第7話 へそ調査(総合博物館)再調査

 僕と愛達は総合博物館の正面玄関の前に立った。


「ドアを開ける道具に分化」

 前回の調査と同様に、宏生は手首に装着しているバングル状のデバイスに指示を出した。


 デバイスから出た芽が伸びて細い茎になり、蔓となってさらに伸びる。その蔓先が、ガラスの両開きドアの形状を把握するように触れていく。つと、その動きが止まった。

 何か不具合があったのだろう。

 蔓先がアポトーシス(細胞死)し、新たな蔓先が作られた。その蔓先は先とは違う分子構造だと、僕の視覚は捉えた。

 蔓先がドアの形状を把握すると、鍵穴に近寄っていく。そのまま鍵穴の中に蔓先が入り、鍵に分化すると思ったが、すっと後退するようにして入るのを止めた。

 また何か不具合があったのだろう。

 蔓先は左右のドアが合わさる部分をなぞるようにして触れた後、こじ開けるのに最適な形状のバールに分化した。


「分化したバールでドアをこじ開けよ」

 宏生の指示に従って、デバイスから伸びる蔓の先で分化しているバールの先が、合わさるドアの隙間に差し込まれた。強靱な蔓が腕のような動きをし、あっという間にドアはこじ開けられた。


「枯死せよ」

 宏生はデバイスから伸びる蔓の根元をもぎ取ると地面に投げ捨てた。蔓と蔓の先で分化していたバールが速やかに枯れていく。


 宏生を先頭に、愛達は館内に入った。

 数メートル進んだところで、最後尾に並んで進む僕の長い耳が、勝手に閉まるドアの音を捉えた。

 愛達は気付いていない。


 受付カウンターには誰も居なかった。


「誰か居ないの?」

 結菜がストレートに怒鳴った。


 奥から若い女性がビクビクしながら出てきた。


「雷様へそ調査チームです」

 愛がすっと女性に近寄った。

「リーダーの愛です」

 ニコリと笑う演技をした。


「よかった」

 ポツリと呟いた女性が、両手を胸に当ててほっとしたように頬を緩ませた。

「私は受付の西です。来ていただけたんですね」


「はい。しかしながら、正面玄関のドアはこじ開けました」

 申し訳ありませんと、愛は頭を下げた。


「それは大丈夫だと思います」

 微笑んだ西がはっとする。

「すぐに館長を呼んで参ります」

 そそくさと西は、先程出てきた奥の部屋へと戻っていった。


 僕は違和感を覚えた。それは、愛達も感じているはずだ。と思ったが、愛達は何も感じていない様子だった。


 再調査なのに、なぜ愛と西さんは初めて会ったように話すんだ? 愛だけじゃない宏生も結菜も皆、お互い初対面だと思っている。なぜだ?


 訳が分からないと混乱しかけて、僕は思い付いた。

 急いで髭を波打たせ、首輪状のデバイスに指示を出した。その直後、通信はできないかもしれないと気付く。だが、愛の手首に装着するバングル状のデバイスから芽が出て、それが伸びて茎となり、その茎に一枚の葉が付き、その葉が細胞分裂と細胞伸長で拡大し、画面に分化した。


 通信ができた。

 僕は目を見開いた。


「受付の西さん、覚えていないの?」

 画面に表示された文字を読み上げた愛が、無表情で振り返り、僕を見下ろした。

「兎兎」

 なんで僕がここにいるのか理解できないといった表情の演技をしながら、口頭で僕をたしなめた。

「今回の調査、あなたは待機って言ったわよね」


 結菜と宏生が一斉に振り返り、僕を見下ろした。どちらもビックリしている。


「それに、この質問の意味はなに?」

 愛の顔が無表情になった。混乱している。


 僕が待機させられたのは、前回の調査の時だ。そう考えると、愛はこの調査を再調査ではなく初めての調査だと思い込んでいる。愛だけじゃない。宏生や結菜もそう思い込んでいる。

 僕は悩み、考え、閃いた。

 はぐらかせるかどうか、ドキドキしながら、デバイスに指示を出す。


「その質問は、通信ができるかどうか、確かめてみただけだよ」

 愛は画面が変わって表示された文字を読み上げた。無表情で僕を見下ろし、首を傾げた後、納得いかない表情をして見せた。


「お待たせしました」

 西が館長と共に出てきた。


 僕はホッとした。


「館長の大橋です」

 丸眼鏡を掛けた白髪の男性が愛達に向かって話し掛けた。

「通信系は全て不通ですし、外に出られるドアは全て開かない状態ですので、どうやって連絡を入れようかと困っていたので、こうやって来ていただけて、ほっとしています」

 本当に安堵の表情で微笑んだ。


 館長も初対面か……たぶん、みんな、初対面ってことだな。

 僕は苦笑うように髭をひくつかせた。


「他に困っていることはありますか?」

 愛が単刀直入に聞いた。


「非常用電源で対応していますが、停電が続いています」


「それだけ?」

 鋭い目付きで結菜が突っ慳貪にズケズケと聞いた。


 少々たじろぎながら館長は考え、少々申し訳なさそうに答えた。

「こちらとしては、それだけです」


 怪奇現象は起きていないのか?

 僕は唖然とした。


 結菜は何も発せず、つんと館長から顔を背け、愛の横顔を見た。

 いつもこうだ。結菜は調査に向かった先では、つけんしている。まあ、人それぞれで、彼女としては、これが誠実で真剣な態度なのだ。


「職員の皆さんの体調は大丈夫か、怪奇現象はないか、調査させてもらいます」

 いいですか? というように、愛は館長に向かってニコリと微笑みの演技をした。


「よろしくお願いします」

 館長は頷いた。


「それから、2階の講義室をお借りしていいですか?」

「どうぞ」


 館長と愛の遣り取りを聞きながら僕はガックリしていた。

 愛と通信ができたことを思い出した僕は、急いでデバイスに指示を出したのだが、蓮への通信は不能だったからだ。

 やはり、館内以外の通信はできないということだ。

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