第6話

 恐る恐るインターホンの画面を確認すると、累さんが目を輝かせて立っていた。




「累さん・・?」


「舞ちゃん!!一緒に買い物行こ!!」


なぜ前もって連絡してこないの・・




「いいよー」


とりあえず家に招き入れた。




「禅汰、出てきなよ」


ずっと部屋の隅に隠れている禅汰を引っ張り出した。




「どなた・・?」


困惑した表情の累さんが言った。




「友達。訳あってうちで暮らしてるんだけど・・信頼できる人ってのは私が保証するよ!」


「舞ちゃんがそう言うなら私は大丈夫」


どうして私はそこまで信用されているのだろうか。


確かに職場では堅物と思われるほど真面目だったが。




「よろしく・・お願いします」


あ、そっか。


一応見た目的に敬語を使わないとなのね・・




「よろしくね、ぜんたくん?」


「ああ。禅汰じゃ」


ボロ出るのちょっと早くない?




「変わった口調だね・・」


引かれてるよ。




「これ言ってなかったんだけど・・旅行に同行するって言ってた人はこの禅汰だよ」


「へー!面白そうな人だし全然オッケーだよ」


聖人だ。




「それで、必要な持ち物とかって何があるの?」


「それがわかんないんだよね・・」


なんせ私は海外旅行をしたことがないのでそういったところのノウハウがない。




「海外旅行で必要そうなもの・・」


スマホを見つめながら累さんが呟いた。




「とりあえず、普通の旅行だと思って調達すれば良いんじゃない?」


「そだね」




「累さんは海外旅行行ったことある?」


「子供の頃に一回だけ。だから全然覚えてないんだよね~・・あと、さん付けしなくていいよ!友達でしょ!」


累さんにとっては何気ない一言だったのだろうが、その言葉は私の心に強く響いた。




「そ、そう・・?じゃあ、累ちゃん」


「それが良いよ!!」


少し照れくさい。




「とりあえず服買いに行こ!舞ちゃんに似合う服選んであげるよ」


「ほんと!?」


禅汰を置いてきぼりにして盛り上がってしまった。




「禅汰は・・海外旅行も和服で行くの?」


「当然じゃ」


まぁ、妖だし大丈夫なのかな・・口には出さないがそう思った。




「和服すごい似合ってるよ!」


「褒めんでよい」


禅汰がそっぽを向いた。




 私たちは三人で服を買いに来た。




「これはどう?」


そう言って累ちゃんが手に取ったのは、白のワンピースだった。




「いや、こんなの似合わないよ・・」


「いいからいいから!」


試着室に押し込まれた。




着替え終わり、恐る恐るカーテンを開けた。




「似合ってんじゃん!!!!」


「そうかな?」




「禅汰はどう思う?」


「いつもより綺麗じゃ」


「やっぱりそう思うよね!!」


そこで意気投合しないでよ。




私も累ちゃんの服を何着か選んだあと、日用品を買いに行った。




「正直歯ブラシとかは現地で調達できると思うけど・・ツアーだしそんなに寄り道してる暇はなさそうだし、ここで買おっか」


「だね」




必需品はとりあえず揃えた。




 数日間私と禅汰はそわそわしながら旅行当日を待った。


そしていよいよやってきた5月8日。




「お待たせ~!」


私の選んだ服装で空港にやってきた累ちゃんは、爽やかな汗を流していた。


どうしてだろう。美人の汗は何故ここまでも清潔に見えるのだろうか。




「何時にラスベガスに着くんだっけ?」


「現地時間で8日の10時。あっちに着いてからもだいたい一日はゆっくりできるよ」


「やった!」


彼女は無邪気に喜んだ。




手荷物検査等々終わらせ、ついに飛行機へ乗り込んだ。


初めての飛行機、初めての海外旅行。不安要素もたくさんだが、それ以上に高揚感を覚えている。


結局ここでやらかしたとしても私は人生をやり直せる。気楽に行こう!




