第26話 三人揃えば二対一

「えへへ〜、久しぶりのお兄ちゃんの匂いだ〜」


「……」


「やめろレン。気持ちはわかるけど嫉妬するな」


「呆れてんだわ!」


 昼休みに水萌みなもさんの口から発せられた爆弾発言によって、俺と水萌さんの関係は義兄妹ということになった。


 おそらく一番後腐れない方法で落ち着いたのだろうけど、水萌さんは帰るまで質問攻めに遭っていた。


 いつもの水萌さんのように、人前で緊張することはなく、俺とのことを楽しそうに説明いていた。


 そして長かった学校が終わり、逃げられる前にレンを捕まえて、水萌さんと三人で俺の住むアパートに帰ってきた。


 までは良かったのだけど、色々なものから解放された水萌さんが、一目散に俺の部屋に入り、ベッドにダイブした。


「そもそも俺にジト目を向けるのはおかしいだろ。水萌さんは自由でいる時が一番可愛いんだから」


「そうやって甘やかすからこうなるんだろ?」


「何か悪い?」


「開き直んな。てかなんでオレまで連れてきた」


「それはまあ、俺の苦悩してる時に楽しそうにしてたから」


「……」


 心当たりがあるようで、レンは俺から視線を逸らす。


 水萌さんが俺との関係を『兄妹』と宣言して、対応に困っていた俺のことを廊下で笑っていたレンだ。


 何をされても文句なんて言わせない。


 それだけでもないけど。


「そういえば頭撫でさせてくれるんだよな?」


「なんのことかな?」


「レンの嘘つき……」


「……絶対に演技なのがわかってるのに、サキが弱るとなんでこんな罪悪感が湧くんだよ……。ってかオレが撫でる方──」


 レンが何か言っていたけど、それを無視してレンの頭に手を乗せる。


 その頭にはいつも通りフードが被っているが、俺はそのままレンの頭を撫でる。


「レン、何回も言うけど、本当にありがとう」


「別にいい。それよりご褒美なのにオレが撫でられる方でいいのか?」


「ご褒美じゃん」


「ほんと意味がわからない」


 そう言ってるレンは少し嬉しそうな気がした。


 つまりウィンウィンだ。


「じーーーーー」


「すごい見てるけど?」


「水萌さんの擬音シリーズって結構好きなんだよね」


「すごい睨まれてるけど?」


「レンのもだけど、水萌さんのメンヘラモードも結構好きなんだよね」


 さっきからベッドの方で音がしないのはわかっていた。


 だけど水萌さんが何も言ってこないからレンからのご褒美を楽しむことにしていたけど、レンの表情がとても慌てているように見える。


「お兄ちゃんがまた私以外の女の子と仲良ししてる」


「結果的に良かったけど、俺と水萌が兄妹なのは秘密にしてたかったから、ちょっと拗ねてるだけ」


「だってお兄ちゃんが他の女の子にうつつを抜かしてたから」


「だからどこでそんな言葉覚えたの」


「妹をいじめるお兄ちゃんには教えないもん」


 水萌さんが俺とは反対側を向いて、枕元で座っている『レンカ』を抱きしめた。


「おい、うちのレンカに何してる」


「むぅ、猫さんにまで女の子の名前付けてる」


「可愛いってところは一緒なんだから仕方ない」


「確かに」


 そうして俺と水萌さんはフードで顔を隠しているレンに視線を向ける。


「お前ら、どさくさ紛れにオレで遊んでんだろ」


「正面からの方が良かった?」


「うるせー」


 レンが執拗に俺のすねを蹴る。


 痛くはないけど、それだとただ俺達に『可愛い』を提供するだけなのがわからないのだろうか。


恋火れんかちゃん、お兄ちゃんと一緒だとずっと可愛い」


「普段を知らないけど、レンは最初から可愛かったよ」


「いいなぁ。私も恋火ちゃんと一緒にいたかった」


「それだよ!」


 レンがこれ幸いとでも言いたそうに水萌さんへ視線を向ける。


「どれ?」


「なんで森谷もりやさんはオレのこと知ってるんだよ」


「そういえばその話を聞こうとしてたんだっけ」


 レンをからかうのが楽しくて忘れていたけど、そもそも今日水萌さんとレンをうちに呼んだのはその話をする為だった。


