第8話 高貴なるシンディお嬢様!

 次の一週間は目立ったトラブルもなく穏やかに過ぎていった。ヒナ先生に言って教室を借り、自分用のポーションをいくつか作っておいた。ついでにダリーの分も作っておいた。彼女は治癒魔法を一応使えるようにはなっているが、まだ安定はしていない。


 そうして授業をこなしているうちに休日が来て、新しい週が来た。その週は、最初の日から課外授業だ。この授業は三日間をかけて行われる。初日は来たの山を越えた先にある村へ向かい、二日目は村周辺の森を探索、三日目で戻って来る。そういう日程だ。


 北の森へ向かうのはAクラスとDクラス。ちなみにBクラスとCクラスの生徒は東の森へ向かう。課題の内容自体はどのクラスもそれほど変わらないらしい。


 そんなわけで俺たちDクラスノ生徒はアシュリー先生に先導されて、エルパルスから北の平原を移動している。ちょうど街を出てから一刻ほどだろうか。リュックを背負い黙々と平原の道を進む。


 今、平原を歩いて移動しているのはDクラスの生徒だけだ。Aクラスの生徒たちは箒に乗って北へ飛んで行ってしまった。どうも彼らAクラスの生徒たちは優先して箒飛行を学んでいたらしい。不公平を感じなくもないが……箒による飛行は難しいらしいからな。万が一にDクラスの生徒が事故を起こさないための配慮なのだろう。そう思おう。


 黙々と歩く俺の横ではダリーが明らかに疲れた顔をしていた。というか彼女はDクラスの生徒たちの扱いについて明らかな不満を持っているようだ。片や魔法の箒、片や徒歩だからな。気持ちは分かる。


「ディン君。これって絶対不公平だよ。学園側の怠慢だよ」

「……怠慢ではないと思うが」

「だったら傲慢だね。私はこの扱いに対して断固抗議するよ」

「そう言うな。アシュリー先生だって一緒に徒歩で移動してくれてるんだから」

「むう。ディン君はもっと世の不平と戦ったほうがいいよ」

「君……世の不平と積極的に戦うタイプじゃないだろ。それに俺も見過ごせないことには異議を唱えるさ」


 ダリーが退学の危機だった時とかな。だが、今は別に憤るような時ではない。こうして遠くまで歩くのは嫌いではないし。


「ま、たまにはこうするのも悪くないだろ」

「そうなの?」

「友達と一緒に遠くまで歩くのって良くないか?」


 俺がそう訊くとダリーのケモミミがピンと立った。彼女は尻尾を振って、俺から視線を逸らす。


「ま、まあ私も友達と歩くのは嫌いじゃないかな。そう! 友達とね」


 なんとなくだがダリーの疲労が回復したように見える。これなら、まだしばらくは歩けそうだな。


 平原を越え、背の低い山を越え、目的地の村までやってきた。へばっている生徒もそれなりの人数居るが、無事に到着できたな。


 村に到着してから、俺たちはここで唯一の協会へ案内される。建物の前にはそこそこ広い土地があり、Dクラスの生徒はここでキャンプをすることになる。Aクラスの先生および生徒は村の教会や宿屋に泊ることになっているという。


 ここでもダリーが「不平等だー」と言っていたが、ヘロヘロの彼女には騒ぐだけの元気はない。力なく拳をあげて、疲れのたまった声で不満を訴えるだけだった。


 アシュリー先生はキャンプの準備をする生徒たちを手伝っている。ダリーがアシュリー先生と同じテントで寝ることになったのだと、ついさっき言っていた。俺はルームメイトのベンと同じテントで寝る。


 そうして教会の前にいくつもの山羊皮のテントが張られ、俺たちはそこで一晩を過ごす。


 翌朝、諸々の準備を終えて俺たちは村の端に集まっていた。先生たちやAクラスの生徒たちとも合流している。Aクラスの担任は陰気な様子の人族、壮年の男だ。確か呪術を教えているんじゃなかっただろうか。呪術は新入生が受けられる授業ではないので、この先生の授業がどんな感じなのかはよく分からない。


