第32話 パーカー女子

 放課後になり、水萌みなもと約束した通りゲームセンターに行くことになった。


 俺と水萌はクラスで『血の繋がりのない兄妹』ということになっているが、それはあくまでクラスでの話。


 まあ水萌に関することだから、同級生にはほとんど知られているのだろうけど、それでも一緒に居るところを見られるのはあまりいいことだと思えなかった。


 だから一度帰って集合しようとも考えたけど、時間がもったいないので、水萌に聞いた。


『アレ』は持っているのかと。


 どうやら持ってきていたようなので、俺はちょうど雨がやんだので、校門の前で水萌の準備が終わるのを待っている。


「どっちにしろ水萌の容姿は目立つから必要なんだよな。それと俺が見たいのもあるけど」


「なにを?」


「いきなり話しかけない。びっくりするでしょ」


 俺がボーッと独り言を話していたら、真隣にパーカーを着てフードを被った水萌が立っていた。


「びっくりしてないよね?」


「してるよ? 顔に出ないだけ」


 俺は信用されないが、内心ではとても驚いている。


 驚き過ぎて逆に落ち着くみたいな状態だと思う。


「まあいいや。それよりね、恋火れんかちゃんが感想聞いてって」


「レンはお節介し過ぎると駄目なことを知らないのか?」


 レンが言っている感想が水萌のパーカー姿についてなのはわかる。


 女子の服はとりあえず褒めろと、何かで見たことがある気がする。


 だから恋愛脳になっているレンが言いたいことはわかる。


 だけど、付き合ってもない高校生をくっつけようとお節介をし過ぎるのは、逆に関係が崩れるというのもどこかで見た。


 俺は水萌との関係を崩す気はないけど、少しやり過ぎな気もする。


「まあそんなレンも可愛いが」


「恋火ちゃんへの感想?」


「ちゃんと水萌にもあるよ。やっぱりパーカー姿は可愛いな」


「いつもは?」


「訂正。パーカー姿も可愛いな」


 俺が言い直すと水萌が笑顔になった。


 俺はパーカー女子というやつが好きなようで、レンは常にだけど、こうしてたまに水萌がパーカーを着るところを見るのは純粋にいいと思う。


 欲を言えば、オーバーサイズで袖を余らせてくれると尚よい。


「前に見た時に思ったんだけど、やっぱりパーカー着るとレンに似るよな」


「やっぱり? 私と恋火ちゃんって、ほんとは似てるから、髪を隠すと結構似てるんだよね」


 前に水萌と一緒に買い物へ行った時、水萌はパーカーを着ていた。


 水萌がパーカーを取り出した時にレンのことを思い出したが、やはりパーカーを着た水萌はどこかレンを思い出させる。


 詳しくは知らないけど、顔立ちが似てるから、水萌は髪色と目の色を変えられたのかもしれない。


「今度入れ替わってみようかな?」


「ウィッグとカラコンで?」


「うん。誰か気づくかな?」


 やってみないとわからないけど、水萌とレンは性格が真逆過ぎてすぐにバレる気がする。


 そもそもレンが水萌のフリをしても、周りに人が居すぎて耐えられないと思う。


「きっと舞翔まいとくんはすぐにわかっちゃうだろうけどね」


「どうかね。実は今も変わってるとかある?」


「……やっと気づいた?」


「水萌ってそういうのどこで覚えてくるの?」


「なんで騙されないの!」


 水萌が抗議のジト目を向けてくる。


 セットなのか、ほっぺたも膨らませて。


「俺を疑心暗鬼にさせて楽しいの?」


「楽しくない」


「水萌ならそう言ってやらないでしょ?」


「そうだけど、もしかしたら恋火ちゃんが勝手にやってるかもよ?」


「レンの信用ないな。今のレンならやりかねないけど、それは絶対にないんだよ」


 水萌が「なんで?」と小首を傾げる。


「だって居るから」


 俺はそう言って水萌の後ろ、十メートルぐらい離れた木の影に居るパーカー女子を指さした。


「あ、恋火ちゃん」


「多分バレるのは覚悟してるんだろうけど、もう少し隠れろよ」


「一緒に行かないのかな?」


「多分来ない。あれは監視だと思うから」


「かんし?」


「俺と水萌がデートしてるかどうかの」


