第10話 お嬢様からの挑戦状
ヘヴィタートルが持ち上げていた蛇の尾を俺に向かって振り下ろしてくる。単純な攻撃だ。だが威力はなかなかのものだろう。
「バリア」
俺の前に現れた障壁が攻撃を防ぐ。敵の魔獣がこちらに意識を向けている間にシンディが素早く魔獣の後方へ移動した。
シンディが魔獣を挑発する。
「さあさあ、亀さん! わたくしはこっちですのよ!」
俺の障壁を破ろうと攻撃を続けていた蛇の尾が、シンディの側に意識をとられる。二つも頭があるせいで前方と後方から同時に挑発されれば動きが鈍るのだ。とはいえ、全く動けなくなるというほどのこともないのだが。
俺もシンディに負けじと魔獣を挑発する。
「さあさあ! お前の攻撃はもう終わりか!? お前の敵は目の前にいるぞ!」
「あなたの後ろにも敵はいましてよ!かかってきなさいな!」
二人で挑発を続けているうちに、魔獣の怒りが溜まる。そして、勢いよく魔獣が動き出す!
蛇の尾がシンディに向かって一直線に伸び、亀の頭が俺へ向かって一直線に伸びた。逆の方向へ同時に体を伸ばそうとしているせいで、この魔獣は体に無理をさせている。
「バリア」
発生した障壁が、伸びてきた亀の頭を弾いた。
魔法で発生する障壁の射程距離は狭い。だが、一切攻撃に使えないというわけではない。
「バリア」
新たに発生した二つの障壁が、伸びきった亀の首を挟む。そして万力のように、力を込めるように、俺は二つの障壁を動かしていく。出現させた障壁を動かすにはかなりの集中力を必要とするが、不可能ではない。
「名付けてバリアギロチンだ」
血しぶきが上がった。亀の首が切断され、動かなくなった。あとは蛇の尾が残って……はいないようだな」
「ディン君。こちらは終わりましたのよー」
「ああ、こっちも今終わったところだ」
お互いに手を振る。シンディの手元には剣の形をした風のようなものが確認できた。
「ディン君が戦うところ、しっかり見えていましてよ。流石の実力です!」
「お褒めにあずかり光栄だ」
それから俺は後方を確認する。後方に待機していたダリーが嬉しそうに両手を振っていた。彼女にも手を振り、俺は魔獣の亡骸を見た。
「さて、魔獣の亡骸だが、どうするか」
「それなら、任せていただけるかしら。わたくしの鞄の出番です」
シンディは背負っていたリュックを降ろし、口を開ける。そうして魔獣の亡骸へ向けた。彼女は何らかの呪文を唱えた。すると、魔獣が吸い込まれるかのようにリュックの中へ吸い込まれる。数秒後には、そこから魔獣の姿は消えていた。
「近年開発された魔道具。マジックバッグです。小さな建物一つくらいなら丸々収納できましてよ」
「便利な物を持ってるんだな」
「ええ、便利でしてよ」
その時、シンディがいたずらっぽく笑った。
「あなた、これが欲しくはありませんか?」
「……欲しいか、欲しくないか、で言えば欲しいが」
なんだろう。嫌な予感がした。そしてその予感は的中する。
「ディン君。わたくし、マジックバッグをかけてあなたと決闘がしたいのですわ。大丈夫、模擬戦のようなものです!」
急にそう言われてもな。俺が買った場合、彼女のマジックバッグが手に入る。それは分かった。
「ところで、君が俺に勝った時は、君は何を望むんだ?」
「あなたが欲しい! ですの!」
「……俺!?」
「ええ、そうでしてよ!」
シンディは腰に手を当て自信満々の表情だ。しかし俺が欲しいか……なるほど。
「過去にも高価な物品をかけて相手を奴隷にしたという例はあるらしいが、なかなか悪辣なことをするじゃないか」
「え、いや……わたくしそういうつもりでは!? 勘違いでしてよ!?」
シンディは慌てている。何か誤解を解きたいという感じに見えるが、俺は彼女に対して何かを誤解している?
