第9話 へそ調査(総合博物館)再調査

「宏生から報告を」


 愛の指示で、宏生はまず、怪奇現象といえる異変はなかったと報告し、続けた。


「正面玄関のドアと職員用の出入り口のドアが開かない原因を特定した。これは、雷様の置き土産と言えるもので、珍しい特別な帯電じゃ」


「置き土産~~。美味うまい土産だったら良いけどね~~」

 茶々を入れた結菜がにやついた。からかいたいのだ。


 宏生が結菜を見て陽気に微笑んだ。おおらかに受け止めている。

「正面玄関のドアじゃが」

 含みがあるように言って、結菜の興味を引いた。

 結菜の目が見開いたと同時に、宏生は愛を見た。


「正面玄関のドアは開けたままにしておいたはずじゃが、閉まっていた。これは怪奇現象のように見えるが、そうじゃない。左右のドアの左はマイナスに帯電、右はプラスに帯電しておった。じゃから、こじ開けた後に、左右のドアは引き合って閉まったと言える。雷様の置き土産のうえ、プラスとマイナスは引き合うからの」

 一旦言葉を切った宏生は断言する。

「ドアを含めた1階に、怪奇現象はない」


 結菜が片手を上げた。

「次はあたし」


 どうぞと愛が手の平を差し出した。


「2階と地下、共に、怪奇現象といえる異変はなかった」

 滑舌よく報告した結菜の表情は真剣だ。茶々を入れたときとは打って変わっている。

「館長さんが言ってたとおり、停電だけだった。よって、2階と地下に、怪奇現象はない」


 頷いた愛の視線が、結菜から僕に移ったときだった。


「収蔵庫の中、ガラクタだらけだったよ~」

 打って変わって、結菜がからかうようにケラケラと笑った。彼女の変わり様には呆れてしまう。


「関心がない人にとってはそうじゃろな」

 宏生は残念そうに首を横に振った。


「葉っぱでも?」

 結菜がニヤニヤと宏生を覗き込んだ。


「葉?」

 目を丸くした宏生に、結菜がほくそ笑む。


「古生代の植物の葉の化石ってことか?」


「ううん。化石じゃないよ」

 もったいぶるように結菜が首を横に振った。もてあそびが始まった。


「じゃあ、何じゃ?」

 早く答えが聞きたいと、宏生が結菜を激しく見詰めた。

 見詰め返す結菜の目が愉快そうに細まった。


 この様子じゃあ、結菜から答えを聞き出すには時間がかかるだろう。

 そう僕が思った矢先、同じように察した愛が声高に遮った。

「兎兎。あなたの観察で何か分かったことはあった? 怪奇現象といえる異変はあった?」


 僕が早々に観察に行ったのを愛は気付いていた。


 僕は髭を波打たせ、首輪状のデバイスに通信の指示を出した。

 愛だけじゃなく宏生や結菜が装着しているバングル状のデバイスからも芽が出て、それが伸びて茎となり、その茎に一枚の葉が付き、その葉が細胞分裂と細胞伸長で拡大して画面に分化した。


 楽しみを遮られた結菜が不満げな顔付きで僕の報告に目を通している。

 答えを聞きそびれた宏生は不満に思っているのに、それをおくびにも出さず、僕の報告を読んでいる。


「2階1階地下に於いて、僕の観察では、怪奇現象といえる異変はなかった」

 愛は僕の報告を音読した後、デバイスから伸びる画面の根っこを引き抜き、床に落とした。落ちた画面は速やかに枯れて粉々になった。結菜も宏生も同じように画面の根っこを引き抜いて床に落とした。


「体調チェックは、異常がある者はいなかった。また、聞き取りでは、怪奇現象といえる異変を話した者はいなかった」

 愛は自らの報告をした後、まとめていく。

「皆の報告から、怪奇現象はなく、へそは取られていない。と判断できる。よって、調査は終了し、調査データと、正面玄関と職員用の出入り口のドアの修理、停電の復旧、通信の復旧を、雷様へそ処理チームに回す」


