第5話
5月4日。タイムリミットである5月28日まで24日である。
最近忙しかったのでたまには休息も大事・・なんて言うと思った?
甘いね。温泉旅行で全ての疲れは取れた。休むのなんてどうせ次の人生で出来るんだから、今はとにかく行動を起こさないと。
「えー何か近所でイベントごとは・・」
「そんな都合よく開催されてるわけ無いじゃろ」
「うそ!?◯◯っていう歌手が近くでライブするらしい!!!」
「嘘じゃろ」
「見てこれ。電車で二十分くらいだよこれ。しかも入場無料」
「よくある野外のライブか。ぎゅうぎゅう詰めの・・」
禅汰は明らかに嫌そうな反応を示していた。
「もちろん行くよね!」
「我は遠慮しておく・・」
「まぁまぁそう言わずにさ!」
一気に禅汰に顔を寄せた。
「し、仕方ないな・・お主の我儘を聞くのはこれが最後じゃ」
ちょろい。ちょろすぎる!
「ありがと、やっぱり持つべきは禅汰だね~」
「おだてるな」
とはいっても、開園は16時。現在時刻は10時。まだまだ時間はある。
支度に一時間かかると踏んで・・13時までには昼ご飯を食べよう。
「ねぇねぇ禅汰、昼ご飯なに食べたい?」
「我の提案で決まるのか?」
「いや、全然私次第」
「酷い奴じゃ」
結局、禅汰が食べたがっていたピザをデリバリーで注文した。
「なんで君みたいな和風で華奢な男子がピザ食うの」
「普段食べないからこそじゃ。何百年ぶりだと思っておる」
「ふーん」
適当なドラマを見ながらくつろいでいると、ピザが届いた。
「え・・」
ピザの箱を見て嫌な予感がした。
「お主・・まさか・・」
「え、私Mで注文したはずだよ?これどう見てもLだよね・・」
大きすぎる。二人で二枚食べる量ではないことは確かだ。
「伝票を見てみろ」
「Lになってる・・」
「お主」
「なに?」
「腹をくくるんじゃ。完食しよう」
その言葉を聞いて、私は固唾を呑んだ。
Lサイズを二枚。つまり、最終的には一人一枚を食べることになる。
ただ、禅汰は間違いなく一枚も食べることが出来ないだろう。
ならば、私が食べる量は一枚を超えてくる。
つまり出る答えは、『無理』だ。
「やだ」
「食うんじゃ。我らなら出来る」
その自信はどこから湧いてくるの?
「まぁとりあえず・・食べよっか」
「じゃな」
「いただきます」
最後にピザを食べたのは・・大学卒業のタイミングだから、もう一年は食べてないんだなぁ。
久々に食べるとこのカロリー爆弾は犯罪的な美味しさで手が止まらなかった。
「お、お主・・」
あまりにも早い私のペースに禅汰は『百年の恋も一時にして冷める」といった様子だった。
・・ごめんよ。
結局私は1.5枚ほどピザを平らげ、その場で倒れ込んだ。
「今になって満腹感が来た・・」
「愚者じゃな」
すごい酷いこと言うじゃん。
満腹になってそのまま昼寝をしてしまった私は、禅汰に叩き起こされた。
「起きるんじゃ」
「うぅん・・今何時ぃ?」
「13時じゃ」
「やばいじゃん!!!」
飛び起きてすぐさまメイクの準備を始めた。
「ちょっと、もっと早く起こしてよ!!」
「昼寝をするのが悪いじゃろ」
「正論は禁止!!」
「理不尽じゃな・・」
全速力で支度を済ませた私は家を飛び出し、駅まで一直線に走った。
「間に合った・・・・」
遅刻間際だったので流石に前方の列は取れなかった。
まぁ、そういうこともある。
真ん中あたりに来た私は息を整え、イベントが始まるのを待った。
「今は姿を出してもよいのか?」
既に姿を出しまくっている禅汰が不安そうに聞いてきた。
「うん、じゃないと他の人に見えないから場所取れないでしょ・・ていうか、もう手遅れでしょ」
「じゃな」
ライブの開演から終演までの間、私たちは音楽の世界にのめり込んでいて言葉を交わすことはなかった。
もう少しワイワイするつもりだったが、たまにはこういう機会があっても良い。
非日常、今私が求めているものはそれだ。
今日私が聞いたものは、街中に蔓延っている、人の心情を理解しているようで全く本質を突いてこない薄っぺらなラブソングとは違った。
