第12話

 5月21日。目を覚ますと、禅太が私の部屋で退屈そうにしていた。


「起きたか。さっき警察から連絡があった。どうやら犯人が見つかったらしい」窓を開け、たばこを口に咥えながら禅太が言った。


「本当に・・?ていうかどうしてたばこ?」まずたばこが気になった。


「昨日、例の詐欺グループのやつに貰った。勿体ないから吸ってるんじゃ」そう言って彼は不味そうにたばこをふかした。


「26日、幼馴染たちと一緒に話を聞くまでは何もしなくていい。自分の家に帰ってもいいが、どうする?」禅太が言った。


「うーん・・ずっとこっちにいても暇だし帰ろうかな」


私は朝ご飯を食べにリビングへ行った。


「お母さん、私今日帰るね」目玉焼きを頬張って私は言った。


「あら、そう」少し寂しそうな顔をして母が言う。




実家から駅に向かう途中、私はずっともやもやしていたことを禅太に話した。


「その・・昨日はごめん。冷たくしちゃって」


「気にするな。被害者が恩師となれば、誰だって取り乱すじゃろ」禅太が言った。


「どうして、こんなに早く解決できたんだろう?」と言うと、禅太は「知らん」とそっぽを向いた。


 


「26日までの4日間が、自由に過ごせる最後の時間じゃ。・・まだ最後とは決まっておらんな」禅太が呟いた。


 舞は久々に静かな朝を迎えた。5月20日に事件が解決し、緊張の糸が解けたからだろう。朝食をゆっくりととり、久しぶりに気持ちが晴れやかだった。禅太と軽く話をしたあと、地元の図書館に行くことにした。




 5月22日の朝。朝早くに目を覚ました私は、少し重い気分を引きずりながらも、軽い朝食を済ませて散歩に出かけた。今日は特に予定がなく、ただ自然の中でリフレッシュしたいと思っていた。


近所の公園に足を運び、緑豊かな木々や小川のせせらぎを感じながら、ゆっくりと歩いていた。普段の喧騒から離れ、一人静かな時間を過ごすことができ、少しだけ心が軽くなった気がした。


紙飛行機を作って飛ばしている少年が居た。ただただ真剣な表情で、飛んでゆく紙飛行機を見つめている。


「作るの上手だね、紙飛行機」私が声を掛けると、少年は「でしょ!この前お兄さんに教えてもらったの!」と嬉しそうに語った。


懐かしむようにその少年が紙飛行機を飛ばす姿を見守っていると、禅太が突如として現れた。


「前も言ったが、この折り方じゃだめじゃ。ここをもっと・・」


え、前教えてもらった『お兄さん』ってもしかして・・禅太?


どうして子どもの遊びに対してここまで真剣に指導するのか。私はもっと禅太がわからなくなった。


私はこっそりとその場を離れ、公園を出た。


その日の午後、私はカフェで一息つくことにした。昔からお気に入りだった静かな場所に向かい、窓際の席でコーヒーを片手に読書を楽しんだ。人の少ない店内で、私は自分の世界に没頭し、しばらくの間、現実を忘れることができた。


 


 5月23日、私は1日中家で過ごすことに決めた。朝からお気に入りの映画を見たり、久しぶりに料理に挑戦してみたりした。


コメディ映画を見ていると、私は家で一人にもかかわらず声を出して笑ってしまった。


現実では起きるわけのない頓珍漢なストーリーも、映画では面白ければ許される。そんな自由さに、私は魅力を感じていた。


料理はあまり得意ではないが、今日はその過程を楽しむことにした。


「うーん、味が濃すぎる」勝手に味見をした禅太が言ってきた。


「いつの間に帰ってきてんの・・私の好みで作ってるんだから文句言わないでよね」


「現代人はみんな味付けが濃いな・・早死にするんじゃないか?」どうして妖が人間の死を憂うのだろうか。


「早死にしようと私の勝手でしょ」


「にしても、何じゃこの分厚い野菜は。普段どれだけ料理をしないんじゃ・・?」呆れながら禅太は野菜を刻んだ。彼は手際よく工程を済ませ、「あとは頼んだ」と言ってソファーに寝転がった。


「自由すぎるでしょ・・」


しかし、彼の料理はすごい腕前だった。これも長年生きてきたが故のスキル?


でも、妖って普段料理しないよね・・


私は作った料理を禅太と食べながら、これまでの出来事やこれからの人生について考え込んだ。




夜になるとベッドに横たわり、静かな音楽を聞きながら眠りについた。私は、28日に向けて少しずつ心の整理をしていた。




 5月24日。今日は少し遠出してみようと思い、電車に乗って海辺の町に向かった。私は静かな砂浜に座り、波の音を聞きながら空を眺めた。広い海を見ると、なんだか自分の悩みもちっぽけに思える。




目の前にひろがる海は、まるで永遠に続くかのような蒼の世界。その広がりが、心の中にあるもやもやとした思いを、少しずつ解きほぐしていくかのようだった。


波がゆっくりと押し寄せては引いていく。そのリズムは、まるで心臓の鼓動のように静かで、確かで、絶え間ない。波の音が優しくを耳を包み込み、その響きが心の奥底に染み渡っていく。


