第27話 ただでは終わらぬ話し合い
「ちょいまち」
「レン、空気を読め」
「いいや読まない。オレと
水萌がまたも爆弾発言をすると、レンが驚いた表情でそんなことを言い出す。
確かに驚いたけど、俺からすると有り得ないまではいかない。
「そうなるよね。ちなみに
言い直す時に一瞬水萌の顔が曇ったが、それもすぐに笑顔に変わる。
「親戚のところに居るって。詳しい理由は何も」
「だよね。でも親戚か、ちょっと意外」
「それが嘘だってわかると確かに」
オレを置いてきぼりにして、二人が通じ合う。
ちょっとジェラシー。
「あ、お兄ちゃんごめんね。ちゃんとお話しするから寂しそうなお顔しないで」
「サキってほんとに寂しがりだよな。可愛いから見てる分にはいいんだけど」
「恋火ちゃん、お兄ちゃんをいじめたら駄目だよ。確かにとっても可愛いし、頭をなでなでしたいし、ギューってしたいけど、妹ならそんなお兄ちゃんを慰めないと」
「どうやって?」
「……恋火ちゃんのえっち」
「超理不尽では?」
水萌がレンカを盾にするように隠れ、レンはため息をつく。
勝手に落ち込んだ立場の俺だけど、少し楽になった気がする。
「二人のコント見てたら元気になった」
「コントじゃねぇし。てか、むしろ二人で話してたのにそれはいいんだ」
「だって俺のことを思っての話し合いだったし。それに水萌とレンが話してるの見るのが好きなんだと思う」
自分でも理由はわからない。
だけど、二人が仲良くしてるのを見てると心が落ち着く気がした。
「単に好きと好きが合わさって、相乗効果になってるだけかもだけど」
「相乗効果。お料理で使うやつだ」
「別に料理単語ってわけでもないけどな。それより話戻すぞ。オレには確かに双子の妹がいる。でもそれは──」
「恋火ちゃんは私の妹だもん!」
レンの言葉を遮って、水萌がレンにジト目を向けながら抗議する。
「いやいや、ならやっぱり勘違いだよ。妹の名前は確かに『水萌』だったけど、森谷さんとは全然違うし」
「可愛さが足りない?」
「サキが入るとめんどくさいから少し黙ってろ」
「俺の妹の妹がいじめる」
「恋火ちゃんはお兄ちゃんに対する敬意が足りないよね。可哀想なお兄ちゃん、いいこいいこしてあげる」
水萌はそう言って、繋いでない方の手で俺の頭を撫でてくれた。
「誰が誰の妹だっての。とにかく、オレの妹の水萌は、少なくとも黒髪黒目の大人しい子だから」
レンがそう言うと、撫でてくれている水萌の手が止まった。
レンの言ってることが事実なら、確かに水萌さんとは違う。
水萌さんといえば金髪碧眼で、人前では緊張してしまうけど、慣れた相手ならとても元気な子だ。
「お兄ちゃんは、黒髪黒目で大人しい私と、今の私だったらどっちがいい?」
「前者を知らないからなんとも言えないけど、強いて言うなら『水萌』が好きかな?」
優柔不断と取られても仕方ないけど、俺は水萌が黒髪黒目で大人しくても、今のように金髪碧眼でマイペースな天然な子のどちらでも、仲良くなれた気がする。
見たことがない以上なんとでも言えるが、水萌は水萌だ。
「お兄ちゃんのそういうところが大好き」
「どういうとこだよ」
水萌が嬉しそうにもう一度俺の頭を優しく撫でる。
よくわからないけど、水萌が喜んでいるようなので良かった。
「サキらしい答えだけど、結局森谷さんがオレの妹だって説明は?」
「だから恋火ちゃんは私の妹なの。ちょっと待ってね」
水萌さんはそう言うと、名残惜しそうに俺の頭と手から自分の手を離し、後ろを向いた。
そして背中越しだから確証はないけど、左手でまぶたを押さえながら、右手の人差し指で眼球に触れた。
それを両目済ませると、黒目の水萌がこちらに振り返った。
手元にコンタクトを持ちながら。
「まさかのカラコン。オシャレですか」
「サキ、別に茶化す場面じゃないだろ」
「それもそうか。髪は染めてるってこと?」
水萌が頷いて答える。
「ちょっと待てよ」
レンが何かを思いついようにスマホを取り出した。
そしてスマホと水萌を交互に見比べる。
「印象変わりすぎだろ。別人じゃん」
「俺も見ていい?」
「……いいぞ」
レンが不敵な笑みを浮かべたのが気になったけど、とりあえず可愛いだけだからスルーしてレンのスマホを覗く。
そこには可愛らしい黒髪の幼女が二人並んで写っていた。
「この頃から可愛かったんだな」
「この頃は見た目に大差ないだろ。だけどもちろんサキならどっちがどっちかわかるよな?」
「左がレンで右が水萌だろ?」
「……理由」
レンの表情が固まり、俺をなぜか睨んできた。
「理由って言われても、むしろわからない理由がわからないんだけど?」
それでも理由を言うなら『なんとなく』が一番しっくるくる。
画像のレンはどこか不貞腐れてるように見えなくもないし、水萌は何かに怯えているように見える。
そもそもの話で、似てはいるけど二人は同じではないのだから見間違えるはずがない。