「勘違い? どういうことだ?」
「わ、わたくしが買ったら……わたくしが買ったら、ディン君にはつきあってもらいたいのです! まずはデートからというやつです!」
「え!? あ、そういうことなの!? それは……」
勘違いでシンディに悪いことを言ってしまった。俺は彼女に頭を下げる。
「悪辣とか言ってすまなかった」
「それはまあ、良いでしょう。うん」
お互いの心中が分かったところで改めて顔を向けあう。
さて、どうするか。
「そういうことなら、俺は別に決闘を受けても良い。模擬戦のようなものなんだろう」
「ええ、そういうことです。あなたが決闘を受けてくれるのなら、課外授業が一通り終わってから、いつでも試合をしましょう。そうして、わたくしはあなたの強さをもっと知りたい」
パーティーを組んでからずっと思っていたことだが。
「やけに俺の強さとやらにこだわるな。シンディは」
「ええ、あなたの防御魔法はわたくしに足りていないものですからね。わたくし、自分にないものを持つ人には、ぜひいろいろ学びたいと思いますの。それに」
「それに?」
「わたくし、あなたと一緒に行動して、単純にあなたに興味が出てきていましてよ」
俺もシンディに興味が無いわけではない。ダリーと同じくらいに一人の人として興味がある。彼女もそのような感じ……ではないように感じる。
「わたくしとディン君。もっと知り合って、もっと仲良くなっていけると思いませんか?」
「それは、そうだな」
そんな会話をしていた時、俺たちの間にダリーが割って入ってきた。彼女は両手をパンパンと叩く。
「はいはーい。二人とも長話はそこまで。暗月草を回収して村に戻るよー」
「そうだな。他の生徒たちが来ないうちに回収して行こう」
「だねー」
ダリーはいつもよりキビキビとした動きで暗月草を回収すると、それを鞄に入れ、ツカツカと歩いていく。
「あんまり先行するなよ。どこに魔獣が出てくるかわからないんだから」
「うん」
「ならもうちょっと、いつもみたいにのんびり歩いてくれ」
心配なのでダリーの元へ急いでついていき、並んで歩く。シンディも後ろからついてきているが、彼女が話に入って来る気配はない。
「もう、勝手にデートの話なんかして。ディン君ってそういうキャラじゃないでしょ」
「そういうキャラって……普段の俺はどういうキャラなんだよ」
「もっと朴念仁というか。恋心には鈍いっていうか」
「ああ、そうかもな」
「シンディと一緒に戦うのも抜群のコンビネーションだったし、私妬いちゃうな」
「うまく戦えたのはダリーが後ろに控えてくれていたからだよ」
森の中を並んで歩いている。ダリーが俺をちらりと見た。
「ほんとに私が控えてたからうまく戦えたんだよね?」
「もちろんだ。さっきも言っただろう」
「なら、私もほんの少しはディン君の役に立てているんだね」
安心したように、ダリーはゆっくりと息を吐いた。
「とりあえず、無事に課外授業を終わらせないとね」
「そうだな」
その後、俺たちのパーティーは無事に村へ戻ることができた。俺たちが最も早く村に戻り、ヘヴィタートルを討伐したことを先生たちに伝えると驚いていた。アシュリー先生は驚きつつも納得しているようだったが。
俺たち以外の生徒たちも戻ってきて、北の森での課外授業は無事に終わった。
三日目には学園まで戻ることができ、翌日は休みをもらえた。だが、若者の体力は有り余っている。俺とシンディ、そしてなぜかついてきたダリーの三人で生徒会を訪ね、決闘の申請の受理を頼む。
「……課外授業が終わったばかりではありますが、わたくしはディン君に決闘を申し込みますわ!」
「俺の方も同意できている。決闘の申請の受理を頼む」
「私は二人についてきただけの一生徒なのでおかまいなくー」
俺が学園に来てから二度目の決闘が始まる。
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