言葉で表現しきれない、心の奥深くに眠る思いを音で表現したかのような、完全にこちらの解釈に委ねた演奏、取り繕っていない「本物」の言葉。
音を楽しむことこそが音楽であるとはよく言ったものだが、それと同時に楽しいだけでは音楽ではないのだなと感じる。
何でもかんでも人生に例えるのは好きではないが、音楽こそ人生という考えも浮かんだ。
私の人生が楽曲ならば、出生はおそらくスケールだ。一曲、一生を通して変わらない。
大まかな形は変わらないが、そのスケールに応じた音で人生は出来てゆく。
様々な出来事の一音一音が、人生という楽曲を作り上げてゆくのだろう。
使う楽器もBPMも、曲の長さもあなたが選んでいい。スローペースだって良いじゃないか。
私のこの一ヶ月はおそらく人生における「転調」。一番の盛り上がりどころに違いない。
完成したら、皆に聴かせてあげたいな。私が二十三年間作り続けてきた楽曲を。
まぁ、それも叶わぬ夢か・・
「帰らないのか?もう公演は終わったぞ」
肩を叩いて禅汰が言った。
「ごめん、考え事してた。ご飯でも食べて帰る?」
「乗った」
ファミレスに寄っていくことにした。
「そういえばあんた、ここに来るまでずっと姿を見せっぱなしだったけど良いの?」
「駄目な理由があるのか?」
彼は片頰を膨らませた。あざとい奴だ。
「駄目なんて言ってないけど・・」
「いいじゃろ、別に」
「妖としてどうなんだっていう疑問はあるけど」
「妖に小難しいルールなんてものはない。我は好きにさせてもらう」
「妖ってほんとにその辺をうろついてる奴らだけなの?」
「というと?」
彼は興味深そうに続きを促した。
「だってさ、それだとどんどん妖が増えていって統制が取れなくなって滅茶苦茶になりそうじゃん」
「妖に社会性はあるのか否か、という話じゃな?」
「うん」
「非常に面白い質問じゃ」
パスタを啜りきって彼が言った。行儀が悪い。
「結論から言う。妖による」
「なにその面白くない回答」
「お主の気持もわかるが、これは事実じゃ。我のように好き勝手出歩いて気づいたら封印されて・・を繰り返す妖も居れば、妖の社会を形成しようとする者も居る。まぁ、それが上手く行っているのは見たことがないが」
吐き捨てるように言った。
「上手くいかないの?」
「考えてみろ。我は比較的考え方も見た目も人間に近い。じゃが、お主の想像する妖はどんなものじゃ?」
「一反木綿とか座敷わらしとか・・ぬらりひょんとか?」
「そうじゃ。あれはたまたま見かけた妖を人間がキャラクター化しただけなんじゃが、実際とても多様な妖がこの世には存在する。そうなってくると当然、話の通じない奴も出てくるんじゃ」
「なるほど」
面白くなってきた。
「そして性質も妖によって異なる。共生など雲をつかむような話じゃ」
「禅汰の性質は・・転生をさせるとか?」
「そうじゃな。あとはある程度自由に見た目を変えることができる」
そう言って彼は一気に白髪の老人になった。
「え・・・・」
「こういうこともやろうと思えばできるんじゃ。少年の姿の方が警戒心を持たれないからここ最近はずっとこの姿じゃが」
彼にとってのここ最近とは何百年の期間を指すのだろうか。
「禅汰はさ、妖の友達とかいないの?」
「おらん」
「ぼっち?」
「その言い方は気に食わんが・・一般的な呼び方だとそうじゃ」
可哀想。
「やっぱりさ、妖にも上下関係とかってあるの?」
「明確に定められたものはないが・・ある程度カーストのようなものはある」
「そうなの!?」
「うむ。こう言うとアレなんじゃが、我は結構上位の方じゃ」
意外な事実である。
「まぁお主にはあまり関係ないじゃろう。人間と妖に上下などない、我とお主は「友達」だからな」
改めて言われると照れるものだ。
「そうだね」
家に帰ってきた。
「皆で地元に帰る日まで、あんまりやることないな・・・・」
「お主、他に友達は・・」
「それ以上は駄目だよ、禅汰」
「すまん」
海外旅行に行くって言ったけど・・どこが良いかな?
