第3話

「もう朝七時だぞ、起きなくてよいのか?」


何度か体を揺すられた。




「う~ん・・え、あ!!!ありがとう!!!」


アラームかけるの忘れてた!危なかったー・・




「よかった。今日は出かけるのか?」


「うん!実家に帰ろうと思って」


「そうか。我は邪魔しないほうが良さそうじゃな」


「実家の近くをぶらぶらしてたら良いんじゃない?着くまでは一緒に行こうよ」


「よいのか!?」


なんか昨日もあったね、このくだり。




「いいってば」


朝は久々に菓子パンを食べた。


平日にコーンフレーク以外の朝ご飯を食べるのは久しぶりだなぁ・・そう思うと、やっぱり仕事でだいぶ縛られてたんだ。




「お主の実家まではどれくらいかかるんじゃ?」


「電車と徒歩で合計1時間弱」


「ちょうどいい距離感じゃな」


「ね」




 電車の中で禅汰と話すと完全に『関わってはいけない人』になってしまうので、一応近くには居ながら私はスマホを触っていた。




目的の駅へ着いた。


私は禅汰にアイコンタクトをとり、電車を降りる。




「ここから歩いて十分くらい」


「そうか」


「着物って歩きづらくないの?」


「何百年着てると思っておる?もう慣れっこじゃ」


それもそっか。




「じゃあ、もう着くからこの辺で適当に時間つぶしといて」


「うむ」




「ただいまー」


「あら、帰ってきてたの?」


久しぶりのお母さんの声・・聞いた瞬間涙が出そうになったが、何とかこらえた。




「うん、有給とれたから」


「あらそう。ちょうどよかったわ、近所の谷口さんが蟹をおすそ分けしてくれたのよ」


近所の谷口さんが何者かは不明だが、蟹は嬉しい。




「ほんとに!?食べたい!」


「舞、帰ってきたのかー」


シャツ一枚で新聞を読みながらお父さんが言った。




「帰ってきたよー。お父さん仕事は?」


「あー言ってなかったか。会社が倒産した」


「あ、え、えぇ!?」


そんな軽いテンションで言うことじゃない。


父さんの会社が倒産って、本当にあるんだ・・




「それで、大丈夫なの?生活とか。倒産って大ピンチじゃないの?」


「中学時代の友達が『ウチで働く?』って俺を拾ってくれたから大丈夫だ」


すっご。




「俺の知らないうちに起業してたらしい。結構順調らしいぞ」


「運が良かったね・・」


「それに尽きる」




 お互い近況報告をし合っている間に日は沈み、夕飯を食べ始めた。


そう、蟹だ。




「うわぁやっぱ蟹ってグロテスクだね・・」


「そうね」


母が平気な顔で捌いていく。




「いただきます」




「おいしっ」


一口食べただけで口角が上がってしまった。




「舞、最近仕事はどうなんだ?」


ぐぬぬぬぬぬぬ。


もう言っちゃおうかな・・全部正直に話そう。




「実は・・私会社辞めたんだよね」


「そうか・・」


渋い顔をしたお父さんがお茶を一口飲んだ。




「前から職場環境が劣悪という話は聞いていたから、父さんは反対しないが・・一言くらい欲しかったな。辞める前に」


「ごめん・・限界だと思って結構衝動的に辞めちゃったから・・」


「舞は悪くない。気にするな」


本当に良い父親を持ったと思う。




「それで・・どうするんだ?これから」




私に『これから』なんてないんだよ・・


もう後一ヶ月の人生なんだ。


最後に一花咲かせたいなと思っていろいろ考えてるけど、それを全て両親に伝える勇気はない。




「とりあえず、一ヶ月暮らしていけるお金はあるから、一旦この一ヶ月は休憩してみる。また来月くらいに帰ってくるからその時に今後どうするか話すね」


