第34話 失敗できないけど失敗したい

「わんちゃんだ!」


「なんか想像通りの反応で俺は嬉しいよ」


 ゲームセンターに着いた俺と水萌みなもは、前にレンと一緒に取った猫のぬいぐるみがあった場所に向かった。


 前にレンと来た時にも貼ってあったから知ってたけど、今は猫ではなく犬のぬいぐるみになっている。


 正直これも終わっている可能性があったので、残っていて良かった。


「猫じゃないけど、いい?」


「うん! 舞翔まいとくんと交換っこできるなら」


「良かったよ、レンカが欲しいって言ってたから猫がいいのかと思ってたから」


 レンカ、俺がレンと交換した水色の猫のぬいぐるみ。


 あのこをあげるわけにはいかないので、新しいのを取りにきたのだけど、もしも水萌が『猫のレンカ』が欲しいとのことだったら別の場所に行かなければいけなかった。


 だけど水萌が欲しいのは、『ぬいぐるみのレンカ』のようなので、動物自体はなんでもいいようで助かった。


「ちなみに水萌は動物好き?」


「大好き! わんちゃんも猫さんも」


「とてもどうでもいいことなんだけど、なんで犬は『わんちゃん』で、猫は『猫さん』なの?」


 水萌がそう呼ぶことに別に違和感はない。


 だけど小さい子もそう呼ぶけど、なんで犬は鳴き声にちゃん付けで、猫は名前にさん付けなのか、ふと気になった。


「なんでって聞かれても、そうだから? 特に考えたことなかった」


「だよね。でもよくよく考えたら犬が特別なだけで、他の動物は名前にさん付けか」


 動物園に行った時に小さい子なら、見た動物全てを名前にさん付けで呼ぶ。


 だけど犬だけは『犬さん』ではなく『わんちゃん』だ。


「いや、呼ぶ人は呼ぶのか? これは考えたら終わらないやつか?」


「舞翔くんは一人で色々考え過ぎだよ。わんちゃんはわんちゃんだからわんちゃんなの」


「ゲシュタルト崩壊しそう。とりあえず納得しとく」


 多分いくら考えても答えは出ない。


 だって言ってる水萌自身がわからないのだから、俺にわかるわけがない。


 とにかく今は目の前のワンコだ。


「ワンコ……。それは水萌のことか」


「今絶対に変なこと考えた」


「水萌はワンコみたいに可愛いなぁと」


「知ってるんだからね。舞翔くんがわんちゃん苦手なの」


 水萌から鋭いジト目を向けられた。


 そして俺は変な告げ口をしたであろうレンに恨みの視線を送っておいた。


「私をわんちゃんって言うのは、私のことが嫌ってこと……?」


「俺が唯一嫌いになれないワンコってこと」


「ほんと?」


「ほんと。ちなみに俺が唯一嫌いになれないにゃんこがあそこに居る子ね」


 俺はゲームセンターの隅で壁に背中を預けているフードを被った可愛いにゃんこを指さす。


「確かに可愛い猫さん」


「あれで猫耳パーカーとか着たら完璧なんだけど」


「私からの誕生日プレゼントはそれにしよう」


 なんだかとてもいいことを聞いた気がする。


 プレゼントということは、つまりお披露目の機会があるということ。


 その際は是非に俺も同伴したいものだ。


 まあするけど。


「じゃあレンからは犬耳パーカー貰わないとな」


「わんちゃんパーカー!」


 水萌が満面の笑みを俺に向ける。


 一応ゲームセンターの中ということで、声は抑えているけど、喜んでいるのはわかる。


「レンはそこまで喜ばなそう」


「嫌だから?」


「ツンデレだから」


「おぉー、つんでれ」


 絶対に意味はわかっていないのだけど、俺の言葉を真似して水萌はよく『つんでれ』を使う。


 だけど話は繋がるのだから面白いものだ。


 それだけレンのツンデレがわかりやすいのだろうけど。


 そうして二人でレンを見つめていると、レンがスマホを取り出し何かを打ち込みだした。


「ん?」


 どうやら俺にメッセージを送ってきたようだ。


 レン『俺のことを話してないでさっさとやれ!』


 どうやら聞こえていたようだ。


 いや、あれだけガン見していたら誰でも自分のことを話されているとわかるか。


「レンから怒られたから始めようか」


「舞翔くんを独り占めしてるから?」


「そうなら嬉しいな。ちなみに水萌はやったことあるの?」


「ないよ」


 なんとなくそんな気はした。


 水萌とレンはお嬢様なので多分ゲームセンターに行ったことなんてないだろう。


 レンが今こうしてゲームセンター通いをしてるのを見ると、自由はあるのかもしれないけど、なんとなくそれも訳ありな気がする。