「ねえ禅汰~、海外旅行ってどこがおすすめ?」
「我はここ最近の海外事情には疎い。お主の好きなところを選ぶんじゃ。我はどこでもついていく」
「待って良いこと考えた!!!!!」
「急に大きな声を出すな・・」
彼は不機嫌そうに耳を塞いだ。
「私たちで、富士山登ろう!!!」
「富士山、か・・・・」
彼が深く息を吸った。
「・・・・・・・・乗った」
「あんたって意外とノリ良いよね」
「お主のために仕方なく付き合ってるだけじゃ」
「まーたそうやって照れ隠ししちゃってさ」
完全に勢いで決定した富士登山だったが、現実は非情である。
「あ、5月は登れないらしい」
「は?」
禅汰は露骨にガッカリしていた。
「えー7月から9月~?」
「来世で登るんじゃな」
最悪だ。
「人生で一回は登りたかったのに・・」
「いつかまた登る機会はあるはずじゃ」
まただ。「また今度」が増えてしまった。
私に次なんてないのに。今度なんてないのに。「また」なんて、無いのに・・・・・・
「我から提案じゃ」
「なに?」
先程のショックで私は精根尽き果てていた。
「グランドキャニオン、なんかどうじゃ?」
「詳しく」
私は一気に起き上がった。
「海外旅行、そして絶景。富士山には登れなくても、グランドキャニオンには行ける。ツアーもある」
「天才?」
「そういうことじゃ」
グランドキャニオンかぁ~!ぼんやりとしか知らないけど、生で見る感動はきっととんでもない。
「・・でも、予約って取れるの?」
「平日なら大丈夫じゃ。何日が良い?」
「えーじゃあ・・10日で」
「決まりじゃな。パスポートは?」
「社員旅行の時に発行したよ!結局私行かなかったけど」
「何をしておるんじゃ、お主は」
「行くわけ無いでしょ・・仮病使ったよ普通に」
嫌な思い出を掘り起こされた。
「9日にラスベガスのホテルを取ろう」
「あとさっきから思ってたんだけど・・」
「何じゃ?」
「私のスマホ勝手に使わないで?」
「仕方ないじゃろ。我はそういった機器を持っておらん」
「ていうか、なんで使えるの?」
「意外と我はそういったところの情報収集は抜かり無いんじゃ。人間観察を飽きるほどしていると大抵のことはわかる」
感心していいのかわからない。
「わがまま言ってもいい・・?」
「駄目と言ったら?」
意地悪な表情で彼が言う。
「ダダこねる」
「ならばよい」
「累さんも誘いたい」
「我は別にいいが、自分で誘うんじゃぞ」
「もちろん」
累さんに電話をかけた。
最初は驚いていたが、彼女は快く承諾してくれた。
「舞ちゃんって意外とアクティブなんだね、びっくり!」
いや、もう24日しか人生がないからなのよ・・・・・・
「とりあえず9,10,11で3日分有給とる!!!」
すごい行動力だ。ちゃんと取れるといいな・・まぁ累さんなら大丈夫か。
予約は禅汰に任せ、残りの6日で私は海外旅行の準備をすることにした。
「我はどうすればいいんじゃ・・」
翌朝。私が起きると禅汰が頭を抱えていた。
「どうしたの?」
「第三者が来るとなると、我は姿を見せるか隠し続けるかの二択じゃ。ただ、どちらにせよ絶対に違和感は持たれてしまう・・・・」
意外と繊細な人・・いや、妖だった。
「禅汰は私の友達なんだから、別に隠す必要なんてないよ。私が絶対うまくやるから」
「かたじけない」
唐突に家のインターホンが鳴った。
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