第37話 変人登場

「お兄ちゃん」


「なに?」


 土日を挟んで月曜日になり、水萌みなもとレンの誕生日の日になった。


 結局水萌にぬいぐるみを取っただけで、土日はバイトだったこともあり、特別何もしなかった。


 強いて言うなら水萌に勉強を教えるようになったぐらいだけど、誕生日本番の今日も水萌は特に変わった様子はなく、休み時間になった瞬間に俺の元にやって来た。


「なんかね、お兄ちゃんとお話したいって人がいるの」


「どんな物好き?」


「それは私と恋火れんかちゃんが物好きみたいに聞こえるよ?」


「失礼。そう思ってた」


 俺みたいな変人と話してくれる水萌とレンのことはずっと物好きだと思っていた。


 俺としては物好きであってくれて嬉しい限りだけど、水萌は不服なようでほっぺたを膨らませている。


「別に馬鹿にしてないよ」


「してるもん。お兄ちゃんとお話するのは普通なんだもん」


「もしかして、物好きって言われたことに怒ってるんじゃなくて、俺と話すことが物好きって言うのが嫌なの?」


「……うん」


 どうやら言い回しが難しかったようで水萌は多分理解していない。


「俺と話すことがおかしいみたいな言い方が嫌なの?」


「そう。お兄ちゃんとお話ししたいたいのは当たり前なんだよ?」


「ありがとう。水萌は優しいな」


 今更なことを告げると、水萌は嬉しそうに笑う。


「それでその物好きは誰?」


「お兄ちゃんわざとでしょ」


「水萌と話すのが楽しいからさ」


「そう言えば私が喜ぶと思って」


「嫌?」


「うれしー」


 水萌が俺に抱きつきながらそう言う。


(俺にそんな目線向けられても……)


 たまに水萌は教室でもこうして俺に抱きつくことがある。


 一度「教室ではやめなさい」と言ったけど「嫌だった……?」と寂しそうな顔で言われたらそれ以上何が言える。


 だから俺はクラスの男子から向けられる嫉妬の視線を甘んじて受けて、後でレンに愚痴るのだ。


「水萌、お兄ちゃんがお兄ちゃんでいられる間に離れなさい」


「お兄ちゃんやめちゃうの?」


「お兄ちゃんにも色々とあるんだよ。レンのせいでもあるけど、無闇に抱きつくのはやめなさい」


「やっぱり……」


「水萌さぁ、それやれば俺がなんでも許すと思ってるでしょ。許すんだけどさぁ……」


 レンのせいで水萌のことを変に意識してしまう。


 だから今まではあまりドキドキしなかったのだが、今では自分でもわかるぐらいにドキドキしている。


 これが『好き』という感情なのかはわからないけど、なんとなく近づいていっている気がする。


「お兄ちゃんは優しいから」


「優しいお兄ちゃんにむな」


「お兄ちゃんけー」


「それはどうなの? 俺に甘えたいって意味なら嬉しいけど、俺の優しさを利用したいって意味ならお説教だぞ?」


 俺に優しさなんてないけど、俺がなんでも許すことを利用しようとするなら止める。


 水萌に楽を覚えさせるのはいけない。


 水萌がこれまで苦労してきたのはわかっているけど、それでも俺がなんでもやるのは違う。


 まあ水萌がそういう意味で言ってないのはわかってるけど。


「お兄ちゃんは私に甘えられるの嫌?」


「だからそれは嬉しいんだって。てか、そういうのはどこで覚えてくるんだっての」


「うちを呼んだか?」


「呼んでない、帰れ」


 どこかで見覚えはあるけど、誰だか思い出せない女子が水萌の後ろに仁王立ちしている。


 というか水萌が来てからずっと居た。


 その女子が掛けてもない眼鏡をクイッと上げるフリをしながら声を掛けてきた。


森谷もりやさん。あなたのお兄さんうちの扱い酷くない?」


「えと……」


 水萌がキョロキョロしながら俺の腕に抱きつく。


 どうやら俺と話したいという物好きはこの人のようで、水萌は人見知りを発動したようだ。


「うん、仲良し兄妹は目の保養になるね」


「意味がわからない。水萌が怯えるから帰ってくれる?」


「やっぱりうちに対する扱いが酷い。桐崎きりさきくんはやっぱりモブ系主人公なの?」


 さっきからこの人は何を言っているのだろうか。


 俺には意味不明だけど、本人は本気で言ってるようで、顎に指を当てて真剣に何かを考えている。


「桐崎くんはあれなの? 友達(好きなんだけど好きなのを理解してなくて友達だと思ってる。だけどそれは建前で、自分じゃその子の隣に立つ資格がなくて本心に気づかないフリをしてるやつ)の為なら話したくない相手でも話せる系?」


