第8話

 最高のスリーショットを何枚も何十枚も撮ってもらい、私たちは忘れていた疲労を思い出し始めているが、この場を離れるのが勿体ないと思ってしまうほど美しい景色だ。




「時間は大丈夫なのか?」


禅汰が藤原さんに聞くと、藤原さんは


「時間なんて気にしないでいいんですよ」と笑った。旅行においてガイドさんの良し悪しは凄く重要だし、今回は大当たりで良かったと心から思う。




「でも・・私たちも結構疲れてきちゃったし、そろそろいいんじゃない?」


累ちゃんがオブラートに包んで言った。こういったところの気遣いは本当に上手いなと思う。上司に好かれるのも納得というか必然だね。




 私たちは滞りなくツアーを終え、ホテルに戻ってきた。




「帰りの飛行機まであんまり時間もないし、出発したほうがいいかもね」


空港まで私たちは歩いた。




「ただ街並みを眺めながら歩いてるだけでも、別世界にいるみたいで楽しいね」


「ね」


何処を見渡しても日本語がない、人生初の経験。




「アメリカの街は割と現実的な景観をしていると思うが・・」


禅汰が水を差してきた。




「そういう事言わないでいいの。私たちがせっかく楽しんでるんだから」


「そうか、ごめん」


ここは素直に謝るんだ・・変なやつ。


 


 再び長いフライトを終え、私たちは日本に帰ってきた。




「やった~!!!ただいま日本~!!!」


「たった3日離れただけで大げさじゃ」


禅汰、うるさい。




「家帰ってさっさと休んじゃお!」


「私もゆっくり休んで、また明日からの仕事に備えるよ」


そうだ、累ちゃんは今も普通に働いてるんだ。




「本当に誘ってくれてありがと!またどっか行こうね!死なないでね~!!!」


全力で手を振りながら言ってきたので、私も全力で手を振った。




「一緒に行ってくれてありがとねー!!」


死なないでね、かぁ・・・・


また、進もうとする私の足を掴む言葉が増えてしまったよ・・




 家に帰ってからしばらくの記憶がない。


時差ボケが治るまでひたすら寝ていたらこんなことに・・




「ようやく起きたのか。まぁ疲れている様子じゃったしな」


「今何日・・?」


「5月13日じゃ」


「は!?」




日本に帰ってきてから私、1日半ずっと寝てたの!?




「嘘だ絶対!!」


スマホを確認すると、50件ほどの通知が溜まっていた。


大半は帰省するときの四人で作ったライングループだったけどね。




「本当に13日じゃん・・」


「わざわざここで嘘をつくわけないじゃろ」


「禅汰ならやりかねないでしょ」


今日が13日ということは、帰省まであと三日。もたもたしてる場合ではないね・・




 朝食を取りながらぼーっとテレビを見ていると、携帯に着信がきた。




「ん、誰だろ・・」


電話に出てみると、やたら丁寧な口調の男性が話し始めた。




「こんにちは、こちら◯◯銀行のセキュリティ部門の田中と申します。お客様の口座に不審な活動が見られたため、確認のためにお電話させていただきました」


ん・・?雲行きが怪しいぞ・・?




「不審な活動ですか?」


「はい、実はお客様の口座から海外への大きな送金が複数回試みられているのですが、これはお客様が行ったものでしょうか?」




海外への送金・・いや、そんなことしてない。ツアーの申し込み以外は何もだ。




「ちょっと待ってください」


マイクをミュートにした。




「禅汰!詐欺電話きた!!!」


「何故嬉しそうなんじゃ」


「初めてだから!!」


「切れ」


禅汰はあまり興味がなさそうだった。


どうして切るの?勿体ない。どうせ失う人生なんだし、行けるとこまで遊んでみようよ。




「すみません、戻りました。送金ですけど、私は何もしてないです」


「それは大変です。おそらく第三者が不正にお客様の口座にアクセスしている可能性があります。このままではさらに被害が拡大する恐れがありますので、すぐに対応させていただきます。確認のため、お客様の口座番号と暗証番号を教えていただけますか」




きたーー!!絶対詐欺だ!!




「なんか怪しいんですけど、本当の話ですか?」


「ご心配はもっともです。ですが、これは緊急の事態であり、お客様の口座を保護するために必要な手続きです。安心してください、こちらは公式の銀行のセキュリティ部門です」




怪しさ満点。これは楽しくなるぞ~。




「でも、通常は銀行からこういうことを聞くことはないって聞きましたよ」


「その通りですが、今回のような緊急事態では特別な対応が必要です。どうかご理解ください。お客様の安全を第一に考えていますので、迅速に対応するために情報が必要です」




お、中々引かないね。




「それなら、私が直接銀行の支店に行って確認した方が安全だと思います。そちらで対応しますので」


私、詐欺とのバトル上手いかも。




「スピーカーにしてくれ」


禅汰が小さな声で言ってきた。やっぱり気になってるじゃん。




「もちろんその方法もありますが、今すぐ対応しないとさらに被害が拡大する可能性があります。すぐに手続きする方が安心ですよ」


「いや、大丈夫です。公式の銀行のセキュリティ部門なら、私が直接支店に行くと言っても問題ないはずです。ところで、あなたのフルネームと社員番号を教えてもらえますか?」