「そういえば、禅汰の身分ってどうやって証明したの?」


累ちゃんがトイレで離席しているうちに聞いてみた。




「何百年日本に住んでいると思っておる、詐称なんてお茶の子さいさいじゃ」


完全犯罪である。




「それ、大丈夫?」


「大丈夫じゃ」


まぁ、私が捕まった所ですぐに転生できるか。




「気にするな。問題が起こったら我がなんとかする」


「頼むよほんとに」


おそらく、妖と一緒に旅をするなど世の中の99%が経験し得ないことだろう。




私と累ちゃんは早々に寝てしまったが、14時間のフライトの間禅汰はずっと起きていたらしい。




「着いたぞ。inラスベガスじゃ」


禅汰に英語は似合わないよ。




「いてててて・・」


ゆっくりと体を起こした舞ちゃんにいつもの元気はなかった。


そういうときは・・




「それじゃ行くよ!」


彼女の手を取り、軽い足取りで機外に出た。


彼女に元気がない時は、私が倍以上の元気を出す。きっと友達ってそういうものだ。




「まずやるべきことは?」


眠い目をこすりながら彼女が言った。




「携帯が使えないとだから・・Simの契約?」


「え、私英語わかんないし無理だよ・・」


「我が行く」


禅汰が一切の迷いもなく進んでいった。




「え、英語喋れんの?」


「当たり前じゃ。勉強時間が無限に取れるんだから」


なんか妖っていろいろ有利じゃない?




私と累ちゃんのスマホをぶん取った彼は、十数分後に戻ってきた。




「舞、金」


手招きしてきた。


そっか、禅汰は財布がないんだった・・




「わかったわかった」


換金しておいてよかった。


無事、契約も完了したところでホテルのチェックインに向かった。




「一応私も英語喋れるから」


禅汰に任せっきりでは悔しいので、意地を張って私も挑戦することにした。




「すごーい」


累ちゃんはまだ眠そうである。




「えー、ほ、ほてるるーむ・・ちぇっくいん・・」


受付の人に蔑みの目を向けられた。


私は負けないぞ。




「マイネームイズ・・」


後ろから肩を叩かれた。




「もういい。我がやる」


私が恥ずかしさと不甲斐なさで縮こまっているうちに、彼は鍵を受け取っていた。




「挑戦するのを止めはしないが、いくらなんでも無理じゃろ」


鍵を投げて渡してきた。




「多分、私でももう少しやれた」


累ちゃんにまで言われてしまった。終わりだ。


ツインルームをひとつ、シングルルームをひとつ予約していたので、私と累ちゃんは同じ部屋に宿泊する。


仲間はずれにするのは良くないかも、と思ったが、禅汰は一人ぼっちも慣れっこだそうだ。




「明日までは好きに過ごしていいが、10日の午前2時までにチェックアウトは済ませられるように。深夜になるが、身支度もしっかりとな」


なんだか禅汰が引率の先生に見えてきた。




「はーい」


部屋に入り、荷物をおいて私たちはベッドに飛び込んだ。




「最高だ・・」


枕に顔を埋めながら彼女が言った。




「それファンデーションつかない?」


彼女が顔を出すと、枕に少しベージュの跡がついた。




「最悪だ・・」


ポンコツである。




「そういえばさ、なんか舞ちゃんって仕事辞めてから活き活きしてるよね、なんかあったの?」


まぁ、その質問は来るだろうなと予想していた。




「仕事辞めてからってわけじゃないんだけどね」


「そうなの?」


「うん。なんか・・自分のために生きようって、決めたの」


我ながら格好いいことを言ってしまった。




「というと?」


「社会人になってからずっと何かに縛られてる感じがして・・まぁ皆そんなもんなのかもしれないけどさ。やりがいもないし、私、なんのために生きてるんだろうって思ってたんだ」


彼女は真剣な眼差しで私を見つめる。




「でさ、人生変えるためにどうすれば良いんだろうっていろいろ考えたの」


「うんうん」


「禅汰もきっかけの一つなんだけど・・私、5月中に人生変えられなかったら死のうと思ってる」


「死ぬ!?」


まぁ、生まれ変わりなんて言っても信じてもらえないだろうしこの言い方でいいはずだ。




「そうは言ってるけど・・まだ迷っててさ」


「そうなの?」


「5月も中旬に入って、今までに比べてちょっと希望とか見えてきてさ。仕事で成果出た件もそうだけど。まだこの人生も捨てたもんじゃないのかなとか思ってる」


これは禅汰にもまだ話していない、私の本心だ。




「生きてたら良いことあるさってみんな言うけどさ。その希望的観測で放たれた言葉を盲信してやっていけるほど軽いものじゃないと思うしさ、人生って」


「そうだね」


「しかも、その言葉を信じて生きて報われなかったとしても、それは『生きてたら良いことがある』なんて都合の良いことを言ってきた人じゃなくて全部私の責任でしょ?嫌になるよね、ほんと」




