第8話 へそ調査(総合博物館)再調査

 調査は、まず落ちた雷様による怪奇現象を特定する。そして、その怪奇現象を引き起こしている雷様に取られたへそを特定する。という流れだ。


 ここ、総合博物館は、地下1階地上2階の建物だ。

 愛達は事前に調査対象の情報を頭に入れている。

 1階は受付カウンター、展示室、事務室、館長室、学芸員室、警備員室など。2階は展示室、講義室など。地下は収蔵庫、作業室など。となっている。


 調査を行うにあたっては、担当が決まっている。

 調査は宏生と結菜、聞き取りと体調チェックは愛、僕はセラピー犬ならぬセラピーうさぎだ。可愛い僕は癒やしになるから、周りに人が集まってきて自然とそうなった。


 宏生と結菜の調査の場所割りは、愛の采配で決まる。

 1階の調査担当は宏生、2階と地下の調査担当は結菜。となった。

 宏生は正面玄関のドアと職員用の出入り口のドアもチェックすることになっている。


「調査が終わったら、2階の講義室に集まって」

 受付カウンター前で愛が指示を出し終えた。

「了解」

 揃えた二本指をこめかみで弾いた結菜は、足早に階段へ向かった。

「了解」

 宏生はその場で軽快に一回転すると、バングル状のデバイスに指示を出した。受付カウンターから調べるらしい。


「大橋さん」

 愛が館長を見た。

「警備員も含めた職員のみなさんに、順次、休憩スペースで体調チェックと簡単な聞き取りをしますので、采配をよろしくお願いします」


「わかりました」

 頷いた館長はすぐに動き出した。


「兎兎。行くよ」

 愛は僕に視線を向けず、学芸員室内にある休憩スペースへ向かった。

 僕が待機の指示を無視した事について、愛はまだその理由を聞いてきてはいない。それは、調査が優先されているからだ。また、僕がここまで付いてきた以上、調査に参加させるのが適切だと割り切っている。


 学芸員室に入ると、西を含めた男女6人に、館長が話をしている。

 1人の男性が部屋から出て行った。他の職員や警備員を呼びに行ったらしい。


 休憩スペースで丸テーブルを囲むように置かれている1つの椅子に愛が座ると、それに対面する椅子に館長が座った。

 館長自ら率先というわけだ。


 微笑みの演技をする愛は、柔和な表情を保とうとしている。皆が緊張しないように和やかな雰囲気を演出しているのだ。


「スキャナーに分化」

 愛は手首に装着しているバングル状のデバイスに指示を出した。

 デバイスから芽が出て、それが茎となって伸びる。細い茎の先に1枚の葉が付き、それが葉状のスキャナーに分化していく。それと共に、もう1枚の葉が、愛の手元近くの茎に付いた。それが細胞分裂と細胞伸長で拡大し、画面に分化した。


「スキャンせよ」

 愛の指示で、葉状のスキャナーが館長の頭頂から爪先までスキャンしていく。

 その間、愛は微笑みの演技を続けながら、聞き取りをする。

 落雷時に何処で何をしていたか、落雷時に起こった異変などを聞いていく。それらは全て、デバイスに保存している。だが、愛の記憶力は素晴らしく、大抵の事は覚えている。

 聞き取りのとき、悩みや不安を口にする者がいる。そのことは、愛がまだ身に付けられていない感情を学べる機会になっている。彼女自身は気付いていないだろうが、同行している僕はそれを強く感じている。調査を重ねる毎に、彼女の感情表現の演技は上達しているからだ。


 聞き取りが終わり、愛はデバイスに指示を出した。

「スキャンの結果を表示せよ」

 画面に表示された健康状態を読み取っていく。

「異常はありません」

 館長に向かってニコリと演技をして、感謝するように頭を下げた。


 胸を撫で下ろした館長は腰を上げ、背後に並ぶ西に席を譲った。


「ウサギさんも雷様へそ調査チームの一員ですか?」

 席に着いた西が目を丸くして、愛の足元に座る僕を見た。


「そうです」

 愛は僕を見下ろした。


 腰を上げた西が、僕の眼前に迫ってきた。僕の頭を撫でまくる。そんな表情から、彼女が癒されていることが伝わってくる。だが、今回の僕はセラピー兎の活動よりも観察したい。観察しに行かなければ、と僕は頭を振った。


 理解したように西が、急いで椅子に座り直した。愛がスキャンを始める。


 その意味で頭を振ったわけではないのだが、と思いながら僕はこの隙に逃げる。だが、西の行動で僕に気付いた職員が、僕の行く手を遮るようにして集まってきた。

 悪いが今回は駄目だ。

 伸ばしてくる彼らの手を軽快に躱しながら僕は学芸員室を出た。


 まずはこのまま1階を観察していく。その後、階段を飛び跳ねて上り、2階を観察する。最後は、階段を下りて、地下へ向かう。下りた所にはドアがあるが、丁度、調査し終えて出てきた結菜の足元をかいくぐって中に入った。ここは、収蔵庫の手前の部屋で、作業室となっている。大きなテーブルの上には、沢山の資料が置かれていて、それらを椅子に座って見入ったり、立ったままでカメラに収めたり、スキャンしたりと、忙しく作業する3人の職員がいた。


 1人の職員が僕に気付いた。彼女は非常に驚いたが、ニコニコしながら僕を撫でようと側に来て腰を下ろした。他2人の男性職員は作業に没頭している。


「私達は急ぎの仕事があるから、体調チェックと聞き取りの順番を先にしてもらったんだけど。そのときにね。セラピー兎の噂を少しだけ耳にしたよ」

 彼女はときめく瞳で、僕の顔を覗き込んできた。

「数日前にね。珍しい貴重な資料を発見したのよ」

 嬉しそうに微笑む彼女は、一時僕を撫でた後、仕事に戻った。


 閉まっている収蔵庫のドアの前で、僕は髭を波打たせてスキャン観察した。


 観察を終えた僕は、2階の講義室に向かった。

 そこでは、調査し終えた結菜が長机を2つくっつけ、それを囲むように4つの椅子を並べ終えたところだった。


 結菜は椅子に座り、机に頬杖を突き、目を細めて僕を手招いた。

 僕は結菜と斜め前になる椅子の座面に飛び乗ると、前足を揃えて尻を座面につけ胸を張って座った。だが、全く結菜の顔が見えない。ということは、結菜も僕が見えていないはずだ。そこで、机の上に飛び乗り胸を張って座った。そんな僕に向かって、結菜がニコニコと手招く。

 だが僕は無視を決め込み、ぬいぐるみのように静止した。


 入ってきた宏生が、結菜の横に座った。

 続いて入ってきた愛が、結菜の正面に座った。

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