第31話 誕生日のお祝いとは?
「サキはさ、一回怒った方がいいと思うんだよ」
「何に?
今の状況を簡単に説明すると、レンと二人で話し終わり、水萌の元へ戻ってきたら、水萌がいきなりレンに抱きついた。
そしてレンが驚くよりも先に、床に置かれたお弁当箱を見て俺に言う。
「とりあえず水萌の話を聞いてからにしよう。いいよ」
「れんかちゃん、ごめんなさい……」
水萌が大粒の涙を流しながら、レンの肩に顔を埋めて鼻声で言う。
「れんかちゃんにも、れんかちゃんのかんがえがあったのに、わたしじぶんかってなこといった……」
「別にいいよ。オレの機嫌が悪かったのも事実だし、それに謝るべきなのはオレにじゃなくてサキにだと思うんだけど……」
レンはそう言って、またお弁当箱に目を向ける。
「サキが甘やかすからって、サキの弁当食い過ぎだろ」
「だって美味しいんだもん。
「サキのなのにまるで自分のもののように言えるのすごいな。そして悪気もない」
レンがなぜか俺にジト目を向けてくる。
まるで俺が何も言わないから水萌がこうなったと言わんばかりに。
「一つ言っておくけど、俺は水萌を甘やかし続けるからな?」
「こっちもこっちでだった。なんだ? 水萌はサキ無しじゃ生きてけない体にでもする気なのか?」
「水萌はそこまで馬鹿じゃない。俺がいなくても、きっと……」
「言ってて悲しくなるな。サキが弱るといじめたくなるんだよ」
「私は
「うわぁ、嫌な予感」
レンを離した水萌と目が合う。
カラーコンタクトだとわかっていても、その青い瞳はとても綺麗で、いつまでも見ていたくなる。
「俺は水萌の隣にいてもいい?」
「もちろんだよ。私の方こそいいの?」
「当たり前だろ」
「舞翔くん!」
「水萌!」
そうしていつもの茶番が始まる。
水萌が俺に抱きつくだけだ。
そう、いつも通りに……
「ふーん。いいじゃん」
レンがどこか嬉しそうな目で俺達を見てくる。
なんだか少し気まずくなったので、水萌の背中を叩いて離れさせる。
「終わり?」
「うん。レンとの仲直りも済んだし、先にお昼にしよ」
「する!」
いつもよりも早い終わりに首を傾げた水萌だったが、花より団子の水萌はすぐに意識を食事に切り替えた。
「ヘタレが」
「なんのことだ?」
「まあいいけど。突っつきがいがあるし」
レンが不敵な笑みを浮かべているが、何を考えているのか話す気は無さそうなので、とりあえず残り少ないお弁当に意識を切り替えた。
「元気はなかったのに食欲は変わらずなんだよね」
「舞翔くんのご飯が美味しいのが悪い」
「つまり俺のせいと?」
「舞翔くんのずるっこ」
久しぶりに水萌の「ずるっこ」を聞いた気がする。
毎回拗ねたように言うものだから、とても可愛くて言ってる時の水萌は結構……好きだ。
(よし、レンに後で説教しよう)
レンから変なことを言われたせいで、さっきから変なところで意識してしまう。
水萌から抱きつかれるのも、今までなら妹の愛情表現ぐらいにしか感じてなかったのに、水萌を『異性』と匂わされる。
それに……
「『お兄ちゃん』はやめたの?」
「恋火ちゃんが怒ったのが、舞翔くんをお兄ちゃんって呼んだからなのかなって思って……」
「別にそれは少ししか関係ない。オレ的には兄妹ごっこはやめて名前で呼び合って欲しいけど」
レンが横目で俺達を見る。
そもそもなんで未だにそれを続けてるのかもわからない。
教室では宣言してしまったから『お兄ちゃん』と呼ばれるのは仕方ないとして、それ以外のところでは普通に呼んでもいいとは思う。
レンからしたら、『兄妹』ではなく『恋人』になって欲しいようだけど、今は別にどうでもいい。
「じゃあ水萌に任せる。水萌はどっちの方が呼びやすい?」
「んー、お兄ちゃんかな? でも恋火ちゃんが嫌なら舞翔くんにする」
「水萌が決めていいんだよ?」
「うん、だから舞翔くんにする。舞翔くんにもだけど、恋火ちゃんにも嫌いになられたくないもん」
「正直どっちでもいいんだろ?」
レンの言葉に水萌が頷いて答える。
「結局どっちも舞翔くんだから」
「それならいいけど。じゃあ俺も水萌さんにする?」
「サキはそのままだから」
「理不尽」
まあ今更戻す理由もないからいいのだけど。
それに水萌からも一瞬不機嫌のオーラを感じたし。
まあ教室では『お兄ちゃん』と呼んでもらった方が都合はいいのでそうしてもらうけど。
「てか、兄妹ごっこで思い出したけど、水萌とレンって十日が誕生日だよな?」
前に水萌と俺のどちらが先に生まれたのかを確認する為に水萌の誕生日を聞いた。
その時に六月の十日だと言っていた。
水萌とレンは双子だからレンも十日が誕生日になる。
「そういえばそうだったね」
「誕生日とかあったな。普通に忘れてた」
俺も人のことを言えないけど、誕生日をこごで忘れられる人も少ないだろう。
水萌とレンは家が色々と訳ありなようなので、そういったことが理由なら何も言えない。
「誕生日祝われるの嫌いとかある?」
「そもそも祝われたことがない。誕生日って結局歳を取るだけの日だから」
「うん。誕生日に何かをやるって考えがそもそもなかった」
二人は特に気にした様子もなく、当たり前のように言う。
俺も特に誕生日に興味はなく、母さんに言われるまで気づかないタイプだけど、母さんが嫌でも祝ってくるので、誕生日は特別な日という認識はある。
俺としては、いつも仕事しかしていない母さんが、珍しく休みか半休を取るので母さんの休める日として認識している。