「正直水萌さんとこうして話せるようになったからそこら辺どうでもよくなってた」


「私もお兄ちゃんとお話できるならそれでいいかな?」


「いつまでお兄ちゃんって続けるの?」


「え、ずっと?」


 てっきりレンをからかう延長線上で俺のことを『お兄ちゃん』と呼んでいたのだと思っていたけど、水萌さんはどうやら本気で俺の呼び方を『お兄ちゃん』にするようだ。


「じゃあ俺も水萌でいっか」


「さん付けでもいいよ?」


「恥ずかしいから?」


「うん」


「じゃあ水萌で」


「お兄ちゃんのいじわる」


 なんだか前もやったことがあるような会話をして、ジト目で俺を睨みながら猫のレンカを強く抱きしめる水萌の呼び方が確定した。


「オレは何を見せられてんの?」


「仲のいい友達の図?」


「友達はお互いを兄妹になんてしないから」


「そういう偏見で見たらいけない。こういう関係だってあるし、そもそも俺と水萌の関係であって、それを普通に合わせる必要なんてないんだから」


「お兄ちゃんはいじわるだけど、大好き」


 水萌がレンカの頭の上から半分だけ自分の頭を出して笑顔でそう言う。


 不意にこういうことを言うのはやめて欲しいけど、気持ちは一緒なので「俺も」と返しておく。


「なんなん? 惚気を聞かされるのはまだいいけど、目の前でイチャイチャを見せられるのは苦痛なんだが?」


「イチャイチャとは?」


「とは?」


「森谷さんはともかく、サキは絶対にわかって言ってるだろ!」


 もちろん意味はわかる。


 だけど俺は別に水萌とイチャついてるわけではない。


 友達と仲良く話すことをイチャイチャと言うなら、それは俺とレンもイチャついてるということになる。


「ブーメラン?」


「オレとサキは……確かに普通ではないけど」


「私から見たら十分イチャイチャしてるよ?」


「してないわ!」


 どうやら水萌にも意味はわかっていたようだ。


 というか、水萌は天然だけど、言葉を知らないわけではない。


 下手をしたらわからないフリをしてるだけの可能性もある。


「やっぱり、レンが天使で水萌は小悪魔でQED」


「お兄ちゃん劇場が始まった」


「サキの一人劇場。内容が意味わからないんだよな」


「でもお兄ちゃんの楽しそうなところ見るのは好きでしょ?」


「嫌いではない」


 水萌にまっすぐ見つめられたレンが、そっぽを向きながら答える。


「「可愛いなぁ」」


「お前らほんとに……」


 俺と水萌が同時に同じことを思い、同じことを口にした。


 それを受けたレンは理不尽にも、俺だけに拳を向ける。


「恋火ちゃん、ほんとに可愛い。お兄ちゃんのおかげだね」


「は? なんでこいつのおかげになんだし」


「だって恋火ちゃん、昔はそんなに感情出したりしなかったから」


「……」


 レンの拳が止まり、水萌をじっと見つめる。


「なんでオレの昔を知ってる? いや、そもそもどこでオレを知った?」


「うん。ほんとは話したら駄目だけど、お兄ちゃんとお話できなくなるぐらいなら全部話す。もしも私の行くところが無くなっちゃったら、今日みたいにお兄ちゃんが助けてくれる?」


 水萌がレンガを抱きしめながら、意を決した表情で俺に問う。


 そんなの聞くまでもないのに。


「当たり前だろ。大切な妹を守れないで、兄なんてできるか」


「……やっぱりお兄ちゃん大好き」


「俺も水萌が大好きだよ」


 水萌の目元から涙が零れ、レンカの頭に落ちる。


 だけど表情は悲しいものではなく、嬉し泣きのようだ。


 それでも泣いているのな変わりはないので、ベッドの前で膝立ちになって水萌の涙を指で拭う。


「手、握ってくれる?」


「喜んで」


「えへへ、お兄ちゃんの手だぁ」


 水萌が差し出してきて左手を俺は右手で優しく握る。


 嬉しそうにしていた水萌が、切り替えて真面目な顔になる。


「じゃあ話すね。私と恋火ちゃん、とあるのお話を──」

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