「お兄ちゃんが私達を見間違えるわけないよ。あの人達とは違うんだから」
「それもそうなのか? あいつらもだけど、オレと水萌を区別できる人の方が少ないってか、当てずっぽう以外に当てた人いないけどな」
「それだけお兄ちゃんは私達をちゃんと見てくれてるんだよ」
「まだ両手で足りる数しか会ってないんだけどな」
レンの発言を聞いて、確かにおかしいと思うことがあった。
レンと水萌を見分けられた時に、見分けられない理由がわからなかったけど、俺は多分クラスの奴らの顔を区別できない。
そもそも認識していないからなのだろうけど、それなのに似ている顔立ちの二人を見分けられるのはなぜなのか。
「あ、あれか」
「またサキの独り言だよ」
「いやさ、なんでレンと水萌は見分けられるのに、他の奴らはわからないのかなって思って」
「その心は?」
「誰でもさ、好きな相手はわかるだろ? アニメとかが好きな人がアイドルを見分けられないみたいに、アイドルが好きな人はアニメとかのキャラクターを見分けられないじゃん。つまり俺は二人のことが大切で大好きなんだなって」
今更ではあるけど、おそらくこれが幼い二人を見分けられた理由だ。
誰だって興味のないことを覚えようとは思わない。
だけど好きなことなら否が応でもでも覚える。
俺にとって人との関わりは億劫になって、自ら避けてきた。
だから人の顔なんて覚えることは絶対になかったけど、二人は違う。
「俺の初めての友達ってだけでもすごいことだけど、そもそも話そうって思えたのが奇跡なんだよな。運命とか好きじゃないけど、今回だけは運命様に感謝せざるを得ない」
俺のいつもの居場所を告白に使われ、相手が引き下がらなかったから仕方なく俺が空気をぶち壊した。
そうしたら水萌が俺のお弁当に興味をもって近づいてきた。
あの時俺が別の場所に行っていたら今の状況はないし、水萌が俺に対しても緊張していたらそのまま帰っていただろう。
レンとのことだって、レンがたまたま俺が出てきたところで三年生に絡まれていなかったら。
俺がそれを無視してさっさと帰っていたら。
きっとレンも俺と関わることはなかった。
「なんか色んな偶然の末の結果だよな」
「恋火ちゃん」
「なんだよ」
「わかってるくせに。最初に言ったのは恋火ちゃんだよ?」
「オレは何も言ってない。水萌が勝手に解釈しただけだ」
「つまりわかってるんだね?」
「……やるの?」
「だってまたお兄ちゃん落ち込んでるよ?」
確かにほとんど独り言のようなものだったけど、それはそれとして俺を除け者にして二人で盛り上がっているのはちょっと寂しい。
自分でも女々しいのはわかっているけど、俺だって初めてのことなのだから仕方ないのだ。
「もう少しこの状態のサキ見てたい」
「私の妹が少し見ない間に悪い子になってる」
「だからオレが姉だっての。てかそこら辺の話をサキにしないでいいのか?」
「だってお兄ちゃん今それどころじゃないもん」
「それもそうか。とりあえずオレの中では『森谷さん』と『水萌』が同一人物なのは理解したから、詳しい話は焦らしていこうか」
「やっぱり悪い子になってる。今度お兄ちゃんと一緒にお説教しないと」
「え、普通に嫌なんだけど。今日のでわかったけど、サキと水萌が一緒になるとオレは絶対に勝てない」
「知らないもん。今もお兄ちゃんをいじめてる恋火ちゃんが悪いんだもん」
絶賛俺はやさぐれ中だ。
体育座りで膝に顔を埋めている。
「サキって弱るととことん弱るよな」
「お母さんの
「納得。じゃあ水萌が治してやって」
「恋火ちゃん。お兄ちゃんに貰ったものを少しは返そ」
「……ずるいことを言う」
水萌の言葉にレンがため息混じりで納得しているが、俺がレンにあげたものなんてない。
むしろレンから福澤さんを貰ったのは俺の方だ。
絶対に返すけど。
「じゃあ右は水萌で左がオレな」
「うん。もしもやらなかったらお兄ちゃんへの恩を仇で返すってことだからね?」
「言われんでもわかってるし。そっちこそ、いざとなったら恥ずかしいとか言うなよ」
「大丈夫だもん。……大丈夫かな?」
「不安になるなよ。もうさっさと済まそう」
「うん。せーのね」
「わかった」
そうして二人の間でまた何かが通じ合い、更に落ち込んだところで、二人が息を吸う音が聞こえた。
「「せーの!」」
一瞬何をされたのかわからなかった。
すぐに顔を上げたけど、いつの間にか真隣に居た水萌とレンがそっぽを向いてるだけだった。
耳まで赤くなっているけど、俺は何をされた?
感じたのは、俺の両頬に柔らかな感触があったことだけ。
(指でつつかれた?)
何やら聞いてはいけないような雰囲気だったので、空気を読んで何も聞か──
「何した?」
──ないわけもなく、普通に聞いたけど、二人からは無言が返ってくるだけだった。
それから少しの間、微妙な雰囲気が続いた。
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