「いえ、それは・・今は緊急事態ですので、手続きを優先させてください」




「詐欺っしょ?」


ここから私のターンだ。




「さ、詐欺?」


明らかに動揺している。ほらやっぱりね。




「うーん、詐欺をするならもっと賢い人じゃないと無理なんじゃないかなぁ・・結局、話術がなかったら詐欺なんて出来ないと思うよ」


「何を言っておられるのですか、お客様」


「私は真実を言ってる。まぁしかも、賢くて聡明な私に詐欺なんて・・あなたも運が悪い人ね」


「詐欺ではないですから、今すぐに口座番号と暗証番号を・・」




あーもう懲りないな。




「禅汰、言ってやって」


今か今かと待っていた禅汰にバトンタッチした。




「お電話代わりました、兄です」


「こちら◯◯銀行のセキュリティ部門の田中と申します。妹様の口座に不審な活動が見られたため・・」


「妹は口座など持っておらん」


「はい?」


「持っておらんと言ったんじゃ。お主は日本語が拙いのか?」


「いえ・・」


「というか、セキュリティ部門ならこっちの口座番号なんて知っておるじゃろ。何故わざわざ電話で聞く」


「念の為確認を・・」


「ハッタリじゃな。お主の所属と名前を吐け。お縄にかけてやる」




ここで相手の雰囲気が一変した。




「はは、正義の味方ごっこでしょうか?私は詐欺でないと何度も言っている上に、証拠もあるのですが・・」


「何故今証拠を出さない?社員番号を言えない?」


「言う必要がないからです」


「あるじゃろ。馬鹿かお主」




「さっきから黙って聞いてたら好き勝手言いやがって・・ガキが」


相手が変わった。まぁ詐欺グループの上の人だろうね。




「我に対して『ガキ』じゃと?おい、笑える」


「笑けてくるのはこっちの方だ。痛い目に遭いたくないならさっさと俺の言う事を聞け。お前の住所もすべて分かっているんだぞ」


少しドキッとした。




「そうなのか。じゃあ言ってみろ」


「・・・・」


「言えないじゃないか」


「答える必要のないものには答えない」


「もう埒が明かないな。お前らの本拠地に今から行く。首洗って待っておけ」




禅汰が電話を切った。




「話発展しすぎじゃない・・・・?」


「お相手の居場所は分かっておる。行くぞ」


「なんで分かるの・・」


「我は妖じゃ。しかも結構すごい妖」


急にバカっぽい。




 言われるがまま移動し続けると、とある事務所のような場所の前にやってきた。




「さて・・久しぶりに遊ぶとするか。お主は我が守るから安心しろ」


禅汰がここまで頼もしく思えるのは初めてだ。




禅汰がドアを蹴り飛ばし、中に堂々と入っていった。


・・私は物陰から見ていよう。




「やぁ」


「あ?」


「さっきはお電話どうも、約束通り来てやったよ」


「てめぇ・・何しに来た!」


相手はガラの悪い男五人。これ、勝てなくない・・?




「お前ら、全裸で四つん這いになれ。そしたら許してやる」


「舐めたこと言ってんじゃねぇぞガキが!」


相手が禅汰の方へ向かってきたが、禅汰は避けることすらしなかった。




「暴力は嫌いじゃ、できれば辞めてほしい」


相手の手首を捻ると、男は悶絶し始めた。




「いたああああっ!!」


「全裸で四つん這いになるか、我に半殺しにされるか。どちらがマシかは明白だと思うが?」


「ああああああああ!!」


相手がとうとう刃物を取り出した。




「おいおい、そんな物騒なものを出すのは辞めておくんじゃな。警察を呼ぶぞ」


「やめろ!!!」


「だったら・・」




「兄貴!こいつ只者じゃないっす!!諦めやしょう!!」


禅汰の強さに気づいたようだ。




「すみませんでした」


五人が並んで土下座をした。




「詐欺などもうしないと誓うか?」


「二度としません」


「金輪際だな?」


「金輪際です」


「一生だな?」


「一生です」


禅汰、遊び始めたね・・




「よしわかった。約束通り全裸で四つん這いになれ」


男らが脱ぎ始める。




「舞、入ってきていい。写真を撮ろう」


えぇ・・・・こんなのが写真フォルダに残ってたら吐き気がするんだけど。




「お前、どこに隠れてやがった!」


「ん?言葉遣いがおかしいな・・」


「すみませんでした!!」


何この主従関係・・




「はい、撮ったよ」


「よし。お主ら、舞と連絡先をつなげるんじゃ」


「何でよ・・」


私が嫌なんだけど。




「舞の気持ちを損ねた場合、この写真をお主らの家族、友達、会社全てに送信する。わかったな?」


「わかりました!!!」


「あ、あと我が壊したドアは自分らで頑張って治すんじゃな」


「はい!!!」




リーダーらしき男と連絡先をつなぎ、私たちは事務所をあとにした。




「ねぇ本当に何してんの・・?」


「後ろ盾は大事じゃぞ。あいつら、力だけはありそうじゃからな」


「奴隷みたいで可哀想だよ・・」


「詐欺グループに慈悲は必要ない。我らが更生させてやるんじゃ」


人の心がない。妖だからしょうがないのかもしれないけど。




「そんで、本心は?」


「良い手駒が手に入ったね」


「さすが舞じゃな。分かっておる」

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