第33話 三人のおそろい

「ずっと気になってたこと聞いていい?」


「なーに?」


水萌みなもはいつになったらお弁当を作るようになるの?」


 水萌への誕生日プレゼント? を取りに行く為にゲームセンターに向かっていたが、ふと気になったので聞いてみた。


 レンも言っていたけど、水萌は毎日俺のお弁当を半分以上食べている。


 正直俺の料理を美味しそうに食べてくれるのは嬉しいから別にいい。


 たまに交換と言って菓子パンを持ってきてくれることもあるし。


 まあそれも自分でほとんど食べるのだけど。


「私もね、ごめんなさいとは思うの。でもね、どうしようもないの」


「そんな深刻そうな顔しないでよ。悪いと思ってるのは知ってるから」


 前に水萌から土下座されたことがあるから、本当に悪いとは思っているのだと思う。


 ただ、土下座しただけで次の日も変わらなかったけど。


「自分でお弁当作るって言ってたよね?」


 水萌は土下座をした次の日に、自分でお弁当を作ると言っていた。


 結局そのお弁当は現れなかったけど。


「言った。でもね、大変なことに気づいたの」


「なんとなくわかるけど何かな?」


「お弁当箱が無いの」


 ここで「買いに行け!」と、怒るのは簡単だけど、水萌のしゅんとした顔を見るとそんなこと言えない。


「買いに行かなかった理由を聞いても?」


「仕送りはたくさん貰ってるからお金が無いとかじゃないんだけど、そもそもお弁当箱ってどこで売ってるの?」


「あ、そこからなのね」


 水萌の表情は至って真面目だ。


 きっと本気でわからないのだろう。


 これを常識知らずと言うのは酷というものだ。


 水萌はいつまでかは知らないけど、お嬢様な生活をしていた。


 その時に買い物なんてしたことはないだろうから、それなら常識知らずと言われても仕方ない。


 それだけでなく、水萌は今一人暮らしをしていて、買い物はしているだろう。


 だからそれも含めると常識知らずなのだろうけど、そもそも普通の高校生はお弁当箱がどこに売っているか聞かれて答えられるだろうか。


 おそらくは答えられない。


 そしてすぐに必要ならスマホで調べる。


 だけど水萌はその調べる手段を持ち合わせていない。


「まあお弁当箱って買いに行こうと思わなければどこに売ってるかなんて興味ないよね」


「私も頑張って探そうとしたの。でも全然見つからなくて……」


 水萌が更にしゅんとなる。


 おそらく水萌はお弁当箱を売っている店には行っていると思う。


 だけど探し物ほど見つからないのは世の常だ。


 そして売り場を見つけるのは結構難しい。


「じゃあゲーセン帰りにでも見に行く?」


「いいの?」


「いいよ。そうすれば多分俺の最近の悩みが一つ解決するから」


「悩み?」


 俺には悩みがいくつかある。


 レンが俺と水萌を付き合わせようとするのも一つだけど、最近体重が落ちてきた。


 理由は単純明快で、お昼をほとんど食べてないのと、晩ご飯も少し水萌に譲っているからだ。


 多分他にもこうして外を歩くことが増えたりしていて、まだ見た目には出てないようだけど、確実に減っている。


 逆に水萌は増えていないのかと思うが、レン曰く、水萌は体重が増えにくいようなので大丈夫なのだろう。


舞翔まいとくんのお悩みを解決したい」


「大丈夫、その悩みは水萌がお弁当箱を買えば多分解決するから」


「私が舞翔くんのお弁当を食べちゃうこと……?」


「そうだけど、そうじゃないから大丈夫」


 確かに水萌がお弁当や晩ご飯のおかずを俺の分まで食べるから体重が減り、それが悩みになっているのだけど、そもそも俺が望んでやっていることなんだから、水萌が気にする必要もない。


