第9話 北の森の課外授業

 森の中を進む。この辺りはタムリアと呼ばれる土地で、この森にも、近くの村にも、同じ名前が付けられている。つまりここはタムリアの森だ。


 周辺には多くの木々が並び、草が茂っている。足元の土はしっかりと固く、歩いて進むこと自体は難しくない。が、ここは普通に迷いかねない。いざとなれば魔煙筒を使えと先生は言っていたが、そうなる生徒たちはいくらか出て来るのではないかと思えた。


「ダリー、シンディ。離れるなよ」

「うん」

「それが良さそうですわね」


 三人で集まって行動することを意識する。他のパーティーと組んで行動しても良かったのだが、この授業はより早く課題をこなして戻って来た方が評価が高くなるということで、それなら競争するかという気持ちになる。焦りはしないが急ぎはするのだ。


「さて、課題の暗月草だが、より暗いところであるほど育ちやすいんだったか。先週ヒナ先生の授業で聞いたな」

「そうだったっけ?」

「あらダリーさん。授業の復習はちゃんとしていまして? Aクラスでも暗月草の授業は、ちゃんと受けてますのよ」

「えっと……ああ……確か授業中にちょっとだけ話してたね」


 ダリーはようやく先週の授業中にあった話の内容を思い出したようだ。彼女は記憶を確かめるように俺たちへ訊いてくる。


「暗月草は……深く青い色の葉をつけて花は白色。暗い場所に群生している……んだったよね? 特に巨大な木の下には生えやすい……だったかな?」

「よく覚えてるじゃないか」

「えへへ」


 暗月草について確認をしなおしたところで、俺からもシンディに確認をとっておくことがある。


「シンディ。さっきの準備時間中にも話したことだが、俺たちの向かってた方向に、特別背の高い木があったのは間違いないな」

「ええ、この辺りまで魔法の箒に乗ってやってきましたが、わたくしたちが進んでいる方向に特別背の高い木がありましてよ。あの木の下まで着くにはそれなりの時間がかかるでしょうが、高い確率で暗月草が生えているでしょうね」


 確認がとれた。彼女も俺たちと同じパーティーを組んでる以上、意図して間違ったことは言わないはずだ。なら、俺たちは今進んでいる方向へこのまま歩き続けるだけだな。


「遭難と魔獣には気をつけて進んでいこう」

「了解だよ」

「そうですわね」


 自然豊かな森の中を進んでいく。木々の間からは太陽の光が差し込み、なかなかに心地よい。目的地まで迷うことなく、魔獣と遭遇することもなく、時間が過ぎていく。そして昼前というくらいの時間。それまで差し込んでいた太陽の光が遮られる。


 俺は頭上を見上げた。そこには枝葉が伸び、空からの光を遮っている。俺は視線を前方に向けた。そこには横幅何メートルもありそうで、縦にも塔のように高い、巨大な幹が見える。そんな巨大な気の根元には白っぽいものが集まっているのが分かった。その近くには大岩らしきシルエットも見える。が、何か妙だな?


 その時、シンディが呪文を唱える。


「ライト」


 シンディの手から光球が発生し、浮かびあがる。辺りが照らされ、明かりが巨木の根本にある草花の姿をあらわにした。白い花をつけ、青い草を伸ばした背の低い植物。暗月草だ。同時に、光球は群生する植物の中央に陣取る魔獣の姿も照らしだす。妙な大岩かと思っていた物は亀の姿をした魔獣だ。頑丈そうな甲羅と太い脚を持っている。尾は蛇のように見えるな。あれは確か。


「ヘヴィタートルですわね」


 魔獣を見ていてもすぐに動こうとするようには見えない。魔獣から離れた位置でダリーとシンディがのんびりと話す。


「知ってるの? シンディちゃん」

「ダリーさんもこの魔獣については習っているはずでしてよ」


 シンディの言う通り、俺たちはこの魔獣について習っている。最初の魔獣学の授業の時だ。先生が話していた。


「……動きは鈍いが縄張り意識が強く、その巨体は並の攻撃を通さない。尻尾にも蛇の頭があり、前後の敵へ同時に対応できる……だったな。先々週の授業で習っている。近づかなければ害のない魔獣だと聞いてはいるが」

「縄張り意識が強いですから、近づけば攻撃してきますわ。並の魔法は利きませんし攻撃されれば腕の骨の一本くらいは覚悟しないといけませんわね」

「先生たち、この魔獣が居ることは分かったうえでこの課題を出しているのか」

「かもしれませんわね。ですが、対処は難しくありません。わたくしとディン君の二人で注意を惹きつけているうちに、ダリーさんに暗月草を回収してもらう。というプランもありますが……」


 そこでシンディはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「先生たちは、あれを倒してはいけない。なんて言ってはいませんでしたわね」


 シンディの言いたいことはなんとなく分かった。一応、続きの言葉を促す。


「それで、どうするつもりだ?」

「わたくしとディン君の二人であの魔獣を討伐しませんこと? そうすれば後からやってきた生徒の皆さんが安全に暗月草を回収できますの」

「すると?」

「わたくしたち二つのクラス全体の評価が上がることにつながります。ウィンウィンだと思いませんか?」


 なるほどな。だが。


「そうは思わないな」

「あら?」

「DクラスはともかくAクラスの生徒たちなら、無難にこなせる課題だろう。君たちの側は、この課題で評価を得ることはそれほど難しくないはずだ。つまりDクラス側に大きく得な提案に思える。シンディ、君の提案には何か別の理由があるな?」


 俺の言葉を聞いてシンディはニヤリと笑った。


「ディン君……ご名答でしてよ!」

「聞かせてもらえるなら、理由を聞かせてもらおうか」

「先にも言いましたけれど。わたくしはディン君の強さに興味がある。だから、あなたの近くでもっと、あなたの戦いを見てみたいのです。あなたが戦うところは、わたくし一回しか見ていませんもの」


 シンディは俺とハートマ先生が戦うところは見ていただろうが、それだけでは足りない様子だ。俺はべつに手札を隠そうなんて思ってないし、共闘することは構わない。ま、隠す手札もないんだがな。


「……了解した。俺とシンディで協力してヘヴィタートルを討伐する」

「そうこなくては!」


 ダリーの方を見る。彼女は暇そうに欠伸をしていた。彼女のケモミミもへにゃっとしている。


「そういうことで良いか? ダリー」

「あいあい。構わないよ。それじゃあ、私はいざという時のために待機しておくかな。私も治癒魔法くらいは使えるからね。ディン君たちが怪我をすることはないと思ってるけど、念のために待機しておくよー」

「分かった。いざという時はダリーを頼りにさせてもらう」

「任せといて!」


 親指をぐっとあげるダリーは少し頼もしく思える。怪我をする気はないが、ダリーの優しさも嬉しく思えた。


 軽く準備運動をしながら、シンディと作戦を練る。ヘヴィタートルはその場から動こうとしないので納得ができるまで作戦を練ることができた。


「……では、戦闘開始といくか」

「作戦通りに、頼みますの。攻撃はわたくし、防御はあなた。ですわ!」

「分かってる。任せておけ」


 俺たちはゆっくり歩きながら前方の魔獣に近づいて行く。歩を進め、ほどなくしてヘビィタートルのテリトリーに接触した。蛇のような尾が持ち上がり、二つの頭が俺たちを睨む。


「さあ、かかってこい!」

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