第28話 喧嘩と感謝

「それで結局髪を染めた理由とカラコンはなんなの?」


 とりあえずよくわからない雰囲気を払拭する為に晩ご飯の準備を始めることにした。


 俺と水萌みなもがキッチンに向かうと、レンが帰りそうにしていたので「用がないなら食べてかない?」と、言うと「じゃあそうする」と、残ってくれた。


 そして俺は先ほど聞けなかったことを隣の水萌に聞く。


「あ、ちなみに言えるやつ?」


「お兄ちゃんにはもう何も隠さないよ」


「それならいいんだけど、水萌が困るなら言わなくていいからな?」


「大丈夫だよ、恋火れんかちゃんにバレちゃった時点で隠してる意味もないから」


 それはそれでどうなのかと思うけど、水萌もレンもそんなに気にしてる様子はないので大丈夫なことにする。


「んとね、簡単に言うと私と恋火ちゃんの関係を隠す為だね」


「双子ってことを?」


「それもだけど、家族ってところから」


「赤の他人にしたかったってこと?」


 水萌は頷いて答える。


「私と恋火ちゃんのおうちって、いわゆるお金持ちってやつなの。昔ながらの考え? があって、跡取りとか、詳しくは知らないんだけど、とにかくめんどくさい家なの」


 水萌とレンの家がお金持ちなのはなんとなく察していた。


 水萌の住むマンションは、高校生が一人暮らしするにはあまりにも高級そうだったし、毎日外食と言っていいのかわからないけど、近くのパン屋さんで晩ご飯を済ませていたのだから、お金に余裕があるのだろうと。


 レンも、俺とゲームセンターに行く為だけの理由で、福澤さんを当たり前のように渡してきた。


 だからなんとなくお金に余裕がある家なのはわかっていたけど、まさかリアルで『跡取り』なんて言葉を聞くとは思わなかった。


「つまり、レンを跡取り? にしたいから水萌を追い出して一人にさせたと?」


「簡単に言うとそう。もっと詳しく言うと色々あるんだけど、そういうのは説明がめんどくさいから無し」


 水萌はなんでもないように言うけど、多分説明がめんどくさいのではなく、説明できないのだと思う。


 俺を面倒ごとに巻き込みたくないだろうし、そそもそも俺に説明しても理解できると思わない。


 そして水萌が本当はわかってない可能性もある。


「だからこの髪と目は、もしも恋火ちゃんに会った時にバレないようにっていうのと、如月きさらぎ 水萌を完全に消す目的があったんだろうね」


「如月?」


「やっぱりサキはそれも知らないんだ」


 ここまでずっと黙って話を聞いていたレンが、机に突っ伏しながら俺に言う。


「レン」


「あ、人の家でだらしなかったな。ごめん」


「違う。可愛いが過ぎた」


「うん。恋火ちゃんのだらしない姿はとっても可愛い」


「……二度と気を抜かない」


 レンが背筋を伸ばしてしまった。


 どうしても余計なことを言ってしまうのを気をつけなくては。


「絶対ろくでもないこと考えてんな」


「それより如月って?」


「私の本当の名字。恋火ちゃん教えてないの?」


「オレ、名字も名前も嫌いだから」


 それがレンをレンと呼ぶ理由だから俺も聞けないでいた。


 名字が嫌いと言うのだから、家に何か不満があるのはわかっていたけど、どうやら俺の想像なんか優に超える問題のようだ。


「何も説明はなかったけど、水萌がいきなりいなくなったのがあいつらのせいなのはわかってたから、余計にな」


「恋火ちゃんは私のこと大好きだったもんね」


「は? 確かにあの家では拠り所だったけど、それだけだから」


「酷い! 私には恋火ちゃんだけしかいなかったのに……」


「水萌、レンも同じこと言ってるし、レンのあれはツンデレだから」


「つんでれ?」


「違うから。そもそも水萌はオレなんか忘れて新しい拠り所見つけてんじゃん」


 レンがそう言って拗ねたように俺のことを見る。


「ほら、可愛いだけだろ?」


「……」


「おや、雲行きが怪しくなってきたぞ?」


 俺の隣の水萌の表情が険しくなってきた。


 少し怒っているようだ。


「恋火ちゃんだって、私のことなんかすっかり忘れて、舞翔まいとくんを拠り所にしてるじゃん」


「は? 逆ギレかよ。そっちこそ、家から出られてさぞ楽しい生活ができてたんだろうな。それだけじゃなくて、髪と目を変えただけで人気者。なに? それでサキも落としたのか?」


「恋火ちゃん、それは聞き捨てならないよ。舞翔くんは私の外見がいいからって近寄ってきた人達とは違う。それを言うなら恋火ちゃんだって、舞翔くんが優しいのをいいことに助けてもらって、そのまま一緒にお出かけなんてずるいことしてたもん」


「それはサキがどうしようもないお人好しだからだ。サキはなんだかんだ屁理屈言って、誰かが困ってたら誰でも助けるぞ。その後出かけたのは単純にサキを面白い奴だってオレが思ったからだ」


「そんなの知らないもん。私はずっと恋火ちゃんのこと見てたけど、あの時の恋火ちゃんはとってもとっても嬉しそうだった。あんなの私が一緒の時は見たことないよ……」


「仕方ないだろ。水萌がいきなりいなくなって、どれだけオレが悲しんだか知らないだろ。そんな時にオレのことを何も知らないで、オレをオレとして見てくれる相手を見つけたら……嬉しくなって悪いかよ!」