「だから舞翔くんがお手本見せて」


「そっか、交換するなら俺もやるのか」


 前は数回で取れたけど、今回も上手くいく保証なんてない。


 だけど水萌の期待を裏切るわけにはいかないし、何より今回は水萌の誕生日プレゼントを兼ねている。


 だから絶対に失敗はできない。


「最悪取れるまでやればいいんだし」


「取れなかったらいいよ? レンカちゃんを貰うから」


「おい、絶対に取らなきゃじゃないか」


 水萌なりの鼓舞なのかもしれないけど、それなら効果絶大だ。


 絶対に失敗できなくなった。


「レンカは渡さない」


恋火れんかちゃんモテモテだー」


「今のはどっちのだよ」


 水萌に視線を向けると「教えなーい」と満面の笑みを向けるだけだ。


 こういう小悪魔ムーブはほんとにどこで覚えてくるのか。


「別にいいけど。とりあえずやってみるか。欲しい色とかある?」


「私が貰うんだから舞翔くんみたいな色だよね。うーん、舞翔くんの色……」


 水萌が俺のことを頭からゆっくり視線を下ろしながら見る。


 それで俺のイメージカラーなんてわかるのだろうか。


「やっぱり優しいからオレンジかな?」


「それは水萌だから却下」


「えー、おそろいでいいじゃん」


「同じ色はないし、そもそも俺がオレンジはないだろ」


 レンとの時は即答で『灰色』と答えられたけど、それはとてもしっくりきた。


 俺には地味目な色が似合うはずだから。


「でもそれだとねずみ色しかないよ?」


「水萌と俺は感性が似てるのかな。さすが兄妹」


「なんで褒められたのかわからないけど、お兄ちゃんと一緒なら嬉しい」


 そもそもの話、残っているのがオレンジとねずみ色しかない。


 だから必然的に俺がねずみ色で水萌がオレンジになる。


「多分在庫がこれだけなんだろうな。次は何が置かれるのか」


「お菓子かな」


「一応今はぬいぐるみを取りに来てるわけで、隣のお菓子の袋に浮気するのはやめなさい」


 水萌はさっきから隣の色んな種類のお菓子が詰め合わせになっているものが取れるクレーンゲームをチラチラ見ている。


 そしてついに意識が全てそちらに取られたようだ。


「帰ったらご飯なんだからお菓子は見ないの」


「ご飯も食べる」


「そういうことじゃないの。いいか? 俺は水萌が栄養の偏りで病気にでもなったら泣くぞ」


「舞翔くんの為に私はお菓子を諦めます」


「聞き分けのいい子には後でお菓子を買ってあげよう」


「やったー」


 本末転倒に聞こえるかもしれないが、我慢ができた子にはご褒美をあげなければ次が続かない。


 だから取れる確証もないお菓子の詰め合わせを諦めさせて、一つの確実に手に入るお菓子を与えた方が、将来ギャンブルに陥らなくて済む。


 知らないけど。


「とりあえず始めるね。多分取れないけどなんとなく見てて」


「はーい」


 水萌が可愛らしい返事と共に右手を挙げる。


「いちいち可愛いんだから。まあやり方はわかるだろうけど、ボタンに描いてある矢印の方に進んでいくから。それを上手くぬいぐるみに合わせれば……?」


「おぉー」


 水萌から驚きの声と小さい拍手を貰った。


 正直俺も驚いている。


 まさか一回で取れるとは思わなかった。


「やばいな」


「何が? 取れてすごいよ?」


「だからやばいんだよ。よし、これは偶然ということにして、水萌やってみよう」


 取れたこと自体は嬉しいけど、それはとてもまずいことでもある。


 水萌には悪いけど、何回か失敗してもらわないといけなく……


「取れたー!」


「……おめでとう」


 まさかの水萌も一回で取れてしまった。


 おそらく在庫処分かはたまた何か理由があるのか知らないけど、とてもアームが強く設定されていたようだ。


 水萌にはこれはとても運が良かったと後で教えて、クレーンゲームが簡単だと思わせないようにするとして、とりあえず今は樋口さんに手をかけていた方へのフォローをしなくてはいけない。


「絶対怒ってるよ」


「恋火ちゃん?」


「そう。すごい真顔だもん」


 レンに視線を向けると完全に虚無になっている。


 俺だけではなく、初めての水萌ですら一回で取れてしまったのがとてもショックなのだろう。


 気持ちはわかるけど、これは偶然なのだ。


 とりあえず取ったぬいぐるみを交換だけして、俺が近づくと涙目になってしまったレンを慰めるのであった。

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