第36話 変な妄想

「そういえばレンは何が欲しいんだ?」


「誕生日プレゼント? 特に欲しいものとかないからいいよ」


 晩ご飯の準備をしながら、リビングでくつろいでいるレンに聞くと、案の定な答えが返ってきた。


「まあレンは俺と同じで欲しいものとかパッと出てこないタイプだろうしな」


「それな。そりゃ明日の分のゼリー飲料は欲しいけど、そんなの帰りにでも買えるし」


「レン、毎日来てくれていいんだからな?」


 正直レンの食生活は前の水萌みなもよりも不安だ。


 確かに必要な栄養素は摂れてるのだろうけど、圧倒的にカロリーが足りていない。


 レンと水萌の家はお金持ちらしいので、いい食事をしてるものだと思っていたけど、レンは家でも変わらずゼリー飲料を食べているようだ。


「毎日はいいよ。たまになら来たいけど」


「じゃあたまによく来い」


「考えとく」


 レンが机の上で腕を伸ばして、ぐでーっと倒れ込む。


 一応ソファもあるけど、レンはいつもキッチンに近い机と椅子に座る。


 晩ご飯はいつもそこで食べるから単に移動するのがめんどくさいのかもしれないけど、話し相手になってくれてくれるのが嬉しい。


「聞いてかったけど、レンってテストどうだったんだ?」


「それなり? 家でやることもないし、暇つぶしで勉強はしてるから」


「俺みたいなことをしてるんじゃないよ。華の高校生がゲーセン通いして、家では勉強漬けとか」


「文句あるの?」


「そのおかげでレンとこうして仲良くできてるならむしろ感謝」


 別に誰に迷惑をかけてるわけでもないし、むしろ俺の日々に彩りをくれているのだから文句なんてあるわけがない。


 そもそもが俺も似たようなことをしていて、人のこと言えないし。


「サキは水萌とさっさと付き合ってリア充してればいいんだよ」


「今で結構充実してる」


「サキには性欲が無いからな。水萌にキスしたいとかないの?」


「また始まったよ」


 キスをしたいかしたくないかで言うなら、わからないと答える。


 照れてるとかではなく、ほんとにわからない。


 最初こそ同じ箸を使うことが恥ずかしかったけど、今では当たり前のように同じ箸でお弁当や晩ご飯を食べている。


 関節キスと普通のキスが違うのはわかるけど、したからなんなのか、と思ってしまう。


「水萌って可愛いだろ?」


「可愛いな」


「多分サキ以外の男子はみんな水萌で変な妄想してると思うんだよ」


「否定できないのが気分悪い」


「サキはないの?」


「……」


 少し考えてはみたけど、水萌のことはずっと可愛いとは思っているけど、それはあくまで妹的な可愛さだ。


 一部を除いて、妹で変な妄想をする人なんていないと思う。


「水萌が妹である限りはそういうのないと思う」


「妹じゃないんだけどな。でも言いたいことはわかるんだよな。なんで兄妹ごっこなんて始めたんだよ」


「なんでだっけ?」


 確か一緒に買い物へ行った時におばあさんから兄妹と間違われて、それを水萌が面白がったのが始まりだった気がする。


「つまり水萌が元凶」


「どうせサキが吹っかけたんだろ」


「……そうかも?」


 確かに先にお兄ちゃん呼びにしたのは水萌だけど、兄妹ごっこを始めたのは俺な気がしなくもない。


 まあ多分違うだろうけど。


「つまり元凶はサキと」


「違う。大元は俺と水萌を兄妹と勘違いしたおばあさんだ」


「それは自分が元凶だって認めてるようなもんだよな?」


「ああ言えばこう言うだよ」


 レンに「お前には言われたくない」といった感じのジト目を向けられた。


 まあ言葉にしないから気づいてないフリをして無視するけど。


「でも兄妹ごっこをしてたおかげで学校では水萌と話せるようになったんだから別にいいだろ」


「それも別に水萌とサキが付き合ってれば関係ない話だろ?」


「誰が認める」


 水萌は学校でとても美化されている。


 勉強も運動もできて、人付き合いまで完璧と思われているので、そんな完璧超人と俺みたいなモブBが付き合ったなんてことになっても、誰も認めないし、何をされるかわかったものではない。