「悪くないよ! 私だって誰からも『私』を見てもらえなくなって、隣を通り過ぎた恋火ちゃんにまで気づかれなくなって、毎日悲しかった。そんな時に私の容姿には一切興味がなくて、しかも恋火ちゃんにそっくりな舞翔くんに出会ったら一緒に居たいって思うのは当然だよ!」


「意味がわからん。そもそもオレとサキのどこが一緒なんだよ。むしろ水萌とサキの方がそっくりだろうが。どんな時でもオレのことを考えてくれて、常に隣に居てくれる、わけでもないけど、オレのことを偏見なんてなく、ありのままのオレと一緒に居てくれる存在なんて水萌とサキだけなんだよ!」


「そっくりそのまま返すよ! 舞翔くんと恋火ちゃんが違う? そんなわけないよ! 私が困った時は絶対に助けてくれるし、自分よりも相手を優先するところもそっくりだよ!」


「それなら全然違うだろ! サキのお人好しが私にできるわけないだろうが!」


「少なくとも私を助けてくれた恋火ちゃんは舞翔くんと同じぐらいかっこよかったよ!」


(……俺は何を聞かされてる?)


 不穏な空気を感じて、喧嘩でも始まるのかと思ったけど、いざ始まったのはお互いを褒めるもの。


 そうして気がつけば俺を辱めることばかりを言い出し、更に気づけば水萌は涙を流している。


「ねえ、いたたまれないからとりあえずやめて」


「舞翔くんは黙ってて!」「サキは黙ってろ!」


 二人から睨まれて俺は黙るしかなくなった。


 いいのだ、久しぶりの再会をした姉妹が今までの想いをぶつけ合う。


 とてもいいことだ。


 だから俺への放置プレイは甘んじて受け入れる。


 ただでは受け入れないけど。


「さっき二人って俺に何したの?」


「「……」」


 俺がそう言ったら、二人は同時に目を逸らした。


「ねえ何したの? なんかすごい柔らかくて、幸せな気持ちになったけど、何したの?」


 無視されるのはわかっていたから、とりあえず隣で泣きじゃくる水萌の涙を袖で拭う。


「こんなに泣いて。見てたんだね」


 水萌が頷く。


 先程の喧嘩? で話していたけど、水萌は俺とレンが初めて会った時のいざこざをどこからか見ていたようだ。


 だから俺が『レン』と言っていただけなのに、レンと俺が一緒に居るのを見て「やっぱり」と言ったのだろう。


 それとレンへの過剰な嫉妬も、おそらくずっと一緒だった妹? が俺と仲良くなったことに拗ねていたのだろう。


 そこら辺は本人に聞かなければわからないけど、多分そうだ。


「……」


「なんだよ」


「別に」


 レンからなぜか呆れたような視線を向けられたけど、意味がわからないし、本人も言う気はなさそうなので聞くことはしない。


「そういえばちゃんと言ってなかったな」


 水萌とレンが不思議そうに俺の方を向く。


 二人は思いの丈を全てぶちまけたのだから、俺も伝えてもいいだろう。


「俺もさ、水萌とレンに会えたのは本当に嬉しいんだよ。そりゃ最初は嫌だったよ? 水萌は有名人だし、レンは不良だから」


「見た目のせいだもん」


「不良じゃねぇ」


 二人から小さな否定を受ける。


「でもそんなのただの偏見で、水萌はただの元気な可愛い女の子で、レンはひねくれてるだけの可愛い女の子だったんだよ」


「えへへ」


「サキには言われたくない」


「一緒ってことか」


「うっさい!」


 そうやってすぐに頬を赤くするから可愛いのだけど、今はいい。


 どうせいつでも言えるから。


「ずっと一人で生きてきた俺だけど、二人に出会って独りがどれだけ苦しいのかわかったよ。多分水萌とレン以外の相手だと苦痛でしかないんだろうけど」


「私も舞翔くんと恋火ちゃんだから楽しいんだと思う」


「それは同意」


 まさかレンも同意してくれるとは思わなかった。


 それだけレンも他人と関わるのが嫌だってことなのだろうけど。


「だから何が言いたいのかと言うと、俺と出会ってくれて本当にありがとう」


「……」


「……」


「まさかの返事が無言。よし、俺は引きこもる」


 ちょっと心が傷ついたので晩ご飯の準備をやめて自分の部屋に逃げることにした。


「舞翔くんに出会えてありがとうは私の方だよ」


「オレも。サキがいなかったら今頃どうなってたかわかんないし」


「だからね」「だからな」「「ありがとう」」


 部屋に繋がる廊下への扉に手をかけたところで俺は固まる。


 そんなの卑怯だ。


「頭撫でてやろうか?」


「ずるい! 舞翔くんをなでなでするのは私だよ!」


「……さっきしたことと同じことして」


「「それは駄目」」


 ほんとに俺はさっき何をされたのだろう。


 そこまで隠されると白日の元に晒したくなる。


 でも、なんとなく知らない方がいいような気がしている俺もいる。


 きっといつか話してくれる日がくるのだろうから、今は知らなくてもいいか。


 そう決めて、俺は水萌のいるキッチンに戻った。


 二人で一緒に晩ご飯の用意をして、水萌の作りたがっていた卵焼きも作った。


 塩なんてそんなに入れてなかったのに、しょっぱく感じたのはなぜだろう。

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