「舞ちゃんの人生がこれから良いものにならなかったら、私のせいにしていいよ」


「は?」


「舞ちゃん含めて、みんな自分のせいだと思いすぎなんじゃないかな・・確かに人生でいちばん大事なのって自分かもしれないけど、周りのせいな部分もある・・っていうか、大体は周りのせいだと思うよ」


累ちゃんらしからぬ発言だ。職場でも彼女は上司の言う事をしっかりと聞いて、一切反抗もしない従順な社員のはず。




「私、仕事でミスばっかりするけど正直自分は悪くないって思ってるし・・上司には一応謝るけど口先だけだよ」


「性格悪っ!!!!」


「うん、悪いよ。舞ちゃんはいい人すぎるんじゃないかな。もっと周りのせいにしていいよ。だから、私のせいにしてね」




「でも、累ちゃんはそれでいいの?」


「いいよ。だってその責任をまた私は別の人に押し付けるから」


「私たち、悪いやつらだね」


「へへ、そうでしょ。でも私たちが幸せならそれで良いんだよ」




彼女はどうやらただのお人好しではなかったらしい。


他の誰よりも強かで、他の誰よりも芯が強いからこその人間性なのだな、と思った。


きっと私のだめなところは、いつまでも取り繕おうとするところ。


悪い人になる勇気がなかったんだ。自分が悪い人だと思いたくなかった。




彼女のように、悪い自分を受け入れる強さがあれば、上手く行ってたのかな・・




「ま、生きるにしても死ぬにしても今を頑張らない理由にはならないよ!死ぬ一秒前まで全力で!!」


拳を突き上げて彼女は立ち上がった。




「昼ご飯食べに行こ!!」


今度は累ちゃんが私の手を取って駆け出した。




「まって禅汰も呼ばないと」


「あっ」




三人で街をぶらぶらしていると、これぞアメリカといった雰囲気のファーストフード店を見つけた。




「これ、めっちゃ良さそうじゃん」


「食べきれないよ・・」


「累。騙されるな、舞は信じられないほど食べる」


それは禅汰が全然ピザを食べないからでしょうが・・・・




「お、じゃあいけるね!!!」


店内何処を見渡しても肥満、肥満、肥満。店員までも肥満。


自由の国の実態はこんなものなのか、と心の中で思った。




「私はとりあえずチーズバーガーのセットでいいよ」


「私も」


「我はポテトだけ」


やっぱり少食じゃん。




肥満の店員が運んできたバーガーは日本の倍のボリュームだった。


見ているだけで気持ち悪くなってくるが、憎たらしいほどに美味しそうだ。




「いただきます」


大食い選手の動画を何回か見たことがある。


満腹中枢が働く前に食べるのが大事だそうだ。つまりスピード勝負。


現地民に引けを取らないペースで私はバーガーを貪った。




「すっご・・」


「さながらフードファイターじゃな」


禅汰のヤジが一生うるさい。




全速力でも十分程度かかったが、無事完食できた。




「私はもうお腹いっぱい」


彼女はまだ半分程度しか食べていないバーガーを私のほうへ寄せてきた。




「勘弁して」


涼しい顔でSサイズのポテトを食べ続ける禅汰の顔を見ると拳が震えたが、なんとか抑えてトレーを戻しに行った。




 ホテルに戻り、満腹感で瀕死の私はベッドに寝転んだ。




「夕飯は無しで・・・・」


「そうだね・・」


累ちゃんも同様に限界を迎えているようだった。




 夜7時。




「ディナーを食べに行かなくていいのか?」


腹立つ表情で禅汰が言ってきた。




「そりゃ禅汰はポテトしか食ってないからディナーも優雅に頂けるでしょうね!!」


「二人はここで休んでていい。我が後で感想を伝えに来る」


こいつなんなん?




「勝手にしろ!!」


私と累ちゃんは禅汰に向かって枕を投げつけた。

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