第29話 雨の中の悲鳴
六月に入ったからか、雨がよく降るようになった。
雨が降ると朝起きた時に頭が痛くなるし、学校に来るのもめんどくさくなる。
だけどそれはまだいい。
だって学校に来れば水萌と、たまにレンと会えるから。
雨が降って一番困るのは、俺と水萌が昼休みを過ごす体育館裏が使えないことだ。
周りに人がいるのが嫌な俺は、教室や学食なんかでお弁当を食べることはしたくないし、一緒に食べる水萌も周りの目があると緊張して箸が進まなくなる。
どうしたものかと考えていたら、思いついた。
雨に濡れるのを嫌うであろうにゃんこを頼ろうと。
「また来たのかよ」
「レンが寂しいと思って」
「んなわけあるか。毎日一人で食べてんだから寂しいわけないだろ」
「じゃあ俺が寂しいから一緒に食べて」
「来るたびにそれ言ってるけど、隣の妹に文句でもあるの?」
レンが壁にもたれ掛かりながら、俺の妹、という設定の水萌に視線を向ける。
「お兄ちゃん、私じゃ満足させてあげられない……?」
「違うぞ妹。ツンデレなレンを口説き落とす為にそう言っただけで、水萌と一緒に居られて俺は毎日嬉しいよ」
「お兄ちゃん……」
「水萌……」
「そういう茶番最近ハマってんの?」
レンから呆れたような視線とため息を貰う。
俺と水萌は最近何かあるとこうして茶番を始める。
大抵は水萌が始めたのに俺が乗っかる形だけど、水萌がなんで始めたのかはわからない。
「お兄ちゃんとおままごとしてるみたいで楽しいんだよ?」
「いくつだよ。ってか最後の名前を呼び合うところって流れ的に抱き合うとこじゃないの?」
「公共の場所でそんなことできないだろ?」
「つまり家ならすると」
「するよ?」
「してたな……」
誤解のないように説明すると、俺は抱きしめてない。
水萌が俺に抱きついてくるのをただ受けているだけだ。
そこで抱きしめ返すのは茶番の域を超える気がするから。
「サキはヘタレだからな」
「レンなら抱きしめてもいいんだけどな」
「やめろ。サキなら面白半分でほんとなやりそうだし、そんなことされたら水萌がガチで拗ねるかキレる」
「拗ねないしキレませんー。ただお兄ちゃんのことを一日抱きしめて、その次の日に
水萌がぷっくりとほっぺたを膨らませながらそう言う。
言ってることは可愛いけど、多分水萌の『一日』は、ほんとに丸一日だ。
それが土日とかの休みならまだいいけど、平日なら学校でもずっと抱きしめているだろう。
いや、土日でもお風呂やトイレがあるから困るのに変わりないのだけど。
「それは色々とまずいからやめよう。レンは頭を撫でるだけで許してくれ」
「誰も求めてないわ。それより、雨の時は毎日ここに来るつもりなのか?」
「そう言った、よな?」
「恋火ちゃんは嫌?」
「……なんでそう捨てられそうな子犬みたいな目で見てくるかなぁ……。別に嫌なんて言ってないだろ、オレだってお前らが居た方が……」
「が?」
「がー?」
「……やっぱり帰れ!」
こうしてレンに怒鳴られるまでが雨の日のお昼のセットだ。
ここはただの廊下で、お昼を食べるのには適してないけど、水萌とレンが居ればそれだけで快適空間になる。
「んー、でも明日が晴れても行けないかな?」
水萌が窓の縁に手を掛けながら外を見る。
その視線の先は俺と水萌がいつもお昼を食べている体育館裏だ。
「まあそろそろ蒸し暑くもなるし、あそこで食べるのも辛くはなるけど」
「それはここも同じだろ。教室だったら冷房あるぞ」
「レンよ、俺が教室で一人お昼を食べてるところを想像してみろ」
「……うわぁ、既視感あるけどすごいな」
どんな想像をされたのかはわからないけど、おそらく俺の周りの席が空けられて、完全に一人になっている。
もしくは、俺が居ないのをいいことに、俺の席を使っていた奴から「なんでいんの?」みたいな目をされる。
俺の席を俺が使って何が悪い。そもそも俺の席を勝手に使うな。
見たことないから使ってるかは知らないし、知ろうとも思わないけど。
「それぐらいなら俺は水萌とレンと一緒に居る」
「結局そうなるんだよな。オレだって教室に居場所ないし」
「だからってストーカーみたいに俺と水萌を眺めるのはどうよ」
レンは高校に入ってからずっとここで昼休みを過ごしているらしい。
六月に入る前に一度雨が降ったことがあり、その時にレンにヘルプのメッセージを送ったら、即この場所を提案された。
来てみたら俺達がいつもいる場所がよく見える場所なのだ。
どうやら俺が一人でお弁当を食べてるのを毎日レンに見られていたようだった。
「前も言ったけど、オレが見つけた場所がたまたまサキの居る場所を見えるところだっただけで、別にサキを見てたりはしてない」
「妹よ、レンはこう言ってるが実のところは?」
「見てたよ。熱い視線を送ってた」
「水萌は適当言うなっての!」
レンが顔を赤くして水萌の柔らかいほっぺたをつねる。
レンがほんとに俺のことを見てたのかは知らない。
レンが言う気がないなら、見られてたら嬉しい程度に思っておくことにした。
「一日一レンを補給できたし、お弁当を食べようか」
「ふぁーい」
「お前らはオレをおちょくりに来てんのか」
「失敬な。レンをからかいに来てるんだ」
「ひょーらよ」
レンが更に怒り、その全てが水萌のほっぺたに向かう。
水萌は痛がっていないが、傍から見てると痛そうに見える。
「それって痛くないの?」
「いひゃふらいよ?」
「サキもやられるか?」
「怖いもの見たさで」
「やっぱドMだよな」
レンが真顔でそう言うと、水萌から手を離して俺の頬に手を伸ばす。
なんだかいざやられるとなると少し怖い。
というかレンの顔が真顔過ぎてそれが怖い。
「や、優しくしてね」
「……無理」
レンが満面の笑みで俺の頬に触れた。
(あ、死んだ)
その後、俺は盛大な悲鳴をあげた。
おそらく生まれて初めて出した大声だった。
途中から記憶が無くなり、気づいた時には満足そうなレンと、心配そうにしている水萌が俺の頬を撫でていた。
一つの教訓になった。
レンを怒らせるととても怖い。
これからは気をつけながらからかわなければいけなくなったのだった。
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