「水萌よりも周りの目の方が大切なのか?」


「俺の独りよがりで水萌に嫌な思いはさせたくない」


「水萌がサキと居る時に周りの視線とか気にするとは思わないんだけどな」


 それはわかる。


 現に教室で兄妹宣言した時も、水萌は他の人の視線なんて気にせずに俺に抱きついていた。


 そして今も教室では抱きつくまではいかなくても、腕を掴んだりはしてくる。


「あれのせいで告白がゼロにならないんだろうな」


「減ったのは怖いお兄ちゃんがいるから?」


「知らない。俺って学校では無害なモブだからそんなことはないと思うけど」


 俺と水萌が兄妹と宣言してから確実に水萌への告白は減ったようだけど、その理由はわからない。


 俺はモブB、もしくは『水萌の義兄あに』と認識されてるだろうけど、それだけで告白の数が減ったとは考えられない。


「単純に無駄なのがわかったのかもな」


「あぁ……」


 レンが呆れたような顔を俺に向けてきた。


「なんだよ」


「いや、みんなオレと同じ感覚になったのかなって」


「と言うと?」


「サキがシスコンなのはみんな知らないだろうけど、水萌ってサキと一緒に居る時は普段と変わらないんだろ?」


「そうだな。俺のところに来る時は元気」


「そんなんただのブラコンだろ」


 なんとなく言いたいことはわかった。


 いくら水萌のことが好きだと言っても、その水萌がブラコンとなると話は変わる。


 水萌の場合はクラスの奴らに囲まれてる時と、俺のところに来る時が違い過ぎる。


 それだけで自分達に興味がないのが丸わかりだ。


 それでも一応は義兄だからと、家族だからと言い訳ができるけど、俺は水萌の『義兄』なのだ。


「兄妹だけど、血の繋がりはないから、水萌が俺のことを好きだとか思われてると?」


「すごい発想力。そういう願望あった?」


「茶化すなら二度と水萌と付き合えなんて言うな」


「怒るなよ。罪悪感湧く。まあ言いたいことはそんな感じ。なんでわかったのか知らないけど」


 水萌曰く、俺とレンは似ているらしい。


 見た目ではなく考え方が。


 だから水萌は俺と仲良くなりたいと思ったようだし、純粋にレンと似てるのは嬉しい。


「正確に言うと、血の繋がりはないから知り合ってから付き合ったとか、一緒に居る中で好きになったとか、そう思われてんのかなって」


「だから告白が減ったのか」


「まあ実際どうなのかは知らないけど」


 結局ここでいくら考えても答えなんてわからない。


 まだ水萌への告白はあるわけだから。


「水萌の疲れを取る方法ないかね」


「サキが一緒に寝てやれば?」


「真面目な話してんだけど?」


「だから真面目に答えてんだけど?」


 俺が目を細めて言うと、レンが頬杖をつきながら「馬鹿なの?」みたいな呆れた表情を向けてきた。


「なんで一緒に寝たら疲れが取れるんだろ」


「逆に考えてみろ、サキは水萌が隣で寝てたら何かが回復しないか?」


「水萌が隣に?」


 少し場面を考えてみた。


 俺のベッドで水萌と向き合いながら一緒に寝る。


 シングルサイズだから落ちないように二人で寄り添い合う。


 目を開けると目の前には可愛らしい寝息を立てる天使が……目を開けて笑顔を向けてくる。


「小悪魔めがぁ……」


「なんかわからないけど逆にダメージ受けてる」


 俺がうずくまったのを見て、レンがキッチンを覗き込んできた。


「まさか水萌で変な妄想したか?」


「させたのはレンだろうが。そこで目を開けるなよ。そこは気づいてるけど目は開けないで頬だけ赤くしてろ。レンならそうする」


 そして起きた後に「見てたでしょ」とかいじらしく言って欲しい。


「言って欲しいってなんだよ!」


「サキの一人劇場。ていうか変な妄想にオレを出演させんなよ」


「うるさい。責任取って出演してろ」


 完全な八つ当たりだけど、悪いのはレンなので責任は取ってもらう。


 もう水萌の寝顔を普通に見られないかもしれない。


 そしてため息をつきながら立ち上がると、俺の部屋に続く廊下の扉が開き「寝ちゃった」と言って水萌が瞼をこすりながらやってきた。


 とりあえず「おはよう」とだけ返しておいたけど、しばらくは水萌の顔を直視できなかった。


 その代わりにレンの顔を見たらとても嬉しそうにニマニマとしていたので、食べれないわけではないけど好きではないという、グリンピースを多めに入れておいた。

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