「ああ。ゆっくりで大丈夫だからな」


「ありがと」




実家を出発し、禅汰を探した。




「帰るのか?」


まるで当然かのように目の前に出てきた。




「ずっとここに居たの!?」


「こんな田舎ですることなんてありゃせんし」


「確かに・・待たせてごめんね」


「たった数時間なんて我にとっては刹那じゃ。謝る必要はない」


確かにそうかも。




「それじゃ、帰ろっか・・」


「うむ」




 家に帰ってきた。




「ねぇ、妖って結局なんなの?死んでから妖になったとか、もともと妖として存在したとか・・」


「死んでから妖になるのが一般的じゃな。まぁ、ほとんどの人間は死んでも妖にはならんが」


「なる条件とかってあるの?」


「通説によると、生前に強い心残りや執念を持ったまま死亡したものは妖となる可能性が『やや』高いとされている。まぁ、それを踏まえても妖になることは極稀じゃな」


「禅汰は何で妖になったのか覚えてるの?」


「覚えておらん。しかし、妖になっておるということは何か心残りがあるんじゃろうな。それを解消できたらようやく我も天国に行けるのだろうか・・」


遠くを見つめて言った。




「じゃあ・・現世に囚われた死者が妖ってこと?」


「かなり残酷な言い方じゃが、そう言って差し支えない」


「禅汰は成仏したいと思う?」


「出来るならしたいと思っておるが・・本当に出来るのかという疑いは消えんな」


「数百年生きてても、兆しはないの?」


「数百年生きていたと言っても、たった十年ほど前まではずっと封印されておったんじゃ」


封印・・?




「封印って?」


「わかりやすく言えば御札とかそういうものじゃな。妖とは神様が求めている存在ではない故、そういった神仏の守り札の影響で簡単に封印されてしまう」


「そうなんだ・・」


「まぁ、最優先事項は我の成仏よりもお主の人生を良くすることじゃ。今話したことは頭の片隅にでも置いといてくれ」


「うん」




 私の人生はあと29日。


明後日から2泊3日の温泉旅行!楽しみだ。




「そういえば、なんで昨日禅汰は私のところに来たの?人生をやり直したいと思ってる人って他にもたくさんいそうだけど・・」


「そうじゃな・・解放されてから、『一緒に過ごす人間』を探していたんじゃ。ただ、我とは違って人の命は儚く短い。その貴重な時間を我のせいで浪費させたくはなかった故、人探しはかなり慎重になっていたんじゃ。ただ、お主を見てビビッときたんじゃ」


「え、直感で私に決めたの?」


「いや、他にもいくつか理由はあるんじゃが・・」


「教えてよー!」


「お主の人生は地の底まで落ちているから、我のせいでこれ以上悪い人生になることはないだろうと思ったんじゃ」


凄く現実的かつ失礼な理由だ。




「なるほどね・・」




 二日後、私は箱根に向けて家を出発した。


今回の旅行は『なんとなく楽しむ』ものじゃない。


どうせ失う人生だから、後先考えず自分の心に従って本当の楽しさを見つけるんだ。




今回泊まる温泉宿には三味線の奏者が居るらしく、午後六時から演奏が聞けるらしい。


せっかくなので聞きたいと思い、私は宿にある小さな舞台の前にやってきた。


一応、禅汰も最後列のあたりで立っている。




隣に背の高い男性が座った。


ちらっと顔を見ると、何か見覚えのある顔だった。


気のせいか・・?いや、流石にそれはない。学生時代にどこかで見たことがあるはず・・・・




まぁ、とりあえず演奏に集中・・じゃ駄目だ!


これじゃいつも通りの安全策を取る私から何も変わらないじゃないか!!


