第30話 不機嫌の正体
「レンが、レンがいじめた……」
「お兄ちゃんが
「だって可愛いんだもん」
「それはわかるんだけどね」
「懲りないか?」
痛みから解放された俺は、
正直今もジンジンしているけど、さっきに比べたら大分マシになってきた。
「立場逆転してないか?」
「妹に頭を撫でられたらいけないのか!」
「サキが怒った。一つ言っとくけど、サキと
「血の繋がりなんて些細なことだもん」
「つまりオレとの関係は些細と」
「お兄ちゃん、恋火ちゃんがいじめる」
俺の頭を撫でていた水萌が、俺に泣きついてきた。
なぜだかレンの機嫌が悪い気がする。
「何かあった?」
「別に。ただお前らが調子に乗ってるのが腹立つだけ」
レンがため息をつきながら壁に背中を預ける。
やはりどこか機嫌が悪いように見える。
俺と水萌がここに来た時はそこまでではなかったはずだけど、何かレンを怒らせることをしたのだろうか。
というか、レンは最近こうして不機嫌そうになることがある。
「レン、俺達が何かしたのなら教えてくれ。レンとの関係にヒビを入れたくない」
「だから何でもないっての。ただちょっとモヤッただけだよ」
「何に?」
「知るか。ほんとにただなんとなくモヤッただけ。怒ってるように見えたのならそれは今までのオレを見てなかっただけだろ」
「素だと?」
レンが頷いて答える。
「恋火ちゃん、それは嘘だよ」
「あ?」
水萌がまっすぐ否定すると、レンが更に不機嫌そうな顔になった。
「それだと恋火ちゃんはずっと怒ったような感じって言ってるよ?」
「だからそう言ってんだよ」
「なら嘘だよ。少なくとも
「何がわかる、主観だろ?」
「そうだね。でも私と恋火ちゃんは双子だよ」
「だからなんだよ。双子だからオレの考えがわかるって? 少なくともオレは水萌の考えなんて微塵もわからない」
レンは話はそれまでとでも言いたげに視線を正面に戻すと、スカートのポケットにねじ込まれていたゼリー飲料を取り出した。
何日か一緒にお昼を食べているが、レンは毎日同じものを飲んでいる。
俺と水萌が気にしておかずをあげようとするけど、頑なに食べようとしない。
レンがゼリー飲料以外のものを食べているのを見たのは、三人が初めて揃った日の晩ご飯だけだ。
「恋火ちゃんはまたそればっかり」
「好きなんだからいいだろ」
「栄養は取れるのかもしれないけど、カロリーは足りないよ」
「いくら食べても変わらない水萌が言うのはただの嫌味だろ」
「恋火ちゃんは別にダイエットしてるわけでもないでしょ」
「お前に何がわかるんだよ。勝手な決めつけで勝手に自分の意見を押し付けるな」
水萌とレンが喧嘩をするのは別に珍しいことではない。
ここ数日でも、というか顔を合わせるとほとんど毎回喧嘩をしている。
姉妹なのに離れ離れにされていて、喧嘩もできなかった二人だから喧嘩をするのは別にいい。
だけど今日のは少し違う。
今までの喧嘩はどちらかが怒鳴って、それを俺が可愛いと言えば済むようなじゃれ合いのような喧嘩だった。
けれど今日のは静かすぎる。
「恋火ちゃんこそ、自分の機嫌が悪いからって舞翔くんに当たらないでよ」
「だから普通だって言ってんだろ。それにつねったことならサキが自分から望んだことだ」
「うん。それは舞翔くんが言ったことだから別にいいんだよ。でも、恋火ちゃんはいつもそんなに怒ってないよ」
人には不機嫌な日があるのはわかる。
俺だってなんとなく機嫌が悪い日があるし、今日はレンがその日なのかもしれない。
だけどそれならいきなり雰囲気が変わったのが気になる。
「別に今更ってこともねぇよ……」
「え?」
レンの呟きが隣の俺には聞こえたけど、俺の隣の水萌には聞こえなかったようだ。
元からする気もなかったけど、このまま放置はできないようだ。
「レン、来い」
「は? なんで」
「いいから。ついて来ないなら全てを捨ててレンに泣きつくからな」
「……サキならほんとにやるんだよな」
やる。
それでレンが話を聞いてくれるなら俺はなんだってやってやる。
「水萌は待ってて。お弁当置いてくけど全部食べるなよ?」
「食べないよ。舞翔くんと半分こするんだから」
「……そうだね」
水萌はほっぺたを膨らませて不満気にしてるが、水萌との『半分こ』は未だに成立したことがない。
もしかしたら水萌の考えている『半分こ』とは九対一なのかもしれない。
まあ食べてる水萌の幸せそうな顔を見れば俺はお腹いっぱいになるからいいんだけど。
「じゃあ行くぞ。あ、手は繋ぐ?」
「色々と抜けるからそういうのいい」
「残念。また今度か」
いつも通りの軽口を話せるだけの雰囲気には戻せた。
後はレンが話してくれるかどうかだ。
俺はさっきの廊下から少し離れた、角を曲がっただけのところで立ち止まった。
