第12話 へそ調査(総合博物館)再々調査

 階段を降りた先にあるドアは閉まっていた。

 僕はドアに背を向けると、後足で思いっきりドアを蹴った。ドアが開くまで蹴り続けようと思っていたが、2回目でドアが開いた。そこから顔を覗かせたのは愛だった。僕がすり抜けるようにして中に入ると、すぐに愛はドアを閉めた。この部屋は、収蔵庫の手前にある作業室だ。


「兎兎」

 呼び止められるまでもなく僕は愛の足元に座っていた。

 愛は視線が合うように、僕の眼前に腰を落としてささやいた。

「何しに来たの?」


 観察しに来た。

 僕は髭を波打たせて首輪状のデバイスに愛への通信の指示を出した。


 愛が装着しているバングル状のデバイスから芽が出て、それが伸びて茎となり、その茎に一枚の葉が付き、その葉が細胞分裂と細胞伸長で拡大して画面に分化した。

「そう」

 画面に表示された文字を読んだ愛は、これ以上尋ねなかった。腰を上げると、自らの仕事をこなしていく。だが、通信は終了させなかった。僕の報告を待つといったところだ。


 僕は、女性1人と男性2人の職員(学芸員)が、忙しく作業をする大きな机の下に向かった。

 椅子に座っている職員達に蹴られないように、机の中央辺りの下で香箱座りになる。長い耳は垂直に立てて聴覚を研ぎ澄ましながら、髭を波打たせ、机上にあるものや職員達が手にするものや職員達を、スキャン観察していく。


 前回と今回の相対的な観察で、違和感を覚えた葉というのは植物標本だ。この植物標本は、B4サイズくらいの台紙に押し葉とラベルが貼られている。

 この植物標本、ただの押し葉ではない。タラヨウという木の葉に書かれた手紙という押し葉だ。

 タラヨウの葉は細長い20センチ程で、この葉の裏側に尖ったもので文字を書くと、その部分が黒くなって残る。葉が枯れたとしても、押し葉にしても、文字は残る。

 そんな押し葉(植物標本)が、机上に大量に置かれていて、職員達が一枚一枚、手に取って見入り、パソコン入力したり、スキャンしたり、整理したりしている。


 僕が違和感を覚えたのは、1人の男性職員が手にしていた押し葉(植物標本)だ。前回のスキャン観察で手にしていた押し葉(植物標本)と、今回のスキャン観察で手にしていた押し葉(植物標本)は、手紙の内容が違っていた。

 ということは、前回と今回、相違点があったことになる。

 だが、タイムループしていることは間違いない。

 だとしたら、この相違点が意味するのは……と考えていて、見つけた。


 今回スキャン観察したときに彼が手にしていた押し葉(植物標本)は今、彼の手元に置かれている。明らかに他の押し葉(植物標本)とは置き場所が違う。なぜそんなことをしているのか、それは彼に聞くしかない。


 彼の名字は福原。彼が首に掛けているネームプレートに書かれているから間違いない。


 僕は髭を波打たせて首輪状のデバイスに愛への通信の指示を出した。

 違和感を覚えたことを思い出した件から福原さんに聞いてもらう件まで、報告していく。


 甘い香りに気付いた愛が、バングル状のデバイスから伸びる画面の端に咲いた黄色の小花をちらりと見た後、画面に表示された報告を読んでいく。


 頷いた愛が、通信を終了するために、バングル状のデバイスから伸びる画面の根っ子を引き抜き床に投げ捨てた。画面は枯れて粉々になった。


 愛は職員達が首に掛けているネームプレートを確認すると、福原に近寄った。

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