 怪奇現象が起こっていないということは、雷様にへそを取られていないということだ。だから、調査は終了。だがもし、僕が報告しなかった件を伝えていたら、調査は終了にならなかっただろう。かといって、僕が調査終了を画策したわけではない。


 宏生が入館時と同じように正面玄関のドアをこじ開けると、愛達は外に出て行った。

 最後尾で外に出た僕は、数メートル進んだところで、勝手に閉まるドアの音を長い耳で捉えた。と同時に、気付いた。その音の直後、愛達が踵を返したのだ。正面玄関のドアに向かおうとしている。


 前回と同じだ。

 愛、宏生、結菜は、先程まで居た館内での全ての記憶を失っている。


 正面玄関に向かう愛が足を止めた。通信に気付いたからだ。

 愛のバングル状のデバイスから出た芽は、伸びて細い茎となり、蔓となってさらに伸び、途中で蔓先は二股になり、一つの蔓先は耳介に近寄り、もう一つの蔓先は口元に近寄った。


「スピーカー機能」

 透かさず愛が、バングル状のデバイスに指示を出した。


「俺の話を聞いてください」

 焦りまくる蓮の音声が聞こえてきた。彼は特殊バン内にいる。


 愛が無表情で首を傾げた。

 結菜が怪訝と不機嫌が入り交じった顔で、胸の前で両腕を組んだ。

 宏生はいつもと変わらず、にこやかに次の言葉を待っている。


 僕は急いで髭を波打たせ、首輪状のデバイスに蓮への通信の指示を出した。

 僕の記憶は正常で館内での記憶は保持されていること、館内では外との通信は不能だったことなどを伝えた。


 蓮は愛達に経緯いきさつを話した。


「またもや記憶が無くなってるってこと?」

 甲高い声を上げた結菜の目が据わった。訳の分からない事態に苛々して不機嫌になっている。

 愛は無表情で黙っている。脳内を整理しているのだ。

 宏生は平静を装いながらも考えている。


「兎兎。皆に館内での様子や調査の報告をしてください」

 蓮の促しに、僕は髭を波打たせて首輪状のデバイスに通信の指示を出した。


 愛達それぞれのデバイスから芽が出て、それらが伸びて茎となり、それらの茎にそれぞれ一枚の葉が付き、それらの葉が細胞分裂と細胞伸長で拡大し、それぞれ画面に分化した。そこに表示された僕の報告を、みんな無言で読んでいる。


 ここでも僕は、例の件は報告に入れなかった。


「わかった」

 ポツリと愛が呟き、再び黙り込む。脳内を整理し直している。


「調査結果は出て、雷様へそ処理チームに回して終了。ってことになったんだから、もうそれで良いじゃん」

 さも鬱陶しそうに口を尖らした結菜が、両手を挙げて振った。

「調査は終わり~。終わり~」

 面倒な調査はもうしたくないという気持ちがあからさまに出ている。

 まあ、仕方ない。館内での調査の記憶は無くなるのだから、遣り甲斐を感じないよな。


「一応、出た結論じゃ」

 じゃが……と言い掛けた宏生を、先手を打つように結菜がキッと睨んだ。宏生が笑ってごまかす。


 黙り込んでいた愛が、無表情のままで結菜を見た。

「再び調査に行く」


「その理由は?」

 目を見開くのと同時に結菜は問い掛けていた。


 愛の視線が特殊バンに向いた。

「蓮の意見は?」


「皆さんの記憶の異常。このことから、やはり、必ず雷様に何かのへそが取られていて、館内では何かの怪奇現象が起こっていると考えられます」


「そういうことだ」

 愛の視線が結菜に戻った。真剣な顔付きの演技で結菜を見詰める。


 結菜を納得させるために、愛は蓮に意見を聞いたようだ。さすがチームリーダーだ。結菜の扱いを心得ている。

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