 先生がたは生徒たちに、今日の課外授業の課題を話している。どうやら三人一グループを作って森の中に入り、指定の植物を採って戻って来るという課題のようだ。森の中には魔獣も出現するため充分に注意して動くこと。危なくなったら魔煙筒を投げて助けを呼ぶこと、などが説明された。


 それらの説明が終わり、少しの準備時間が儲けられる。これから即席のパーティーを作り、持ち物などの確認をしてもいいし計画を練っても良いという話だった。生徒たちには先程説明のあった魔煙筒やコンパスなどが配られている。


「ディン君。一緒にパーティーを組もうよー」


 準備時間になってすぐにダリーが俺に話を持ちかけてきた。とくに断る理由はない。


「ああ、構わない。組もう」

「やった」


 ダリーは腰のあたりで拳を握る。さて、パーティーメンバーはあと一人必要だ。誰と組もうか……ベン辺りを誘っても良いが。などと考えていると一人の生徒が俺とダリーの元へやってきた。


「あなた達。まだパーティーメンバーが決まっていないのではなくて?」


 声のした方を向くとそこには一人のエルフの少女が立っていた。深い緑色の髪を背中まで伸ばし、耳は長い。スラッとした体つきで背は俺と同じくらいある。同じ学年の女子と比べると背は高く感じる。


「君は?」


 訪ねると彼女は「ふふん」と笑いながら長い髪をサラリと撫でた。自信満々の口調で、彼女は言う。


「わたくしをご存じないのかしら?」

「ご存じないな」


 少なくとも名前は分からない。


「では、教えて差し上げますの!」


 彼女は俺に握手を求めるように手を伸ばしながら、高らかに名乗る。


「下々の者よく聞きなさい! わたくしはシンディ! 高貴なるグレース家のシンディ・グレースですわ!」

「なるほど。俺は――」

「ディン君ですわね。よく存じていますの!」


 俺のことは知っていたか。


 高圧的な感じはあるが、害意は無いように感じる。が、同時に敵意は感じられる。直接的な対決を望んでいるようではないが、ライバル視されているような感じがする。


 とりあえず、彼女から握手を求められているようなので応じる。すると彼女は俺の手をしっかりと握り返して、こんな提案をする。


「ディン君! 一緒にパーティーを組みませんこと? あなたたち、まだメンバーは一人必用でしょう?」

「それは確かにそうだ」


 俺としては構わないが、ダリーはなんて言うか。俺はダリーの方を見る。


「良いんじゃない。三人パーティーは組まなきゃいけないし、AクラスとDクラスで混成のパーティーを組んじゃダメってルールは無いしね」


 ふむ……周りを見たところAクラスとDクラスの生徒はそれぞれのクラスメイト同士でパーティーを組んでいるパターンが多いようだ。が、シンディのように別クラスの生徒へ話かけに行っている生徒も居ないわけではないな。


「分かった。シンディ。俺たちは君とパーティーを組もう」

「どうも、よろしくお願いしますの」

「ただ、どうして別クラスの俺たちとパーティーを組もうと思ったんだ?」


 そう聞くとシンディはにやりと笑い「簡単なことですわ」と言って続ける。


「Aクラスの多くの生徒は、あなたがハートマ先生に勝ったことについて、まぐれ勝ちだと言っていますが、わたくしはそう思いません。あなたは確かな実力でハートマ先生を圧倒してみせた。私は近いところからあなたの強さの秘密が知りたい。というわけでしてよ」

「なるほど」


 俺の強さに興味を持ったと。


「さ、そんなことより、早速作戦を立てましょう。準備時間はそれほど長いわけではないのですから」

「そうだねー」

「了解した」


 それから少しして、俺たちは森へと足を踏み入れていく。

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