「サキが何かしてくれるの?」
「いや、今の今まで忘れてたから何も考えてない」
「正直すぎだろ。別にいいけど」
「でも思い出したからには何かしたい。今日が七日で明日明後日は土日だし、何かしらできるだろ」
水萌とレンの誕生日は土日明けの月曜日だ。
本当なら当日に何かした方のがそれっぽいのだろうけど、二人が特に気にしてなさそうなので土日で何かするのもいい。
まあ二人が望べばだけど。
「欲しいものとか、して欲しいこととかある?」
「ぶっちゃけるとさ、サキってオレ達が何かして欲しいって言ったら誕生日関係なくやるだろ?」
「やるけど?」
「だから、なんか誕生日だから頼みたいってことがないんだよな」
それはなんとなくわかる気がした。
俺も母さんから誕生日プレゼントに何が欲しいか聞かれても答えることができない。
だから毎年『味見』を頼んでいる。
俺の料理が美味しいのかどうか、忌憚のない評価をしてもらう。
「別になんでもいいよ。水萌なら勉強を見るとかでも」
「ギクッ」
水萌が多分何かないかを本気で考えていたのだろうけど、俺がそんなことを言うからあからさまに慌て始めた。
「なに、水萌は赤点組なん?」
「レン、水萌は夏休みを迎えられないかもしれない」
「マジか。どんまい」
「やだ! 舞翔くんと恋火ちゃんと一緒に夏休みするの!」
水萌が俺の肩を掴みながら揺さぶってくる。
脳が揺れるからやめて欲しい。
「だったら勉強しような?」
「……それよりね、私欲しいものがあるの」
あからさまな話題変換。
水萌は周りから『容姿端麗』や『文武両道』なんて言われていたけど、実際は勉強なんてできなくて、運動もまったくと言っていいほどできないようだ。
それがなぜ周りからそう思われているのかは謎だけど。
「後でちゃんと話すとして、とりあえず何が欲しいの?」
「サキ?」
「レンは黙ってろ」
レンからの茶々入れに文句を言うと、レンがチロっと可愛い舌を出す。
いたずらっ子みたいなその顔がとても可愛らしい。
「んとね、私、レンカちゃんが欲しい」
「……は?」
「良かったな、水萌はレンカをお望みだぞ」
レンの口がパクパクとしている。
とても可愛いのでちょっと放置してみる。
「な、なんでオレなんだよ」
「ん? 私が欲しいのはレンカちゃんだよ?」
「だから……。おいサキ、頭出せ。痛いのくれてやる」
俺はただ黙って成り行きを見ていただけなのに理不尽だ。
レンの体がプルプルと震えているので、親指を立てておいた。
そしたらレンがいきなり俺の頭を両手で挟んで俺のおでこに自分のおでこをぶつけ、ヘッドバットをした。
「……やば、一瞬意識飛んだ」
「色々とスッキリした。水萌、わかりにくい言い方するな。ぬいぐるみのレンカが欲しいって言え」
水萌が欲しがったのは俺の部屋に同居している猫のぬいぐるみのレンカだ。
水萌はレンカがお気に入りのようで、俺の部屋に来る度にレンカを抱きしめている。
そのせいでレンカには水萌の色んなところが触れていて、俺はレンカに触れることができない。
主に後頭部のところは。
「最初から言ってたよ?」
「言ってたな」
「言ってねぇだろ!」
水萌が俺のおそらく赤くなっているおでこをさすりながら不思議そうに言うと、レンが顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
普通に考えたらわかるだろうけど、今のレンは頭が恋愛脳になっているせいか、勘違いしたようだ。
「レンの可愛い勘違いはあったけど、レンカはあげられないんだよ」
「なんで? そういえば恋火ちゃんと同じ名前なのってどうしてなの?」
「今更聞くんだ。えっとね、ゲーセンで俺とレンが取ったぬいぐるみを交換して、それにお互いの名前を付けたんだよ」
「え、ずるい!」
絶対に言うと思った。
そして案の定水萌はほっぺたをぷっくりと膨らませる。
「私も舞翔くんと交換っこしたい!」
「ゲーセン行く?」
「行く!」
「レンも来るだろ?」
今日は金曜日でバイトが無い日なので、帰りにレンとデートの予定だった。
行き場所はどうせ同じゲームセンターなのだから、一緒に行ってもいいだろう。
「……いや、二人で行ってこい」
「なして?」
「その方が面白いから」
絶対にろくでもないことを考えているんだろうけど、レンがそう言うならそうすることにした。
なんとなくレンも後からついて来そうだし。
「じゃあ今日は水萌とゲーセンに行こうか。ちゃんとアレはある?」
「あるよー。舞翔くんと下校途中に寄り道するの初めてだ」
言われてみたらそうだ。
水萌は嫌でも人の目を引く。
だから外を一緒に歩くことなんて水萌をマンションに送る時ぐらいだ。
そもそもが寄り道する理由が無かったのと、六時過ぎれはうちに来るからその前はレンとのデートに使っていただけなのだけど。
「つまり水萌とデートだな」
「でーと?」
「そう、デート」
レンはどうしてそんなに恋愛に持っていきたいのか。
それならそれで別にいいけど、俺だってただ黙って聞いてるだけではない。
「やっと普段のをデートって認めてくれたんだな」
「おぉー、舞翔くんと恋火ちゃんはでーとしてた」
「水萌、意味もわからずに喜ぶな。そしてサキはうるさい」
レンから痛くない拳を肩に貰う。
レンの本心が何かはよくわからないけど、とりあえず今日の帰りは水萌とデートすることになった。
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