海と空が溶け合う水平線は、境界が曖昧で、どこからが海で、どこからが空なのかを見分けることができない。まるで過去と未来の境界が、今この瞬間に消えてしまったかのようだった。


私は目を閉じ、潮風が頬に触れる感覚を味わった。その風は柔らかく、時に冷たさを感じさせるけれども、どこか懐かしさを連れていた。風に乗って運ばれてくる潮の香りは、私の記憶を遠くからすくい上げる。子供の頃に訪れた海辺の光景や、無邪気に波と戯れていた自分が、まるで昨日のことのように浮かび上がってくる。


その瞬間、私は思った。この広大な海のように、人生もまた終わりの見えない広がりを持っているんだと。目の雨にある困難や不安も、時間とともに波に飲み込まれて、やがて消えてしまうのかもしれない。そして、どれほど波が荒れ狂っても、海がその本質を見失わないように、自分自身もまた、本来の自分を見失わずに生きていくことが出来るのではないかと。




私は目を開けると、再び碧の海を見つめた。その果てしない広がりに、今度は少しだけ勇気をもらえたような気がした。波が運んでくるささやかな音、空に浮かぶ白い雲、そして遠くで輝く太陽の光。それら全てが、私に生きることの美しさを教えてくれるようだった。




しばらく砂浜で過ごした後、近くの小さなレストランでランチを楽しんだ。周りの人々は家族や友人と楽しそうに食事をしていたが、私は一人の時間を満喫しながら、心の中で未来についての思いを巡らせていた。




 5月25日。今日は雨模様だったので家でゆっくりと過ごそうと思った。


午前中は、趣味で集めていた古い写真を整理しながら、過去の思い出に浸る時間を作った。写真の一枚一枚に映る自分や友人たちの姿が、懐かしさとともに心に響いた。


こう思うと、意外と思い出たくさんあるなぁ・・ずっと『今が辛い』のが理由で過去も悪いものだと考えてしまっていたけど、過去は意外と良いものだったのかもしれない。


実際は過去も未来も存在しなくて、今の連続って聞くけど、やっぱり過去は美化されていくし思い出づくりってしたほうがいいなぁ。




その日の夕方、夕日が沈むのを眺めながら、これからのことを考えていた。まだ答えは見つかっていないが、少しずつ自分の道を見つけていく必要があると感じていた。




 そして、ついに5月26日になった。地元に戻り、また四人で待ち合わせてから警察署に向かった。


「ごめんね、また集めちゃって」私が言うと、駿は「山田先生が殺されたなんて、そりゃあ集まるよ」と答えた。


「犯人はもう見つかったらしいんだよね」私は呟いた。


「そういえば、明後日に遊園地行くって話はみんな大丈夫なの?」ユリカが聞くと、たっちゃんは「予定開けておいた。大丈夫」と親指を立てた。駿も仕事を休みにしたらしい。


私たち四人は警察署に入り、事件の一部始終を聞くために待機していた。室内は無機質で冷たい空気が漂い、緊張感が張り詰めていた。




やがて、扉がゆっくりと開き、担当刑事が現れた。その表情は堅く、何かを伝えなければならないと覚悟しているようだった。刑事は私たちに向かって軽く頷き、席に着くよう促した。


「お待たせしました。皆さん、事件についての詳細な報告をお聞かせします」と刑事が静かに言った。


私は息をのみ、目を閉じて深呼吸をした。駿は腕を組んで、黙って刑事を見つめている。ユリカは無表情で椅子に深く腰掛け、視線を外していた。たっちゃんは不安そうに指を組み、じっと待っていた。


「まず、山田先生がよく通っていた喫茶店についてお話しします」と刑事が切り出した。「我々はその店で、重要な手がかりを発見しました。しかし、それだけではなく、店主が何かを隠している可能性が高いことも判明しました。特に、店主がなにかに恐怖を感じている様子が見受けられました」


「恐怖?」駿が低い声で尋ねた。


「はい。店内には事件現場となった鶴亀公園の住所と『200』という暗号が書かれていました。調査の結果、これは山田氏が店主に返さなければならない金額と、返させるために呼び出した場所だったことが発覚しました。山田氏は母が入院していたのですが、その医療費を払えなくなり店主にお金を借りていたそうです。しかし、そのお金が返せなくなり、店主に殺されてしまったようです。喫茶店に置かれた包丁と遺体近くに置かれた包丁の種類が一致しており、被疑者である店主に取り調べを行ったところ、自供しました」


ひとまず、事件は解決に向かっているようだ。


「・・ありがとうございます」ユリカが頭を下げた。


「公園に置かれた靴やハンカチに疑問を抱き、通報してくださった皆さんに感謝いたします。これで皆さんとお話をすることはなくなりますが、よろしいでしょうか」


「・・・・はい」私は答えた。




 警察署を離れ、私たちはコンビニに向かった。


買い物を終え、だだっ広い駐車場の端に腰を下ろす。


「借金、してたんだ・・」母の医療費のために必死にお金を借りる、山田先生の優しさは変わっていないようだった。


「借りる相手が駄目だったんだね」ユリカが呟いた。


「同窓会とかあったら、呼びたかったんだけどね・・」たっちゃんはずっと落ち込んでいる様子だった。


「犯人が捕まったなら、もう俺たちに出来ることはない。警察に任せよう」駿が言った。




「・・あと2日かぁ」

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