番外編 アルバム

「はわわ、ちっちゃいお兄ちゃんかわいい!」


「そうか? 今と同じで世界の全てが敵とか思ってそうだけど」


「レンってやっぱり中二病だろ」


 水萌みなもとレンが喧嘩? してから少し経った頃。


 学校を除き、三人で行動することが増えた。


 そして今日は、水萌の提案で俺のアルバムを見ることになった。


 ちなみに理由はわからない。


恋火れんかちゃんのはつんでれ? だから素直に受け取らなくていいんだよね?」


「そう、ほんとに可愛いよな」


「恋火ちゃんは可愛い」


「よし、二人ともおでこ出せ。とりあえず一回で許してやる」


 レンが笑顔でデコピンの構えをする。


「笑顔も可愛いよ」


「うんうん」


「やばい、サキ一人でもめんどくさいのになんでそれが増えるんだよ」


 レンがトレードマークのフードを両手で掴んで深く被る。


「可愛い恋火ちゃんはいいとして、これって何歳ぐらいの時?」


「可愛いレンは置いとくとして、多分小学校入りたてぐらいじゃないかな?」


「お前ら……」


 レンに睨まれるけど、頬が赤いせいで怖くはない。


 そのレンを無視して水萌が指さす写真に目を向けた。


 今見てる写真は、俺が小学校一年の時の写真だと思われる。


 どんな写真なのかと問われると、答えるのが難しい。


 何せ何もしねいないのだから。


 ただ不貞腐れたように立っているだけ。


「この頃から俺は写真が嫌いなんだな」


「嫌いなの?」


「嫌い。正確には自分の姿を見るのが嫌いなんだよ。別に容姿に優れてないから、とかじゃなくて、いや、それもあるんだけど単純に自分が嫌いなんだよな」


 上手く説明できないけど、自分を見るのがどうしても好きではない。


 写真に限らず鏡とかも駄目だ。


 だから昔から写真に撮られないように逃げていた記憶がある。


「母さんは俺を写真で残したかったみたいだから、嫌がる俺を無理やり撮ってたみたいだけど」


「お兄ちゃんは陽香ようかさんが喜ぶことをしたくて、嫌でも写真を撮ってもらってたんでしょ?」


「そんな殊勝な子に見える?」


「見える」


 断言されてしまった。


 確かに母さんを悲しませたくなくて、嫌だったけど写真を撮らせてあげたことはある。


 だけど『嫌だ』という気持ちは隠し切れてなく、この写真のように不貞腐れているものが多い。


「こんなのばっかりだけど見たいの?」


「うん! お兄ちゃんのことたくさん知りたいから」


「おたくのお姉さん魔性過ぎないかい?」


「オレに振るな。それにオレが姉だっての」


 水萌の無自覚攻撃は今に始まったことではないからさすがに慣れたけど、茶化さないと危なくなる。


 それはそれとして、水萌とレンは未だに自分を姉だと言い張っている。


 だから俺は勝手に水萌を姉にして、レンを妹にしている。


 理由はその方が面白そうだから。


「はわわわわわ」


 俺とレンがじゃれあっていると、アルバムをめくった水萌が両手で目元を押さえて、指の間から見るという古典的なあれをやっていた。


「変な写真あった?」


「へ、変じゃないよ。ただちょっとだけ刺激が強いなーって」


「忘れてた。母さんに渡された時に確認しろって言われてたんだった」


 水萌が見てた写真は俺がお風呂に入っているものだった。


 もちろん服なんて着ていないが、湯船に浸かっているので多分大丈夫だ。


 大丈夫なはずだ。


「別に俺は気にしないからレンも水萌みたいに堂々と見ていいよ?」


「み、見てにゃいし!」


 久しぶりにレンの猫語を聞いた。


 やはり可愛い。


 それにレンは否定したけど、そっぽを向いているけどチラチラと写真を見ている。


「逆にサキはなんでそんなに普通なんだよ」


「別に減るものでもないし」


「強すぎだろ」


「俺は行かないけど、温泉とか行ったら男は上半身裸だろ? それにプールとか海に行ってもそうなんだから、そんなに気にすること?」


 この写真に写っているのはあくまで上半身だけ。


 俺はインドア派だから無いけど、プールや海に行けば女の人にだって上半身の裸は見られるのは当然だ。


 しかもこれは小さい時のものだし、わざわざ恥ずかしがる理由がわからない。


「レンも見たいなら、もう隠そうという気すらない水萌を見習って見ていいんだよ?」


 水萌はさっきまでは両手の指の隙間から写真を見ていたけど、今は前のめりになって土下座するように写真を見ている。


 そんなに見て面白いものでもないと思うけど。


「水萌は変態なだけだ。オレは別に」


「水萌はオープンでレンはむっつりと」


「サキ、頭出せ」


「撫でてくれんの?」


「拳で撫でてやるよ」


 俺は言われた通り頭をレンに差し出す。


「……」


「撫でないの?」


「サキってほんとにずる賢いよな……」


 レンが握っていた拳を解いて俺の頭を優しく撫でた。


「ご褒美を貰ってしまった」


「ちなみにサキはオープンとむっつりのどっちが好き?」


「どっちとかはないかな。最終的には水萌とレンが好きになるんだけど、どっちも俺に興味を持ってくれてるってことになるわけじゃん?」


「捉え方次第ではそうかもな」


「だったらどっちも好きだろ?」


 俺なんかの裸に興味を持つなんて阿呆みたいな奴らは水萌とレンぐらいだろう。


 それはそれとしても、興味を持ってくれたっていう事実が素直に嬉しい。


 変な意味ではなく、俺という存在を認めてくれてるわけだから。


「つまり、俺も水萌とレンのことが好きってことで」


「何回も言ってるとさすがに慣れるからな?」


「でも事実だし。事実だから何回でも言うぞ? 俺はレンのことが好きで、大好きで、愛してる」


「……ほんとに嫌い」


 レンが後ろを向いてフードを深く被り、ダンゴムシのように丸くなった。


(いや、猫か?)


