第11話 へそ調査(総合博物館)再々調査
講義室に集まった愛達は、前回と同じ行動を取り、怪奇現象といえる異変はなかったと、前回と同じ報告をした。
「兎兎。あなたの観察で何か分かったことはあった? 怪奇現象といえる異変はあった?」
前回と同じく、愛が僕に問うてきた。
ここから僕はもう同じ行動は取らない。
そしてようやく、今まで報告してこなかった、愛達が初めての調査だと思っている件を報告する。このことで、愛達は前回と違う行動を取ることになる。
僕は髭を波打たせ、首輪状のデバイスに通信の指示を出した。
愛達が装着しているバングル状のデバイスから芽が出て、それが伸びて茎となり、その茎に一枚の葉が付き、その葉が細胞分裂と細胞伸長で拡大して画面に分化した。
愛達それぞれが、画面に表示された僕の報告を読む。
「前回の観察と今回の観察で違う点はなかった」
首を傾げながら音読した愛が、無表情で僕を見た。
「これはどういう意味?」
愛と結菜が同時に発した。
「前回の観察? 今回の観察? どういうことじゃ?」
目を白黒させながら宏生が僕を見詰めてきた。
「わいらは今回が初めての調査で来てるんじゃで」
思わず僕はにんまりしそうになったが、それを堪え、髭を波打たせて首輪状のデバイスに通信の指示を出した。
愛達のデバイスから伸びる画面の端に、黄色の小花が咲いた。甘い香りも漂ってくる。これは、別の通信が届いたのを伝えているのだが、これも僕の通信だ。
「愛、宏生、結菜は、この調査は初めての調査だと思っている。だが、この調査はもう3回目の調査だ。僕は初めての調査ではちゃんと待機をした。僕がこの調査に参加したのは2回目からだ。愛達の記憶の異常が判明したから、僕が参加することになった」
愛が全くイントネーションのない声で音読した。無表情の顔がロボットのように見える。脳内が混乱しているからだ。だが、彼女の脳内は既に、猛スピードで計算し、整理し直している。
「有り得ない」
凄い剣幕で否定した結菜が、両手を机に突いて体を押し上げ机上に乗ると、斜めの位置で机上に座る僕の顔を、憤怒の顔で覗き込んできた。
特に結菜はこうなるだろうと予想はしていたが、目くじらを立てた顔を間近で見るとたじろいでしまう。
「兎兎ちゃんが待機の指示に従わないわけないんじゃ。じゃったら、そういうことになる」
ボソボソと呟く宏生は、脳内を整理し、理解しようとしている。
暫くして、愛が無表情のままでイントネーションのある声で言った。
「結菜。受け答えとして、筋が通っている。兎兎の話は事実といえる」
はっとしたように結菜の目くじらがおさまっていく。
「そう」
ふんと僕から顔を背けた結菜は、机上に乗せていた体を戻して椅子に座った。
「兎兎。報告して」
愛が鋭い目付きで僕を睨む演技をした。
演技が出来るまでに混乱からは抜け出している。
胸を撫で下ろした僕は、髭を波打たせて首輪状のデバイスに通信の指示を出した。
愛達のデバイスから伸びる画面の端に、黄色の小花が咲き、甘い香りが漂ってくる。
僕は、前回の調査内容と結果はもちろんのこと、リセットされる愛達の記憶の事、蓮との遣り取り、何のために再び調査に来たのかを報告した。
愛達が僕の報告に目を通し終える頃に、僕は再び通信をし、怪奇現象を特定したと報告した。
「前回と今回、相対的に観察した結果、愛、宏生、結菜、職員は、前回と全く同じ行動を取っていた。これが、落ちた雷様による怪奇現象だ。僕の推測では、この怪奇現象はタイムループだ」
音読した愛が黙り込んだ。マネキンになったように微動だにせず、無表情で脳内を整理している。
「館内はタイムループしているから、わいらが館内に入るとタイムループに巻き込まれる。だから、前回の調査の事や蓮との遣り取りなどの記憶は失われる。また、タイムループしている館内から出ると、タイムループしている館内の記憶は残らない。そういうことじゃな」
ニコリと宏生が僕を見た。
そうだと僕は、深く頷いて見せた。
「怪奇現象はタイムループじゃ」
宏生は言い切った。
タイムループという単語を目にした時点で結菜は、このことについての思考は放棄している。宏生から視線を逸らすと、結菜らしくなく静かに愛を見詰める。愛の意見を待っているのだ。
「理論的に考えて、怪奇現象はタイムループといえる」
愛が結菜を見て言い切り、宏生に視線を移し、僕に視線を移した。
「兎兎、宏生、愛の意見が一致したんだから、そういうことで」
軽い感じで結菜は、皆の意見に同調した。
「怪奇現象はタイムループ」
結菜を見て頷いた愛は指示を出す。
「タイムループ(怪奇現象)を引き起こしている、雷様に取られたへその特定をする。結菜は……」
「あたし、物理学者じゃないんだよね」
口を挟んだ結菜は、真剣な目付きで愛を見詰める。
「物理学者じゃないのに、へそを特定なんかできない」
「みんなそうじゃ。じゃよな?」
宏生は断定しておきながら首を傾げた。
一応僕は頷いて返した。
結菜の発言は的を射ている。いつもなら、怪奇現象が特定できれば、へその推測は容易になり特定も早い。だが今回は、タイムループだ。推測は困難だ。
「ここに物理学者はいない。でも、ここに物理学者を呼ぶことはできない。ってことは?」
愛が結菜に回答を求めた。
「わかった」
口を尖らせた結菜だが、仕方ないと諦めたみたいだ。
「タイムループとはどういうものか、完結にまとめたものを後で送信する。それを頭に入れて、ゆっくりとへそを探っていけばいい」
結菜の眼前に親指を立てた宏生が、ニッと笑った。
良いこと言うじゃないかと感心する僕と違って、結菜は顔を背けた。
素直じゃないよなと言いたげな表情で、宏生が僕を見た。
僕は床に顎がくっ付くくらいに頷いて見せた。
そんな遣り取りを見ていた愛が、微笑みの演技をした後、遮られた指示を出す。
「結菜は1階の調査を。宏生は2階の調査を。私は地下を調査する。体調チェックと聞き取りは、タイムループしている以上、私が先程行った調査で充分だ。終わったら、ここ(講義室)に集まって」
「了解」
揃えた二本指をこめかみで弾いた結菜は、駆け足で出て行った。
「了解」
宏生はバングル状のデバイスに、結菜への通信の指示を出しながら出て行った。
宏生の後を追って急いで出て行った愛の背を、机上に座ったままの僕は呆然と見詰めていた。
愛は僕に何の指示も出さなかった。その上、目を合わせることもなく調査に向かった。
まあ、愛の考えは何となく分かるから、それはそれでいいのだが……
僕はへそを探るための観察に出て行けないでいる。なぜかというと、何かに引っかかりを感じていて、それが気になっているからだ。
悶悶としていた僕は、人みたいに深呼吸をしてみた。
思い当たった。
地下の作業室だ。
あのとき、錯覚だと片付けた、ぼんやりとした違和感。それが、引っかかっているんだ。
もう一度、深呼吸をしてみる。
「収蔵庫の中、ガラクタだらけだったよ~」
結菜の発言が思い出され、僕は閃いた。
葉だ。
机面を後足で思いっきり蹴った僕は、高々と舞い上がった。
床に着地すると同時に、後足で床を蹴り、飛び跳ねていく。
向かう先は地下だ。
アイ 月菜にと @tukinanito
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