「さてレン、不満はなんだ?」
「なんでオレが素直に話すと思った?」
「つまり不満はあるんだな?」
「うわ、サキっぽくてめんどくさい」
それはそうだ。
俺はサキなのだから。
めんどくさい俺に文句を言っても無駄なのがわかっているからか、レンはため息一つついてから口を開く。
「正直そんなに怒ってるわけじゃないんだよ。売り言葉に買い言葉みたいな感じで、勝手に不機嫌なことにされたことに不機嫌になった」
「それはごめんだけど、なんか最近不機嫌ではあったろ?」
「ここで女の子だからとか言っても信じないよな」
「対応を水萌に任せる」
「嘘だからな? 水萌とそういう話するのは絶対にやだ」
男の俺にタラレバで話すのはよくて、同性の水萌には話すのすら嫌なのはなんなのか。
わからなくもないのが水萌に悪い気もするけど。
「ちなみにだけど、クラスでのことじゃないよな?」
「それは違う。今更オレに何かする奴なんていないし、オレも興味ない」
レンが教室でどんな扱いを受けているのかを俺は知らない。
レンが何かをしたようだけど、レンが自分から話したいと思わない限り俺は聞く気もない。
「とりあえずレンを信じる。じゃあやっぱり俺か水萌?」
「そうかな。まあサキか水萌じゃなくて、両方なんだけど」
「まさかの俺達二人ともかよ」
心当たりが無いわけでもないのが困りものだ。
レンの優しさに甘えて、勝手にレンの居場所を使っていたのだ、そりゃ機嫌が悪くなるのも仕方ない。
俺の場合は水萌が来てくれることに感謝しかなかったけど、レンも同じとは限らないのだから。
「ごめん。明日からは別の場所探す」
「なんで?」
「だって、俺と水萌がレンの居場所に来るのが嫌なんじゃないの?」
「あぁ、サキだもんな。そういう勘違いするか」
なぜかレンが納得したような顔で頷く。
すごい罵倒をされた気がするけど、それなら何が原因なのか。
「んー、あんま言いたくないんだけど、聞きたい?」
「レンがどうしても話したくないなら聞かないけど、俺はレンとこれからも仲良くしていたい」
「別に仲違いするようなことでもないけど、オレの態度が悪いのも事実か」
実際水萌と喧嘩してるわけだから、それがヒートアップするのも時間の問題な気がする。
今日のなんかは危なかったし、摘める芽は摘んでおいた方がいい。
「むしろ話した方がいいか。でもなぁ……」
「そんなに悩むことなの?」
言いたくないなら言わなくていいけど、レンの悩みようから話した方が後々いいのかもしれない。
言った方がいいけど、言うのがはばかられる不満とはなんなのだろうか。
「よし、ぶっちゃけよう。気まずくなったらサキがなんとかする」
「内容次第だよ?」
「大丈夫、そもそもサキにしか話さないんだから困るのはサキだけだ。存分に困れ」
レンからとてもいい笑顔を頂いた。
その笑顔を見れただけで俺は満足だ。
この後にどんなことを言われてもきっとお釣りがくるぐらいに。
「サキと水萌ってさ、いつになったら付き合うの?」
「……は?」
ちょっと話が飛びすぎて理解ができなかった。
「だから、水萌といつになったら恋人になるのって話。隣で兄妹とか言い張りながらイチャついてるの見るのってイライラするんだぞ?」
「別にイチャついてないだろ?」
「そう言うのも知ってた。でもな、サキと水萌を傍から見てると十人中十人がオレと同じことを言うからな?」
レンが呆れたような目を向けるが、そんなに変なことをしているだろうか。
それならレンとだって似たようなことをしてる気がするのだけど。
なんて言う目を送ったら「それはさておき」と言われ、なんだか逃げられた気がした。
「実際水萌のこと好きなんだろ?」
「そりゃ好きだけど」
「友達としてじゃなく」
「そういうの意識したことないんだよ」
確かに水萌は可愛い。
だけどだからって恋人になりたいかと言われたら「わからない」と答える。
「じゃあこれから意識してけ。水萌のことを家でもずっと考えて悶々としろ」
「その心は?」
「憂さ晴らし」
またもレンからいい笑顔を頂いた。
レンが喜ぶなら水萌との関係を考えるのは構わない。
それで結局今のままがいいとなってもレンが納得するかはわからないけど、とりあえず考えてはみることにする。
「まあでも、俺が一方的に好きになっても水萌に断られたら意味無いんだけどな」
「……さすがサキ。オレはサキのそういうところ嫌いだけど好きでもあるよ」
「意味がわからないけど俺もレンが好きだよ」
俺がそう言うと、レンから痛くない拳を頂く。
そうしてスッキリした顔つきのレンとともに、俺のお弁当を半分以上食べ尽くしている水萌の元に帰って行った。
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