこでも寝る癖がある。


 さすがに浴室で寝ることはないと思うけど、不安ではある。


 最悪の場合、服を着ないで寝る可能性だってあるのだ。


「話どころじゃなくなるんだよな……」


 多分今日に限って言えば大丈夫だと思うけど、不安は消えない。


 もう一つ不安なことはあるし。


 そうして二十分が過ぎたところでさすがに立ち上がる。


「湯船溜めてないし、のぼせることはないよな。ほんとに寝た?」


 ちょっとシリアスな雰囲気だったし、水萌も色々と察していたと思うから大丈夫かと思っていたけど、さすがに遅い。


 女の子のお風呂は時間が掛かるものかもしれないけど、シャワーだけだし、それに言ってはあれだけど人の家なんだからそんなに長い時間シャワーを浴びてるとは思えない。


 水萌は図太いけど、そういうところはちゃんとしているし。


「なんでこうもシュレディンガーするのか……」


 俺の部屋で着替えていた時もそうだけど、俺を試しているのだろうか。


 まあそんなことを考えていても水萌は出て来ないので、とりあえず洗面所の扉まで向かう。


「水萌、起きてる?」


 おおよそ洗面所に居る人にかける言葉ではないが、水萌の場合はこれが正しい。


 そして返事は返って──


「お、起きてるよ。ちょっと色々あって、すぐ出るね!」


 水萌が慌てた様子で洗面所から出てきた。


 お風呂上がりだから、ほっぺたが赤くなっている。


 長い亜麻色の髪もしっとりとしていて……


「髪乾かしてないだろ」


「え? だってめんどくさいから」


「染めてるだけで髪を痛めてるんだから気を使え。乾かすから来い」


 これから重めの話をするのだろうけど、水萌と居るとどうしてもそういう気分になれない。


「黒髪の水萌も可愛かったけど、今の水萌の髪色も綺麗で似合ってるんだから大事にしろ」


「舞翔くんが言うならそうする。あんまりこの髪好きじゃないけどね」


「水萌の髪ってプリンにならないよな」


「プリン?」


「染めてるだけなわけだから、髪が伸びれば根元は黒くなるだろ? 上が黒くて下が黄色いからプリン色って言うんじゃなかったっけ?」


 そんなことをどこかで聞いた。


「私の場合は徹底的だから。あくまで地毛が金色ってことになってるから、黒くなったらすぐね……」


 水萌がぎごちない表情になる。


 家を追い出されたとはいえ、レンとの繋がりがバレるのが嫌なのか、今でも水萌にコンタクトは取っているようだ。


 そこまでして水萌とレンを引き離す理由はなんなのか。


「これでいいか」


「ふわふわだー」


「そこまでじゃないだろ。いいか? これからは毎日髪を乾かすこと」


「はーい」


 水萌が右手を元気よく挙げてながら言う。


 ほんとにわかっているのだろうか。


「じー」


「なに?」


 久しぶりに水萌の擬音シリーズを聞いた気がする。


 すごいまっすぐに見つめられる。


「毎日舞翔くんに髪を乾かして欲しいな」


「それも文月ふみつきさん?」


「違うよ? なんで文月さん……?」


 水萌の表情が緩みきったものからジト目の険しいものに変わった。


 どうやら墓穴を掘ったようだ。


「思い出した。そういえば舞翔くん、学校で文月さんといっぱいお話してた」


「確かに話した。でも隣で内容聞いてたよね?」


「仲良しさんだった」


 水萌のジト目が更に細くなる。


 どうやらレンの話の前に水萌の誤解を解く必要があるようだ。


 俺は無事にレンの話を聞けるのだろうか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る