第39話 謝罪と浮気
「うちは何度でも現れる!」
「帰れ」
三時間目が終わり、休み時間になると、またもや
確かにさっき、また来るようなことは言ってたし、そもそも俺への用事もまだ聞いていない。
だけど余計な話が多いのと、水萌に余計なことを吹き込むこの人を水萌に近づけたくなくなってきた。
「やっぱりうちに対する扱いが雑」
「自分の胸に聞いてみろ」
「もー、
「……」
文月さんが嬉しそうに胸を隠す。
(
水萌はさっきと同じように文月さんから隠れるように俺の後ろに居る。
そしてこうして俺に攻撃をしてくる。
「そろそろ桐崎くんが本気で怒っちゃうか」
「そういう線引きができる人ってほんとにめんどくさいよな」
「だよね。自分が悪いことしてるのわかっててやってんだもん」
「わかってんならやめろ」
「ふっ、だから今からやめるのさ」
すごいドヤ顔をされて、一回本気で顔を殴りたくなった。
さすがにやらないけど、デコピンぐらいは許されないだろうか。
「えーなに〜、うちの顔をそんなに見つめて。照れちゃう」
「水萌、今日の晩ご飯なにがいい?」
「無視された! さすがにやり過ぎか。でも逆にこんなに付き合ってくれるのは桐崎くんが優し過ぎるからで、調子に乗らせた罰は受けてもらう」
後ろからすごい理不尽が聞こえてくるけど、文月さんと普通に話しても意味がないのがわかってしまったので、反省するまでは無視をする。
「お兄ちゃん、いいの?」
「何が? 俺は水萌としか話す気はない」
「やったー。ずっとひとりぼっちで寂しかった」
「ごめんな。帰ったら色々とするから許してくれ」
今日は帰ったら色々とやることがある。
レンにも来てもらいたいけど、レンは気まぐれなので来てくれるかはわからない。
とりあえず後で冷やかし次いでにレンのところに行って話はするが。
「あのぉ、うちは完全に無視の方向でしょうか?」
「それで水萌は何が食べたい?」
「んー、お兄ちゃんのご飯ならなんでもいいけど、オムライスがいい」
「その心は?」
「お兄ちゃんが好きって言ってたから」
確かに俺はオムライスが好きだけど、今は水萌の食べたいものを聞いている。
ちなみに好きな理由は、作るのが楽しいから。
「あのぉ……」
「水萌が食べたいものでいいんだぞ?」
「私はお兄ちゃんの作る料理ならなんでも大好きだから、それなら一緒に食べるお兄ちゃんの好きなものを食べたいの。だめ?」
水萌がうずくまってるせいもあり、上目遣いで俺に言ってくる。
そんな可愛い顔で言われて断る奴などいるわけがない。
そもそも俺が水萌の言ったことを断ることはないのだから。
「……」
「いいよ。一緒に作ろ」
「うん! 今日こそはちゃんと包む」
「ちゃんとやろうとすると意外と難しいんだよな。でも、もしも上手くできなくても俺が美味しく食べるから」
「お兄ちゃんなら喜んで食べてくれるけど、どうせならちゃんとした形のを食べて欲しいんだもん」
「ありがとう。楽しみにしてる」
水萌に笑いかけると、水萌も満面の笑みで返してくれた。
その気持ちとその笑顔で十分満足だ。
水萌のおかげで気持ちが晴れたので、そろそろ後ろでガチ凹みをしているめんどくさい子に向き直る。
「それで?」
「……聞いてくださりますか?」
「さっさと話せ。これがラストだから」
「ありがたき幸せ」
文月さんはいつの間にか土下座しており、周りの視線がすごい。
俺は悪くないはずなので特に気にはしないけど、土下座をやめて欲しい。
「まずですね、話は数日前に遡ります」
「ちゃんと聞くから土下座をやめろ」
話し始めれば土下座をやめると思っていたけど、そのままの体勢で話すものだからさすがに止める。
すると文月さんは不思議そうな顔をして、仕方なさそうに立ち上がった。
「制服汚れてるぞ」
「ほんとだ。まあ別にいいよ」
「よくないから」
文月さんは興味なさそうにしているが、こういうのは気づいた時に落とさないと落ちなくなるかもしれない。
だから俺はため息をつきながら立ち上がり、文月さんの制服(スカート)に付いた汚れをはたいて落とす。
「……桐崎くんのえっち」
「だったら自分でやれ」
「勘違いしちゃうよ?」
「勝手にしてろ」
こんなことでなんの勘違いが生まれるのか。
幸い汚れはすぐに落ちたので安心した。
そして自分の席に戻ると、ほっぺたを膨らませて拗ねている水萌が居た。
「なぜにご立腹?」
「知らないもん」
「逆にあっちはなんで赤面してんの?」
水萌とは反対に、文月さんは顔を赤くしてモジモジしている。
(お兄ちゃんの浮気者、えっち、すけこまし)
水萌が俺に耳打ちをする。
とてつもない罵倒の連発にショックを受けるよりも、水萌がそんなことを言ったことが少し嬉しく……
(俺はドMか!)