 水萌は余計にはてなマークを頭に浮かべているが、それも当然だ。


 俺だって意味がわからない。


 なんでレンがいきなり俺と水萌を付き合わせようとしているのか。


 一番わからないのは、何をそんなに焦っているのかだ。


「聞いても教えてくれないんだろうな。それはそうとなぜにそんな幸せそうなの?」


 レンから水萌に視線を戻すと、水萌は頬がとろけてとても幸せそうな顔になっていた。


「だってね、前は色々あってそれどころじゃなかったんだけど、恋火ちゃんが私との唯一の繋がりをまだ持っててくれたのが嬉しくて」


「それか」


 水萌に言われてやっと気づいた。


 なんで水萌とレンがパーカーを着てるだけで似てると思ったのか。


 確かに顔立ちが似てると言われたらそう見えてくるけど、水萌の目は今も青く、亜麻色の髪も隣なら少し見える。


 それでもレンの顔がチラつくのは、水萌とレンの着ているパーカーが色違いだけど同じものだからだ。


「このパーカーね、私がまだ恋火ちゃんと一緒に暮らしてた時に無理を言って買って貰ったの。その時にはもう私が家を出て行くのがほとんど決まってたから」


 水萌が少し寂しそうにそう言いながら自分の白いパーカーをギュッと握る。


 ちなみにレンのは黒いパーカーだ。


 なんとなく逆の方がいいと思ったのは言わないでおく。


「レンって学校でも常にパーカーだよな」


「そうだね。フードがあるからだと思うよ」


「被ってると可愛いもんな」


 レンが常にパーカーを着ているのには理由があるのだろう。


 レンとゲームセンター帰りに公園で話した時も、パーカーの話をしたら気まずそうにしていたし。


 だけどそれを水萌の口から聞くのはフェアじゃないし、着ている分にはそれでいい。


 可愛いから。


「舞翔くんだね」


「どういう意味だし。てかさ、水萌がバレない理由って、レンだと思われてるんじゃないのか?」


「その可能性はあるよね。そもそもパーカーを着てる人なんて恋火ちゃんぐらいだし」


 水萌は嫌でも人の目を集める金髪だけど、レンはレンで、常にパーカーを着て、常にフードを被っているので、これも目を集める。


 レンは学校で何かしたようなので、それも含めて『パーカー=レン』と、思われていても不思議ではない。


 それなら身長がほとんど変わらない水萌がパーカーを着ていたら、レンと思われるのも納得がいく。


「つまり、水萌だって気づかれないんじゃなくて、レンだと思われてるってことか」


「結果的には私だってバレてないけど、色々と危なかった」


 水萌の言う『色々』とは、家のことも含まれているのだろうけど、それはいい。


「ってことはさ、今の状況って俺とレンが仲良く話してるように見られるってことだよね?」


「そうなるのかな? 嫌なの?」


「俺は別に。ただ、レンは嫌がるかも?」


 レンは俺と水萌を付き合わせたいようだけど、今の状況を誰かが見たら、俺とレンが付き合ってるように見えなくもない。


 まあ今更で、既に何人かの生徒は校門から出て行っているから遅いのだけど。


「ま、レンが望んだことでもあるし別にいいんだけど」


「よくわかんないけど、舞翔くんがそう言うなら大丈夫だよね」


「その心は?」


「舞翔くんは恋火ちゃんの嫌がることはしないでしょ?」


「少し違う。レンの嫌がることはするけど、絶対に嫌がることはしない」


 実際レンはからかわれるのが嫌なはずだ。


 だけど俺はそれをわかっててやっている。


 もちろん本気で嫌がるならやめるが、レンが殴ってくるうちは平気だと思っている。


「やっぱり舞翔くんだ。それよりさ……」


「俺も思った。行こうか」


 話に夢中になり過ぎて結構長い時間話し続けていた。


 これなら一度帰ってから集合でも大して変わらないかもしれない。


 それこそ今更だけど。


 そうして俺と水萌は歩き出した。


 後ろに隠れるのをやめて離れたところからついてくるレンを連れて。

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