第4話

いい具合にお酒も入っていたので昨晩はぐっすり眠れた。


二日酔いにもなってない、ヨシ!




「朝ご飯の前に温泉行っちゃおっか」


「我はどちらでも」




温泉にやってきた。


禅汰は男湯の方へ行っていた。周りには見られないのだが、一応禅汰も男なので、ね。




「ふぁ~・・・・」


入った瞬間に思わず口元が緩んでしまった。


あえて月並みな表現をするのであれば・・天国だ。


二十三年間求めていた、二十三年間出会えていなかった・・桃源郷。


私は都会の喧騒や、排気ガスにまみれた空気が特別嫌いなわけではない。


しかし、今ここで聞こえてくるのは流れる水の音、風で揺れる木々の声だけである。




あぁ、こっちの方が好きだなぁ・・




人の気持ちは全て相対的であるという彼の言葉を実感し始めている。


私は都会の汚い空気と都会という煩い世界を知っているからこそ、この場所に深い安らぎを感じているんだ。


最後の一ヶ月に気づけてよかったよ、こんな場所があるんだってこと。


まぁ、どうせこの記憶も失うんだけどさ。




そんな私情を全て受け入れた上で、湯は私に『おかえり』と言って抱きしめるように身を包んでいく。




「長風呂じゃったな」


風呂を上がり休憩所に行くと、何もせず禅汰がくつろいでいた。




「ごめん待たせちゃって」


「気にするな」


「コーヒー牛乳とか飲も」


「よいが・・我は財布を持っておらん」


風呂上がりでより一層艶の増した髪をいじくりながら彼は言った。




「私が買うって・・」


「そういえば、周りに人がいる場所で我と喋っておるとお主は変な人になってしまうな、今だけでも姿を見せておこう」


「もう手遅れな気もするけど・・ていうか、見える人って調節できるの?」


「当然じゃ。お主にはずっと見えるようにしておる」


「便利だね~」




コーヒー牛乳で小さい乾杯をし、格別な一杯を飲みきった。


やはり風呂上がりはコーヒー牛乳に限る。




 部屋に戻ってからは禅汰とトランプをして楽しんでいた。


三味線の演奏も聞くことが出来て大満足だ。




「もう明日帰っちゃうのか~・・」


名残惜しい。




「何事も腹八分目が一番じゃ。少し物足りないという気持ちが、次の機会を手繰り寄せるための活力となる」


「でも、あと24日しかないよ?次の機会ってあるかな・・」


「生まれ変わると決まったわけでは無かろう」


「決まってるよ。私の中ではね」




はぁ~。でも、また行きたいな~・・・・




 翌朝、私は家に向けて宿を出発した。




「幸せな三日間だった!」


「楽しかったな」




 無事に家についたタイミングで着信音が鳴った。




「うわ、また別の上司・・・・」


「しつこい奴らじゃな」


「もういいや、出る。ガツンと言ってやるんだから」




電話に出ると、妙にテンションの上がった課長の声が聞こえてきた。




「沢田さんだね?」


「はい、そうですけど・・」


「君が会社を出ていく前に提出してくれた企画書が採用された。しかも◯◯社から大規模な資金提供の話も出ているそうだ。辞めたあとに言うのもなんだが、二年目でこれはすごい。あっぱれだよ」


「はぁ・・」


状況が呑み込めないのと、そういう時だけ積極的にコンタクトを取ってくる課長への呆れでため息しか出てこなかった。




「もう一度、ウチで働く気はないかい?」


「ありません」


「まぁ、じっくり考えてもらっていい。とにかく、今回の件で会社が大きく成長するのは間違いないことだ」


「そうなんですね」


だから私には関係ないって。




「良かったじゃないですか。私の置き土産でお金がたくさん貰えて。さぞかし気分が良いでしょうね」


電話を切った。




「はぁ」


「嬉しくはないのか?」


「まっっっっっったく。ていうか、辞めた私にわざわざ報告しなくていいでしょ。もう一回あそこで働くわけないし」


「そ、そうか・・」


禅汰は少し居心地が悪そうだった。




すると、また着信音が鳴り響いた。




「もう次は何??」


荒々しい動作でスマホを手に取ると、累さんからの電話だった。




「累さんだ・・」


電話に出た。




「舞ちゃん?」


「うん」


「よかった・・!生きてたんだね」


「そりゃあね」


「企画書の話聞いた?」


「さっき聞いたよ」


「やっぱり舞ちゃんすごいよ・・!私、上司に愛想振りまいてるだけで全然仕事で成果出せないし・・舞ちゃんみたいに一匹狼でも成果を出してる人って本当に尊敬する!!」


「うん・・」


「無理にとは言わないけど、私また舞ちゃんと仕事したいよ!!自分のことが第一優先なのはもちろんだけど、皆戻ってきてほしいと思ってるし・・考えておいてほしいなぁ・・」