「ちょっとカッコの中が長すぎて意味がわからない」


 まさか自分でカッコを言って中身も言う人がいるとは思わなかった。


 多分要約すると、俺が他人と話しているのが不思議だと言いたいのだろう。


 確かに俺は水萌とレンと会うまでクラスの誰とも話してこなかった。


 それは話す理由もないし、そもそもがめんどくさかったからだ。


 だけど水萌が困っているなら俺は誰とでも話して、水萌を守る。


「お兄ちゃんは過保護だ」


「勝手に俺の心を読むな。それで誰?」


「これは失礼。いくらクラスが一緒とはいえ、桐崎くんのようなモブ系主人公はうちみたいなサブヒロインにもモブにもなれない、名前はあるけど物語には深く関われないキャラの名前は知らないか」


「ほんとになんなの?」


 なぜだろう。


 俺はこの人を嫌いになれない気がする。


 とても不服だけど。


「水萌、俺を睨んでも何も出ないぞ」


「お兄ちゃんが女の子にうつつを抜かしてるから」


「勘違いだから大丈夫。それと前も言ったけど、どこでそんな言葉を覚えたの」


 いや、もうわかってるんだが。


 でも言葉にして聞いた方が面白い気がした。


「お答えしよう。森谷さんにそういう浮気を思わせる言葉を教えたのはうちだ!」


 謎の女子、変人さんが胸を張りながら堂々と答える。


「水萌、あんまり知らない人の言葉は信じたら駄目だよ?」


「でも、お兄ちゃんが他の女の子と仲良くするのは嫌だもん」


「レンも?」


恋火れんかちゃんは特別」


 そう言ってくれるのは純粋に嬉しい。


 俺としてもわざわざ水萌とレン以外の女子と仲良くしたいなんて思ってないから別に構わない。


 だけど、だからって変人さんの言葉をそのまま使うのは違う。


 水萌にそういう言葉は似合わない。


「おや? うちに熱烈な視線が。森谷さん、こういう時は?」


「お兄ちゃんはああいう子がいいの?」


「よし、表出ろ。その可愛い顔に一発入れてやる」


 そう言ったはいいけど、腕は水萌にがっちりホールドされていて動けなかった。


 だから変人さんを睨むだけしたら、目を逸らされた。


「森谷さん、いいよ」


「お兄ちゃんの浮気者」


「ふざけんな。水萌に言われたらそろそろ傷つくぞ」


 いくら水萌が意味もわからず、言葉だけを言ってるのがわかっていても、くるものはある。


 むしろ水萌が絶対に言わないであろう言葉なので余計に抉られる。


「ふんだ。桐崎くんがうちを口説くのが悪いんだ」


「誰が誰を口説いた」


「教えないんだ。今日のところはこれぐらいで勘弁してやる。次の休み時間まで余生を楽しむんだな。さらば」


 変人さんはそう言って立ち去って行った。


 と言っても、変人さん自らが言ってたように同じクラスの人のようなので、普通に席に戻った。


「結局誰なの?」


「言ったら駄目って言われてるから言えないの。ごめんなさい……」


 水萌が俺への罪悪感からか、とても悲しそうな顔になる。


 別に水萌のせいではないからそんな顔をしないで欲しい。


 悪いのは意味のわからないことだけ言って名乗らなかった変人さんと、クラスが一緒なのに名前を知らない俺だ。


 だから水萌の罪悪感が少しでも減るようにと、頭を優しく撫でておいた。


 するとみるみるうちに水萌の表情がとろけていった。


 ほんとに可愛い生物だ。


 目の端では、変人さんがこちらを向いて顎に指を当てながらニヤニヤとしていた。


 そんなのは無視して休み時間が終わるまで水萌のご機嫌取りをしていた。

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