「俺は水萌が美味しそうに食べてるところ見るのが……好きだから」


「やっぱり……」


「今の間は違う。後でレンに罰を与えるから許して」


 レンのせいでどうしても『好き』と言うのを躊躇ってしまう。


 おそらくレンの思惑通りなのだろうけど、ちょっと癪なので仕返しする。


「てか、今やるか?」


「駄目だよ。今は私と舞翔くんのでーと中なんだから」


「意味わかって言ってる?」


 どうしても水萌が『デート』と言うと違和感がある。


 さすがに意味はわかってるだろうけど、何か別の意味合いで言ってるような気がしてならない。


「まあいいや。とにかく俺の小さい悩みは水萌が幸せなら解決するからいいんだよ」


「舞翔くんがそう言うなら信じる。でも、私に何かできることがあったら言ってね」


「その時はお願い」


 今のところ一番の悩みはレンが変なことを言うことなんだけど、それを水萌に話すわけにもいかないし、レンはレンで楽しそうだからこのまま放置するつもりだ。


 もしもそれで水萌との仲が悪化するようならレンと話し合いをする必要がある。


 だから水萌に相談するような悩みは、お弁当のことと……


「悩みとかじゃないんだけど、水萌にちゃんと聞いて欲しいことはある」


「なに?」


「次のテストは大丈夫?」


「舞翔くん、ゲームセンターってまだ?」


 水萌はこうしてテストの話になるとすぐに話を逸らす。


 水萌からは事前に、噂は所詮噂だと聞いていたけど、それでも高校に入って初めての中間テストで全教科赤点ギリギリはさすがにまずい。


 今回は補習をまぬがれたけど、期末テストになれば、教科も範囲も中間テストよりも増える。


 そこで全教科赤点なんか取った日には……


「水萌、真面目な話。水萌がいいんなら俺は無理強いしないけど、夏休みはいらない?」


「……いります」


 水萌が立ち止まって俯きながら弱々しく答える。


「お休みなら、舞翔くんとたくさん一緒だよね……?」


 水萌が寂しげな顔で上目遣いをしてくる。


「まあ学校行ってる時よりかは一緒の時間は増えるかな?」


 俺にはバイトもあるから毎日ずっと一緒ではないけど、休みの日なら水萌の時間の合う日はいつでも会える。


 レンがどういう対応をするのかはわからないけど、レンも一緒に。


「……」


「別に全教科満点を取れなんて言わないよ。とりあえず赤点さえ回避しちゃえばいいんだから」


 それが難しいのかもしれないけど、今のままだとほぼ確実に夏休みは無くなる。


 さすがに全てとはいかなくても、減るのは確実だ。


「俺は水萌と一緒に夏休みを過ごしたいな」


恋火れんかちゃんも?」


「そうだね。水萌とレンは俺にとって欠かせない存在だってこの前知ったから」


 水萌と数日話せないだけで俺は絶望した。


 補習になったからといって会えなくなるわけではないだろうけど、それでも会えるはずの時間に会えないのは少し辛い。


「こういうのは独占欲なのか? メンヘラ……愛が重い?」


 水萌とレンに対する感情の名前がわからないけど、とりあえず俺は二人がいないと駄目だ。


「だから俺の為ってのじゃやる気出ないかもだけど、頑張ってくれない?」


「……やだ」


「まさかの拒絶で俺の精神は崩壊寸前です……」


 流れ的に頑張ってくれると思ったけど、まさかの拒絶でちょっと泣きそうになる。


 まあ水萌からしたら、俺なんかの為に頑張ろうなんて思えないのだろうけど。


 言ってて辛い。


「言い方がやだ」


「俺なんかの為じゃ嫌だよな……」


「そう、その言い方がやだ」


「じゃあレンの為ならどうだ?」


「舞翔くんのはわざと? でもお顔が可愛いから本気なんだよね?」


 水萌とレンは一度眼科に行った方がいい。


 俺の顔を見て『可愛い』なんて思うのはとてもやばい。


「んとね、私は舞翔くんの為ならなんでもやるよ」


「そういう言い方は誤解を生むからやめようね」


「だって舞翔くんがおかしいことばっかり言うから」


 水萌が拗ねたような顔になる。


 こういうのを『可愛い』と言うのだ。


 水萌もレンも一度鏡を見て『可愛い』を知った方がいい。


「そもそも私だって舞翔くんと一緒に居たいの。だからお勉強するのは私の為。だからやらなきゃなのはわかってたんだけど、好きじゃないことは行動までに時間が掛かるでしょ?」