「わかった」


「ありがと、またね!」


「またね」




またね、か・・・・


その『また』がやってくることはあるのだろうか。




「それで、どうするんじゃ?」


「わかんない。ていうか考えたくない。25日後の私にこの件は託すよ」


「そうか」




いろいろな『また』が溜まっていくのが怖い。


溜まっていけばいくほど。私は転生を拒んでしまうのではないか。


でも、そんなことを怖がっていたら残りの25日間すら充実させることが出来ない。


転生なんて私にとっては夢のような話だけど思ってたけど・・やっぱり光が強いほど影は濃くなる、か。




「今日はとりあえず、皆で地元に帰る日の計画を立てよう」


今夜は皆時間が空いているみたいなので、ビデオ通話でいろいろプランを立てる予定だ。


最近流行りのリモート会議ってやつ?いや、とっくに流行りは過ぎたか。


画面越しとはいえ、たっちゃんやユリカの顔を見るのは約十年ぶりなので緊張する。




「お、舞だ」


通話に入ると、最初に部屋を作ってくれていた駿が居た。




「いや~、本当ありがとね色々」


「礼を言いたいのは俺の方だよ。また皆で遊ぶ機会を作ってくれるなんて」


「そんなんいいって・・」


「小学生の時はさ、舞ってあんまり積極的なタイプじゃなかったけど・・こうやって色々提案してくれるの、超嬉しいよ」


照れる。




「なに頬を赤らめとるんじゃ」


隣で寝転んでいる禅汰が言った。




もう・・言い返せないタイミングで言ってくんなよ!!!


ぐっと奥歯を食いしばった。




「おいすー」


小学生の頃と同じ挨拶で入ってきたのはユリカだった。




「ユリカ!!!!」


「おひさー」


少し脱力した雰囲気は昔から変わっていなくて安心した。




「今回の帰省って舞が提案してくれたんでしょー?超さんきゅー」


「私は全然!迷惑じゃなかった?」


「迷惑なわけないっしょ~?めっちゃ楽しそうじゃんね」


私はそっと胸を撫で下ろした。




 画面上にたっちゃんが現れた。


小学生時代よりも大きくなっている。横に。




しかし、たっちゃんの声は聞こえない。




「たっちゃん!!」


ずっと口パクをしているだけで声が聞こえてこない。




「・・たっちゃん?」


たっちゃんが不思議そうな表情をしている。


いやこっちのほうが不思議に思ってるんだけど。




「あーこいつミュートになってるの気づいてないんだな・・」


駿が呆れ顔で言った。




「え」




すると、たっちゃんの声が聞こえるようになった。




「これでどう!?」


「あー聞こえる聞こえる」


「よかった」


あの頃のポンコツのままだぁ~!!!


またポンコツのたっちゃんが見れて、嬉しくて仕方なかった。




「もう~・・初っ端から勘弁してよ」


何故か満更でもないような口調で言ってしまった。




「ごめんごめん」


「じゃあ、これで揃ったということで・・とりあえず乾杯!!」


やはりこういう時にリードしてくれるのは駿だ。


何もかも、あの頃と変わってないな・・




「かんぱーい!」




はじめの一時間程度は昔話に夢中になっていた。




「なんかみんな、良くも悪くも変わってないね~」


ユリカが一旦締めの空気を出した。ナイス!




「じゃ、そろそろ帰省の計画に移ろっか」


「賛成」


たっちゃんはそう言って豪快に焼きそばをすすった。




「せっかくだし、二泊三日くらいはしたいよね~」


「うん。僕は土日プラス有給で行けるよ」


たっちゃんの会社は結構ホワイトらしく、有給の取得もしやすいらしい。


私のところは変な圧があったからなぁ・・それも嫌だった。




「俺は別に勤務時間も日にちも決まってないからいつでも良いよ」


職人は職人で大変だと思うが、そういったところは羨ましく感じる。




「うちは働いてなーい」


ユリカはバイトをしながら大学院に行っているらしい。


私の予想は両方とも外れた・・




「私も働いてないから、結構予定は合わせやすそうだね」


「じゃあ、再来週の土日あたりにする?」


駿が言うと、真っ先にユリカが同意した。




「賛成!」


「私もそれがいいと思う」


ちょうどいいタイミングだ。




「じゃあ決定。行きたい場所とかも何個か候補出しておこうか」


駿は良い具合に進めてくれる。




「やっぱり小学校はマストじゃない?」


一番の思い出の場所だ。




「外せないね。あと秘密基地も」


たっちゃんが言った。




「私、花火買っていこうかな」


どんどんアイデアが湧き出てくる。




「いいね!!!」


テンションが上がりすぎたのか、たっちゃんの接続が切れた。




「え・・?」


数分待つとたっちゃんが戻ってきた。




「ごめん、動いたらコード抜けちゃって・・」


やはりポンコツだ。


お酒が回っているのもあり、私たちは過呼吸になるまで笑った。




「それじゃ! 間違って予定入れないようにね!!」


時刻も十二時を回ったところでビデオ通話が終わった。




「ばいばーい」


「また今度!」




はぁ~、楽しかった・・・・




「終わったのか?」


ずっと寝転っていた禅汰が起き上がった。




「うん」


「我、お主が笑っているところを見たことは殆どなかったんじゃが・・」


「うん?」


「笑った顔のほうが素敵じゃ」

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