 見たことないからわからないけど、猫が丸くなったらこんな感じなのだろうか。


「じー」


「なに?」


 可愛いことをしているレンを眺めていたら、水萌からジト目の視線を感じたのでそちらを向くと、案の定ヤンデレ中の水萌が俺を睨んでいた。


「恋火ちゃんばっかりずるい!」


「なにが?」


「私もお兄ちゃんから好きって言われたい!」


「言ってたけど?」


「恋火ちゃんにはいっぱい言ってたもん!」


 水萌が言いながらどんどん近づいて来る。


 その際に俺との間にあったアルバムはちゃんと横にどけてるところが律儀で水萌らしい。


 そして怒るポイントがよくわからないのも水萌らしい。


「水萌のことも好きだよ?」


「もっと!」


「水萌、お前が妹じゃなければって何回思ったか」


「お兄ちゃん……、私は諦めないよ。お兄ちゃんと結ばれるその日まで」


「水萌、愛してる」


「私もだよ、お兄ちゃん」


「茶番乙」


 そう、これはただの茶番だ。


 水萌はレンだけが特別扱いされていたように見えて拗ねたのだ。


 だから自分も同じように扱われたくなり、俺に駄々をこねた。


 可愛い妹の為なら一肌脱ぐのが兄の役目。


 だからレンにもやった茶番を水萌にもやってみた。


 それでお互い満足してこの話は終わり……にならないのが水萌クオリティだ。


「お兄ちゃん大好き」


 何を血迷ったのか、水萌が俺に抱きついてきた。


「水萌、いきなり抱きつくのはやめなさい。お兄ちゃんドキドキしちゃうでしょ」


「やーいシスコーン」


「ロリコンの次はシスコンと言うか。レン、妹だろ何とかしろ」


「お兄ちゃんこわーい」


「くっ、レンの口からお兄ちゃんなんて聞いたらそれこそ……」


 わかっていたけど、水萌の抱きしめる力が強まった。


「お兄ちゃんは恋火ちゃんがいいんだ」


「なんなの? 修羅場なの? なんで俺はこの歳で浮気した旦那役をしないといけないの?」


 水萌のジト目が俺に刺さる。


 これが全部俺をからかう為のものなのはわかっている。


 だけどわかっていてもドキドキするし、ジト目は痛い。


「マジでなんなの? 泣くよ?」


「泣いたお兄ちゃんを慰めるのも妹である私の役目」


「泣いたサキを見て馬鹿にするのがオレの役目」


「おいそこの可愛い猫。後で抱きしめてやるかな?」


「水萌、聞いたか? 水萌じゃなくてオレに抱きつくって」


「じゃあ私も恋火ちゃんにぎゅーする」


「忘れてた、ここにオレの味方はいなかった」


 俺に飽きた水萌が今度はレンに標的を定めた。


 逃げようとするレンを後ろから抱きしめる。


「なんで逃げるの!」


「いきなり襲われそうになったら誰だって逃げるだろ」


「お兄ちゃんは受け止めてくれたもん」


「サキは変態なだけだ。それと受け止めなかった後の水萌がめんどくさいから仕方なくだろ」


 否定はしない。


 変態なのかはともかく、水萌のハグから逃げていたら絶対に後で拗ねるかやさぐれる。


 そんなのは嫌だから受け止める以外に選択肢はない。


「お兄ちゃん、私めんどくさい……?」


「そんなわけない。水萌のやることは全て喜んで受け止めるよ」


「ほんと? じゃあ兄妹で結婚したいって言っても?」


「俺は何か試されてるのか? 受け止めはするよ、その後のことはちゃんと話し合うけど」


 結構云々は適当に言ってるのだろうけど、もしもそういう相談をされたら聞き流すことはしない。


 レンとは逃避行することになっているし、水萌とも話し合いをしてお互いの妥協点を見つけ出す。


 あくまでタラレバの話だけど。


「良かった」


「オレはほんとに何を見せられてんの?」


「後ろ向いてるから何も見えてないだろ?」


「ロリコンでシスコンのサキは黙ってろー」


 何やら理不尽なことを言われたけど、理不尽だから黙らない。


「そういえばさ、今日ってテスト期間だから帰りが早かったわけじゃん?」


「そうだな。オレの身体がすごいビクつくからその話はしない方がいいんじゃないか?」


「じゃあ続けるけど、大丈夫なの?」


「オレは別に今更頑張らなくても赤点取ったりはしないから」


 それは俺もだ。


 今回が高校に入って初のテストだから、どのぐらいできるのかわからないけど、授業を受けてる限りではそんなに焦るようなことはない。


 心配なのはレンに抱きついているワンコだ。


「水萌、だい──」


「アルバムの続き見よー」


 レンからバッと離れた水萌が、またもアルバムをめくり出す。


 なんだかとても不安だけど、当の水萌がアルバムにしか興味は示さなそうなので諦めた。


 俺達はその後もアルバムを見て、危ない写真が出てくるたびに大騒ぎをしていた。


 見終わる頃には、水萌がスッキリしたような顔になり、レンがとても疲れたような顔になっていた。

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