第40話 勘違いのその先に……
「うわ、暗っ」
レンがうちにやって来て開口一番にそう言った。
電気はついているから暗くはないはずだ。
少なくとも部屋は。
「まだ仲直りしてないのか?」
「……喧嘩してない」
「喧嘩でもしない限りサキはそんなに落ち込まない」
確かに俺は大抵のことでは落ち込まないと自負しているけど、ほんとに喧嘩はしていない。
ただ
「昼休みも一言も話してなかったし、その割には水萌はいつも通りサキの弁当をほとんど食べてるし」
「水萌が作るの忘れたって言うから」
一緒にお弁当箱を買いに行ったけど、水萌は今日作るのを忘れてお昼を忘れた。
だから俺は何も言わずに水萌へ自分のお弁当を渡した。
正直俺が食べられる状態ではなかったからちょうど良かったと言えばそうだけど。
「昼休みでは雰囲気的に聞けなかったけど、水萌が何したの?」
「俺がじゃないんだ」
「だってサキは水萌が嫌がることしないだろ」
「……いつもなら」
水萌の嫌がることなんてする気はない。
だけど今回に限っては、多分俺が何かした。
「正直わからない。水萌って俺が他の女子と話すの嫌がるけど、それでも今回みたいに話してくれないなんてことはないんだよ」
「あいつめんどくさいな」
レンが呆れたような顔になる。
水萌は少し前なら俺がレンと話していることを伝えただけで拗ねていたけど、少し拗ねて終わっていた。
水萌と俺が兄妹だと嘘をついた時に女子と話したけど、それも少し拗ねるだけで終わった。
だから今回のはよくわからない。
確かに
「でもさ、それってサキがオレ以外の他の女子と話してるのが嫌なんだろ?」
「それがわからない。今更俺が取られるとかないだろ」
水萌とはまだ長い時間一緒にいるわけでもないけど、俺が人と関わりを持ちたがる人間でないのは知っているはずだ。
だから今更水萌とレン以外に友達を作って、挙句にそちらを優先することなんて有り得ないことぐらいわかるはずだ。
「サキは何もわかってない」
「双子ならではのテレパスみたいなやつ?」
「そういうのないから。普通に水萌はサキが取られるのが嫌なんだよ」
「だからそれは今更有り得ないだろって」
「これだから将来の夢が魔法使いの奴は」
なぜかレンにすごい呆れられた。
「なんで魔法使い?」
「三十歳まで……説明させんな。要は女心が何もわかってないってことだよ」
「自信を持ってわからないと言える」
「誇るな」
女心なんてわかるわけがない。
男心すらもわからないのだから。
そのせいか、レンの呆れ顔が戻らない。
「簡単な話だろ。水萌はサキが他の女子と話してるのを見てて嫉妬したんだよ」
「それは知ってる」
「意味合いが違う。友達を取られるとかじゃなくて……言っても通じないか、サキだし」
なぜだろうか、とても馬鹿にされた気がする。
「そうだな、もしも水萌がサキの前で男子と仲良く話してるを見たらどう思う?」
「水萌って俺ら以外の人と話せるの?」
「あぁ……無理か。ごめん、オレにも想像できなかった」
俺は水萌が俺達以外の人と話しているのを見たことがない。
正確に言うと、愛想笑いや
「ちなみにオレなら想像できる?」
「もっと無理」
「言っててオレも思ったから怒れないけど、即答に腹立ったからおでこ出せ」
レンには話を聞いてもらっているので、甘んじて罰を受ける。
「……痛い。後で慰めて」
「涙目になるな。もっとやりたくなる」
「鬼畜! でもレンが笑顔になるなら……」
「自分を削るなってサキが言ったことだろ。それより、こうなったら無理やりにでも想像してみろ。水萌が男子と仲良く話してるところ」
俺はおそらく赤くなっているおでこを擦りながらレンの言う通り想像してみる。
だけどやはり想像ができない。
(男子か……)
そういえば目の前に男っぽく振舞ってる可愛い子がいたのを思い出す。
例えば、俺がレンのことを知らなくて、レンを男だと思ってるとする。
レンと水萌は姉妹なので話す機会はあるかもしれない。
そしてたまたま俺の前で水萌と、男だと思っているレンが仲良さそうに話して……
「想像できたんだ」
「なぜにわかる?」
「顔がすごい嫌そうだから」
想像してみたけど、なんだかとてもモヤモヤする。
水萌が誰かと話す、そもそも教室でそれを見るのもあまり好きではない。
囲まれているだけなのにそう思うのだから、多分仲良さそうに話していたら水萌のように……
「水萌の気持ちがわかった?」
「多分。よくわかんないけど、すごいモヤモヤする」
「そこまでいってわからないのかよ。もう好きだろ、告白して付き合えよ」
レンがため息混じりに言う。