断じて違う。
レンにはよく言われるけど、俺はドMではない。
あれだ、普段なら水萌が絶対に言わないことを言うものだからギャップ萌えというやつをしてるだけだ。
そういうことにしておく。
「ふぅ、桐崎くんは天然ジゴロだ。
「意味がわからない。どこに惚れる要素があったのさ」
「そういうところが天然なのさ。まあうちがちょろいのもあるけど」
文月さんが自分の頬をぐりぐりとこね始めた。
「よし、多分大丈夫。話を始めるね」
「どうぞ」
「えっと、どこまで話したか……」
「数日前に遡ったところ」
「そっか、そこまでは話してたか」
絶対に何も話していない。
だけどそういうことをいちいち突っ込んではいけないのはわかっているから素直に続きを待つ。
「結論から話すけど、最後まで聞いてくれる?」
「そういうのは先に言うものだろ。話による」
「おけ、桐崎くんは優しいからちゃんと聞いてくれるってことね」
拡大解釈すぎて意味がわからなかった。
まあ多分相当変な話でもない限りは全部聞くけど。
「この前さ、森谷さんが教室で怒ったじゃないですか」
「そうだな。それで?」
「ちょっと怒ってるでしょ。わかるけど、最後まで聞いてよ? 聞いてくれないとうち泣くからね?」
そこまで言うのだから多分俺が怒る内容なんだろう。
それを思うと、三時間に跨いだのも言い辛さからなのかもしれない。
「話さなきゃ何もわからないだろ」
「ごもっとも過ぎて何も言えない。んと、あの原因を作ったのがうちでして……」
「で?」
「はい、今回のお話と言うのが、それについての謝罪がしたかったんです。あの時は本当にすいませんでした」
文月さんに今までのふざけた様子は無く、本心から謝っているのがわかる。
だからなんだということだけど。
「桐崎くんが森谷さんに話しかけたのを見て、うちが余計なことを言ったせいであんな大事になっちゃったんです。本当にすいませんでした」
「……」
「許せないのはわかってるんです。うちのせいで桐崎くんと森谷さんの秘密を明かさなければいけなくなって、こんな謝罪も意味なんてないのもわかってます。それでも……」
文月さんは腰を九十度曲げた状態を崩さない。
そのせいでクラス中の視線を持っていっている。
幸いなのは動画を撮るようなクズがいないことだけど、俺の中ではてなマークが浮かんで消えない。
「えっと、なぜに謝る?」
「だから、二人の秘密を
「兄妹ってこと?」
「はい」
「なるほど……」
正直困った。
水萌がキレてしまった時はどうしようかと思ったけど、結果的に見たら水萌と教室で一緒に居られるようになったし、前と比べるといい事しかない。
それにあの時水萌がキレたのは、水萌が悪い。
俺のことを悪く言われて許せなかったのだろうけど、そんなのは無視すれば良かったのだ。
丸く収まったから良かったけど、最悪水萌が孤立することだって有り得た。
その時は俺がずっと一緒に居るし、もしも水萌が悪く言われたら俺はあの時の水萌以上にキレる自信はあるが。
「水萌は許してるんだよな?」
兄妹というのは嘘だから、別に公になって困ることではない。
むしろ公になって良かったことだ。
だからそれに関して俺が怒る理由はない。
なので当の本人である水萌に聞く。
「お兄ちゃんを悪く言ったのは許してない」
「それ以外は?」
「文月さんは他の人と違って嫌な感じじゃないから大丈夫」
それは他の人は嫌いだと言ってるのだけど、水萌はおそらく気づいていない。
まあ水萌に下心しか向けない奴らなんて好きになれないだろうけど。
「水萌が文月さんを連れて来てる時点で許してないとは思ってないんだけど、水萌が許してるなら俺は別になんとも思ってないよ」
「私は許してないもん」
「でも嫌いじゃないんだろ?」
「うん。お兄ちゃんを困らせる方法をいっぱい教えてくれるから」
何やら聞き捨てならないことを聞いた気がする。
確かさっきの休み時間で、水萌に色々なことを吹き込んでいるとかどうとか言ってた気もする。
「やっぱり許すのやめようかな」
「上げて落とすなんてうちの心を弄ばないで!」
「水萌の純真を汚した罰は重いんだよ」
「でもさ、考えてみて。純真無垢な女の子がたまに『えっち』とか『浮気者』とか言ってくるのゾクゾクしない?」
「そろそろチャイム鳴るから帰れ」
「あれれ〜、それは認めてるってことかな〜?」
そんなことはない。
ただ、水萌の口からそういう言葉を聞くのは嫌いではないだけで、断じてゾクゾクなんてしていない。
断じて。
「森谷さん、あなたのお兄ちゃんは森谷さんにゾッコンだよ!」
「ぞっこん?」
「大好きで愛して、一生を添い遂げたいってこと」
「余計なことをそれ以上言ってみろ。その可愛い顔を人には見せられなくするぞ」
そんなことできないしする気もない。
だけどそれ以上は俺の全てが削り取られる気がしたので止めざるをえなかった。
「そ、それって『お前の顔は俺だけに見せてればいい』っていう告白ですか……?」
「違う」
「しかも可愛いって……」
文月さんがボンッとでも言いそうなぐらいに顔を赤くする。
そして両手で顔を押さえながら自分の席に走って行った。
「なんなの?」
「お兄ちゃん」
「なに?」
「私もお兄ちゃんのずっと一緒に居たいけど……」
水萌がそこで言葉を止めて俺の耳に顔を近づける。
(浮気は駄目だよ)
水萌はそれだけ言って自分の席に戻って行った。
ずっと視線を集めているのはわかっているけど、そんなのを今の俺が気にできるわけがない。
「ずるいだろ……」
その日の授業が心ここに在らずだったのは言うまでもない。
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