第2話
この電車に乗って出社するのも今日が最後か・・感慨深い。
駅を出て数分歩き、会社に到着した。
「おはようございます!」
一応、立つ鳥跡を濁さずということで爽やかな挨拶はしておいた。
「おはよ~」
今日も返事をくれたのは同期のみ。
「私、会社辞めます」
胸を張って上司に言った。
普通、退職届は退職日の一ヶ月ほど前に出すらしい。
でもそれじゃ間に合わない。何としてでも今日で辞める。
「何を言っているんだね君は」
「辞めます」
「急にそんなことを言われてもだね・・」
「辞めます。意味わかります?辞めるんですって」
押し切れるといいんだけど。
「あ、じゃあ私をクビにしてください。なんか今からとんでもないことするので」
「いい加減にするんだ」
「もう私帰りますね。とりあえずこれ、退職届は書いておいたので」
強引に上司の机に紙を叩きつけ、廊下へ出ようとした。
「舞ちゃん・・?」
同期は動揺を隠しきれていなかった。
ごめん、同期にだけは本当に申し訳ないと思う。
「ごめんね累さん、また今度連絡するね!!」
累さんが同期である。
ちゃん付けが良いのかなと思っていたが、切り替えるタイミングを見失ったのでずっと累さんと呼んでいる。まぁ、悪い距離感ではない。
「舞ちゃん、死ぬにはまだ早いよ・・」
涙を流しながら必死に訴えてきた。
あ、私自殺すると思われてる?
ここから一ヶ月はなんなら今まで以上に『生きよう』と思ってるんだけど。
「い、生きる!!」
意味のわからない返事をし、私は走って会社を出ていった。
ちょっと今のはやっちゃったな・・社内で私が自殺するみたいな話の広がり方をしないで欲しいんだけど。
家に帰ると、禅汰は何も考えていない様子でくつろいでいた。
「一応、私の部屋だからね?」
「なんじゃ、我が居たら嫌か?」
「嫌とかじゃなくて・・すごいメンタルだね君」
「人間とは違うんじゃ。どれもこれも」
「ふーん」
まぁいいや。そのうち出ていってくれるはず。
「それで、会社は辞めたのか?」
「一応退職届は投げつけてきたけど・・この先どうなるかはわかんない」
「まぁ、事情を知らん者からすれば気でも狂ったのかと思われるじゃろな」
「それでいいよ。私は」
「それもそうじゃな」
すると、電話が鳴った。
「うわ、上司の人だ・・」
「そんなもん無視してしまえ」
着信拒否しておいた。
私の人生を邪魔しないでほしい。
「それじゃあ・・生まれ変わるまでにやりたいことリストを作ろうかな」
「随分計画的じゃな」
「一応、仕事は出来る方だからね。嫌われてただけで」
悲しくなってきた。
「うーん・・」
一時間考えに考え、リストが完成した。
項目は六個だ。
「その一。美味しい食べ物を好きなだけ食べる。
その二。温泉旅行に行く。
その三。海外旅行に行く。
その四。彼氏を作る。
その五。学生時代の友達と夜通し遊び散らかす。
その六。幸せになる。
完璧!これが達成できればもう人生に悔いなんて残んないでしょ!」
「そう上手くいくか?」
待ち侘びて元気のなくなった禅汰が言った。
「上手くいく。いや、上手いことやってみせる」
家のチャイムが鳴った。
「うわ、会社の人来たんだけど・・」
「そりゃあ電話を無視したらそうなるじゃろ。我に任せておけ」
禅汰は悠然と構えて玄関の方へと歩いていった。
「うわぁ!?」
上司の驚く声が聞こえてきた。
しばらく待つと、禅汰が誇らしげな顔をして戻ってきた。
「追い払ってきた」
「どうやって?」
「そりゃあいつらに我のことは見えておらんからな。いろいろと怪奇現象を起こしてあげたんじゃ」
そっか・・禅汰が物を持つと、私以外には物が浮いているように見えるのか。
「とりあえず、怖がってしばらくこの家には近づかんはずじゃ。安心しろ」
「助かった・・」
「言い忘れていたが、我はこの一ヶ月間、基本的にお主と行動させてもらう」
「どうして?」
「はぁ・・察しの悪い奴じゃな。お主の人生を楽しくするために、我も多少は力を貸したいんじゃ。まぁ、こんな我じゃ頼りないかもしれんが・・」
意外と自己評価は低いんだ・・
「いや、さっきの件もそうだけど凄く居てくれるとありがたいよ。よろしくね」
「本当か!?」
明らかに嬉しそうだ。
「本当」
「よかった!!実はここ数十年間人と関わっていなくて寂しかったんじゃ。ようやくこうして人と話す機会ができて本当に・・」
「わかった嬉しいのはわかったから!!」
「ふぅ・・すまん、少し喜びすぎたな。とりあえず、これから世話になるぞ」
「こちらこそ」
「・・って、待って?ここ数十年間人と関わってないとか言ってたけど、今何歳なの?」
「そんなの聞かれても困るんじゃが・・なんだかんだ三百年近くは妖として寂しい生活を送っておる」
「三百年!?!?」
「妖の方ではまだ若い方じゃ。千年単位で生きている・・いや妖だから死んでいるのか?そんな老害もたくさんおる」
「あんまり老害とか言わないほうがいいと思うけどね・・」
「失敬」
そうかぁ・・敬語とか使ったほうがいいのかな?