「とてもわかる」


 俺も水萌が話してくれなくなった時に、自分から行動するまで時間が掛かった。


 あの時はレンに背中を叩いてもらったおかげで、水萌と話すことができた。


「だから自分の為だと私は何もしないの。確かに舞翔くんと会える時間は減っちゃうけど、その時間は恋火ちゃんにあげて、夜は私が一緒だからいいかなって」


 実際、最近は学校が終わった後にバイトが無ければレンと放課後デートをして、それが終われば水萌とお料理教室をやっている。


 改めて思うと二股してるみたいに思ってしまう。


「だけど舞翔くんが私と一緒の時間を減らしたくないって言ってくれるなら、私はその気持ちに絶対にこたえたいの」


「じゃあ嫌なのは、俺の為に頑張ることじゃなくて、俺が俺をないがしろにしてるから?」


「難しい言葉嫌い」


「俺が俺をさげすんだから?」


「舞翔くんのずるっこ」


 水萌がほっぺたを膨らませながらジト目で睨んでくる。


 意地悪とかではなく、普通に言葉が出てこなかった。


「ちょっと待ってね。俺が俺を……馬鹿にした、かな?」


「それならわかる。多分そう。舞翔くんは自分が私にとってただのお友達って思ってるんでしょ」


「違うの?」


「違うもん! 私にとって舞翔くんはとってもとってもとっても大切なお友達だもん!」


 水萌が身振り手振りで大きいことを表現して、最後にほっぺたを膨らませてジト目をする。


 どうやらとてもご立腹のようだ。


「俺を卑下するのは駄目ってことか」


「また難しい言葉使って……」


「一つ言っとくけど、難しくない」


 同年代の人と話さないからわからないけど、多分『蔑ろ』も『蔑む』も『卑下』も全て高校生なら知っててもおかしくないはずだ。


 水萌は俺の言葉を信じられないようで、ジト目を続ける。


「私をおバカだって言うんだね」


「それも水萌の美点だよ」


「そうやって難しい言葉使って誤魔化そうとしてるでしょ!」


 褒めたつもりだったのに、それも伝わらなければ言い訳にしか聞こえないようだ。


「ちょっと恋火ちゃんに聞いてくる!」


 どうやら俺の言葉は信じられないようで、少し離れたところで俺達を見ていたレンの元に水萌が走り出した。


 俺達が立ち止まったのを不思議に思っていたレンが、近づいて来る水萌を見て更に不思議そうにしている。


 そして水萌とレンが少し話をして、俯いてとぼとぼと歩いている水萌が戻ってきた。


「私はおバカでした……」


「だ、大丈夫だよ。俺とレンは普通じゃないから」


「私はその二人よりも普通じゃないんだね……」


 俺は俺とレンが普通じゃないから水萌は普通だと言ったつもりだったのだけど、恥ずかしさを通り越して、悲しんでしまった水萌には通じなかったようだ。


「それでいいじゃん。俺達三人は普通じゃないってことで。逆におそろい」


 何が『逆に』なのかわからないけど、今は水萌の元気を取り戻す方が優先される。


「おそろい?」


「そう、おそろい。水萌は俺とレンとおそろいは嫌?」


「嫌じゃない! おそろい……」


 水萌が俯きながら小さく呟く。


 どうやらご機嫌は直ってくれたようだ。


「元気になったなら良かった。とりあえずゲーセン行こうか。その後にお弁当箱を買いに行って、帰ったら勉強ね」


「最初の二つはわかった!」


「最後の一つが一番大切なんだからね?」


「……優しくしてね?」


「なんでそういう言葉は覚えるのかね……」


 確かに俺がレンに対して使ったけど、その時とは絶対に意味合いが違う。


 水萌はたまに変な言葉を使うことがある。


 まあ意味が合ってるのだから別にいいんだけど。


 そうして俺と水萌はゲームセンターへ歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る