「それはどうなんだ?」
「鈍感極まれりかよ。お前らは両思いなの、さっさと付き合え」
「なんでレンはそんなに俺と水萌を付き合わせたいんだっての」
レンがなんでこんなに焦っているのかがわからない。
俺と水萌が付き合わないと何か不都合でもあるように感じてしまう。
「言ったろ、見てるこっちが焦れったくて嫌なんだよ」
「俺は客観的に見てないからわからないけどさ、少なくとも俺と水萌のやり取りを見て、そう思ってるのはレンだけだろ?」
俺と水萌は学校でも家と同じような感じだ。
水萌を可愛いと思えば頭を撫でるし、水萌が意味もなく手を握ってきたりする。
だけど俺と水萌をそういう仲だと疑う声は聞かない。
「学校で何も言われないのは兄妹だって思われてるからだろ。いくら血が繋がってないからって、さすがに付き合うとか思う方が少ないだろうし、水萌を取られたくない奴らからしたらそんなこと言いたくないんだよ」
それはそうかもしれないが、それはつまり俺と水萌が付き合ったら色々と面倒が起こるということでもある。
「周りの目の方が大事か?」
「心を読むなよ。せっかく兄妹ってことで落ち着いたのに今更水萌と付き合ったとかなったらまた騒ぎになるだろ」
「水萌の気持ちは無視か?」
「そもそも水萌が俺を好きってのもレンの主観だろ?」
俺がそう言うと、レンが思いっきり睨んできた。
「水萌が好きでもない奴に自分を許すわけないだろ! サキは知らないだろうけどな、水萌が本心から笑った姿なんてオレは見たことなかった。サキと出会ってからなんだよ、水萌がああして笑えるようになったのわ」
「……」
レンがとても悲しそうな顔でそう告げる。
俺は昔の水萌を知らない。
でもレンの言う通り、俺の知ってる水萌は俺と話すまで一度も心から笑っていたとは思えない。
いくら興味がなくても、あれだけ目立っていれば視線を入ることはあった。
だけど、俺やレンと話してる時のような笑顔は見たことがない。
「水萌にはサキが必要なんだよ。ずっと一緒に居るって約束したって、所詮はただよ口約束で、絶対じゃない。頼むから、水萌の笑顔を奪わないでくれよ……」
レンが俺の胸ぐらを掴んで涙目になりながら訴える。
それだけ昔の水萌が見てられなかったのだろう。
実際、クラスの奴らに囲まれてる時の水萌をずっと見てるのは俺も耐えられない。
レンが言ってるのはそんなものでは比べものにならないのかもしれないけど。
だけど俺はレンに何も言えなかった。
「即答しないんだな。……ふざけんな!」
レンが怒りの表情になり、今までのとは比べものにならない拳で俺の頬を殴った。
冗談抜きで俺の体は飛び、ソファに倒れ込んだ。
意識が飛ばなかったのは、レンの優しさかもしれない。
「お前みたいなヘタレに期待したオレが馬鹿だった。死んで死ね!」
レンはそう言うと、涙を拭いながら部屋を出て行った。
いつもなら何も考えずに追いかけていただろうけど、今の俺にそんな勇気も権利もない。
レンを泣かした。
そんな俺にレンを追いかける資格はない。
俺には。
「ごめんな」
「……ううん。私のせいだもん」
俺は俺の部屋に続く廊下の扉から顔を出す水萌に謝る。
水萌はずっと俺の部屋に引きこもっていた。
というかレンが来た時に扉の前まで来ていたけど、なんとなく出るタイミングがなくてオロオロしていたのが影で見えていた。
「色々と話すのは後でいいか?」
「うん。今は
「何もできなくてごめん」
「いいのですよ。兄を支えるのは妹の特権なので」
水萌が腰に両手を当てて胸を張りながら言う。
頼りになりすぎる妹を持つと兄の立つ瀬がない。
「ありがとう」
「だからいいの。後で私と恋火ちゃんをいっぱい甘やかしてくれれば」
「レンが許してくれるかな……」
「大丈夫だよ、恋火ちゃんだもん」
なぜだろう、不安でしかないのに、水萌が言うと謎の説得力がある。
「恋火ちゃんは舞翔くんのこと大好きだから」
「さっき嫌われたんだけどな」
「恋火ちゃんは嫌いな人に怒ったりしないよ。だから安心してね」
水萌が笑顔でそう告げると、手を振りながらレンを追いかけて行った。
水萌と話せなくなった時はレンのおかげでなんとか立ち直れたけど、今回水萌がいなければ俺は本当にどうなっていたかわからない。
ベランダで風を感じたくなっていたかもしれない。
今は『水萌を待つ』ということができるので、それだけに集中する。
水萌やレンと一緒に居ると一瞬の時間が、とてつもなく長く感じた。
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