でも別に見た目だけだと子供だし・・敬語の方が変に感じる。
「お主、学生時代は楽しかったんじゃな」
唐突に断定してきた。
「うん、楽しかったけど・・何で急に?」
「社会人に比べて学生の方が楽しいってのはよくあることじゃ。その大体の理由は学校と社会のギャップに絶望したというものじゃな」
「そうだね・・学生の頃のほうが毎日楽しかったし、変な緊張感もなかった」
「人の気持ちとは全て相対的なものなんじゃ。
勝つ喜びを知っているからこそ、負けると悔しいと感じる。
人を信じる心を持っているからこそ、裏切られると深い傷を負う。
人の優しさに触れたことがあるからこそ、意地悪な人間に強い嫌悪感を抱く。
愛を知っているからこそ、金だけでは物足りないと感じる。
生まれたばかりの赤ん坊が、自分を抱きしめる両親に対し愛情を感じるか?
いや、感じない。時が経ち、『愛の反対』を知ることで初めて両親に今まで与えられてきた物が『愛情』だと理解するんじゃ。
お主の場合も同じ。今が辛いのは、幸せな人生を過去に置き忘れてきたからじゃろ?」
「うん・・」
「置き忘れてきたのならどうすればいいと思う?」
真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
「どうしようもない」
「違う、簡単な話じゃ。駅で物を紛失したのならまずお主はどうする?」
「忘れ物センターに行くか、係員に聞く」
「そうじゃろ。しかし、人生は駅ほど単純なものではないから『忘れ物センター』なんてものは存在しない。そう、お主の『幸せ』という紛失物が今どこにあるのかは、手探りで見つけるしかないんじゃ。それは温泉旅行の時に見つけるかもしれないし、海外で見つけられるかもしれない。
そして、その紛失物の在処は場所とも限らん。人かもしれんのじゃ。お主が学校の門に置き忘れてきた『幸せ』を拾った人に、いつか出会えるかもしれん」
「禅汰は今、幸せ?」
「考えたこともなかった」
「嘘でしょ」
「自分が今幸せかどうかなんて、我にとっては些細な問題でしかないんじゃ。どうせ長い年月をかけて『苦しみ』と『幸せ』の波は交互に訪れる。何度もその波に乗っていると、もう慣れてくるんじゃ」
「サーフィンみたいな感じ?」
「それくらい軽やかに波乗りが出来たら良いんじゃがな」
彼は微笑みながら言った。
見た目は幼いが、深い憐れみや落ち着きを感じるのはやはり数百年生きているからなのだろう。
普通の人間には辿り着けない精神のレベルへ到達しているんだ。
精神のレベル・・?なんか聞き覚えのあるフレーズだ。
そうだ、朝のニュースで自己啓発がどうたらって言ってたな・・それで聞いたんだ。
「ねぇ、禅汰は『周りの意見を全く気にしない』のってどう思う?」
「我は間違っていないと思う」
「そう?」
「ただ・・全く聞く耳を持たないというのは単なる我儘じゃな。何事もそのまま飲み込むのではなく、『一考の余地あり』という程度で軽く聞いておくのが一番じゃよ」
すごく腑に落ちた。
「いきなり変なこと聞いてごめん、すごい参考になった」
「気にするな」
「取り敢えず今日は温泉宿を予約したら寝よっと」
「もちろん二人部屋で予約じゃな」
「いや、一人」
「どうしてじゃ」
「だってどうせ他の人には見えないじゃん・・」
「しかし、そうするとお主と我は同じ布団に・・」
「最悪。絶対ツインベッドで予約する」
「待て、温泉宿だからベッドじゃなくて布団じゃ」
「じゃあどうすればいいの?」
「二人部屋なら二人分の布団が用意されておる。とりあえず二人部屋で予約じゃ」
押し切られた・・
「わかったよ・・」
「楽しみじゃな。ちなみに場所は?」
「箱根」
「えー嫌じゃ。もう何百回も行っておる」
そりゃあ数百年生きてたらそうでしょうね・・
「文句言わないでよ。『私の人生』を楽しむために行くんだから」
「それもそうか」
意外と折れるのが早い。
妖に食事は必要ないらしいので、私の分だけ夕食をとった。
「寝るから電気消すよ」
「我のベッドがない」
「当たり前でしょ。寝袋あるからそれで寝て」
「仕方ないなぁ・・」
ていうか、どうして私は禅汰がここに住むのを普通に受け入れてるんだろう。
まぁいいか、無害そうだし悪い人(妖?)じゃないし。
温泉旅行に行くのは三日後だ。明日は久しぶりに実家に帰ろうと思っている。
心配させたくないし仕事をやめたってことを伝えるのは辞めておこうかな・・
とりあえず両親に感謝を伝えたい。
私のことを忘れてしまう前に。
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