そうだ、話しかけるんだ。




「私たち、どこかでお会いしたいことありません?」


男性は驚いた表情をしていたが、すぐに気づいて私の方を見た。




「え・・もしかして舞?」


「そう!!!」


まずい、まだこの男性が誰かわからない。ただ、知り合いだったということは確かだ。




「俺たち会うの何年ぶりだっけ・・」


そう言って笑った男性の顔を見て、一気に思い出した。




花井駿。地元が田舎なので私たちは男女関係なく活発に遊んでいた。


その時仲良しだったメンバーに・・駿がいた。




「え、ちょっと三味線どころじゃないんだけど・・」


「料亭行ってみる?」


「駿が良いなら行こう!」


「オッケー、行こう」


小学六年生からおそらく一度も会っていなかった。


つまり11年ぶり・・?こんなタイミングで会うことになるなんて。




「懐かしいな・・アレ覚えてる?秘密基地で・・」


秘密基地、というワードで全てを理解した。




「辞めてその話は!」


「舞が確か手紙書いてきたんだよな・・『皆が帰ったあと、ちょっとだけここに残っててね』みたいな事が書いてあって・・」


「はいもうストップ!!」


顔が火照っているのが自分でもわかる。




「なんだろうなーと思ってたら、俺に告白してきたよね」


「あーあ、なんで全部言っちゃうの」


「かっこよくて優しい駿が大好きです!とか言ってさ」


半笑いで彼が言った。




「馬鹿にしないでよ」


「してないって」




雑談は昔話から近況に変わった。




「結婚はしてるの?」


「してないよ。ほら」


永遠の愛を具現化した金属の輪は、彼の左手薬指にはついていなかった。




「私も。ていうか高校生から彼氏すら出来てないよ」


「俺も似たような感じ」


深いため息をついた。




「仕事はどう?」


ぐぬぬぬぬ。




「ちょうど三日前くらいに辞めたんだよね。職場環境がちょっと酷くてさ」


「そうか~・・」


彼は日本酒を飲み干して言った。




「俺は父親の仕事継いで職人やってるからさ、人間関係とかの問題はないんだ」


「それはそれで良さそうだね、大変そうだけど」


「人の顔色伺わなくて良いのは気楽だよ。ただ結果が全ての仕事だからその分プレッシャーもある」


「そうだよね」




「なんか、またあの時のメンバーで遊んだりしたいよな~」


彼がぽろっと言い放った。




「私、たっちゃんとユリカのライン持ってるよ」


その『たっちゃん』と『ユリカ』を合わせた四人が、当時の仲良しメンバーだった。


成長するにつれて疎遠になっていったが、今久しぶりに会っても当時の感覚で話せる気がする。




「じゃあさ、今度四人で地元帰るのはどう?小学校とか行ってみようよ」


駿は酔ってきて呂律が怪しくなっている。




「めっちゃいいねそれ!!」


「また今度予定立てよう」




食事も終わった所で私たちは各々部屋に戻った。




「お主、我を置いて行ったな」


「ごめん・・学生時代の友達が居てさ」


「ああ、知っておる。我のことは気にするな。三味線の演奏は中々のものだったぞ」


お茶をすすりながら言った。


やっぱり和室のほうが禅汰は合っている。




「今度、小学校の時の友達と地元帰るんだ」


「よき、だな」


和室なこともあってか禅汰はいつも以上に落ち着いている気がする。




「今から誘ってみようと思っててさ」


「楽しみじゃな」




まずたっちゃんだ。


たっちゃんは、小太りで身長の低い男子だ。今どうかは知らないけど。


とにかく明るくてムードメーカーなんだけど、トラブルを起こすこともしばしば。


そのたびにユリカに叱られていたのを覚えている。




『今度、ユリカとか駿と一緒に地元帰ろうと思うんだけどどう?』


『行こう、詳細決まったら教えて』


すごいスピードで返信がきた。




とりあえずたっちゃんはOKね。




ユリカが忙しそうなんだよなぁ・・


ユリカは私のような鈍臭い田舎者と違って頭の切れる人だ。


だけど友達想いで私たちは何度も助けられてきた。


きっと今も結婚しているか、バリバリ働いているかのどちらかだ。




『駿とかたっちゃんと今度地元帰るんだけど、ユリカもどう?』


『楽しそう!!絶対行く!!!』




かなり乗り気だった。


これで『学生時代の友達と夜通し遊び散らかす』は達成できそうだ。


やりたいことリスト、二つ埋まった!




「もう今日はなんか疲れちゃったし寝ちゃお・・明日の朝温泉行く」


「そうじゃな。お疲れ様」


禅汰が電気を消してくれた。




 楽しみだなぁ、みんなに会うの。


でも、会ったら私の人生に未練ができちゃう気がする・・


まぁいいや、流石にもう後戻りは出来ないし短い人生を楽しむしかないや。

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