第7話 噂の新入生

 アシュリー先生とハートマ先生の二人に出会った俺たちは、話を合わせているうちに同じ店で食事をすることになった。どうしてこうなったかを語れば短くまとまる。ハートマ先生が俺を気に入り、一緒に食事をしたがったからだ。はあ……。


 俺と先生二人と、ダリーも席についている。テーブルを挟んで先生たちと顔を合わせる形になっているが、意外とダリーは普段通りの様子だ。ハートマ先生との一件をダリーはもう気にしていないようだ。


「さあ! 二人とも! 今日は先生の奢りだ! 若者は遠慮せず食え!」


 うーん。俺もだいぶハートマ先生から気に入られたものだな。彼女との一件はあったが、悪く思われてないのは良いことか。それとも何か裏が……いや、ハートマ先生はそういうタイプではないな。この人は良くも悪くも正直な気持ちを相手にぶつけるタイプだ。


 すぐに注文をしても良いが……まずは店内を見回す。清潔感のある店内は西の国の装いで飾られ、オーナーの趣味と品の良さが感じられる。それでいて高級店のような雰囲気というよりは、どこかリラックスした雰囲気の空間だ。まあ……俺は実際に高級店というものには入ったことないのだが。


「先生たちはこの店によく来るのか?」


 その問いにはハートマ先生が頷いて答える。


「クローバーは初めてか。本店は南の国にあって、ここは中央支店だが、内装が西の装いなのはこの支店のオーナーがそういう趣味なのだろうな。ディンとダリーの二人は西から来たのだったか」

「ああ。その通り」

「そうです」


 俺とダリーの返事を聞いてハートマ先生はあごを擦った。そんな会話がされている間もアシュリー先生はメニュー表を見るのに熱心なようだ。


 アシュリー先生の代わりにハートマ先生が俺たちへ話をふってくる。


「クローバーの支店は西の国にもある。と言っても西の果ての港町に一店だけだ。貴様らはそっちには住んでいなかったのだろう。店に入ってあちこちをキョロキョロしているから初めてなのだとすぐに分かったぞ!」

「……なかなかの観察眼で」

「貴様の眼には叶わんさ。ディン」


 ハートマ先生は肩をすくめて言う。


「貴様、魔力量と観察眼、そして防御魔法の応用。どれを見ても一線級の魔法使いだろう。色々と調べさせてもらったぞ。貴様のような逸材がD判定というのはどうにも腑に落ちなかったからな」

「そのことは、俺も気になっていた」


 そこでハートマ先生はテーブルに身を乗り出し、声をひそめて続きを話す。


「私はこの学園に来て三年ほどだし、アシュリーは今年から赴任したばかりだ。だから特にアシュリーのことは責めないでやってほしい。私たちは調べてみるまで知らなかったのだ」

「何の話だ?」


 俺には話が見えないし、ダリーも不思議そうに首をかしげている。ハートマ先生はさらに声をひそめる。


「良いか。この先は秘密で頼むぞ。実はエルパルス王立魔法学園で現在使われている組分け水晶は、かなり古い物なんだ」

「ふむ」

「その水晶は新しい物に比べ判定できる魔力量の限界値が狭いんだ。そして、学園で使われている水晶は、測定する魔力量の限界値を越えると、判定がおかしくなるという致命的な欠陥がある」


 なるほど。そういうことだったか。納得した俺の横でダリーが「それっておかしくないですか?」と訪ねる。


「だって新入生にはエルフの子もいたじゃないですか。エルフってのは特別魔力寮が多いし、訓練してる子ならきっとさらに多くなるでしょう?」

「ああ、そのことか」


 ハートマ先生は上半身を引っ込めて肩をすくめた。


「それは簡単なことだ。ディンは多くの並のエルフよりは魔力量で優れる。多くの手練れのエルフには及ばないし、ヒナ先生などの熟達したエルフが相手だと足元にも及ばないという程度の魔力量だろう。それでも並のレベルと比べれば明らかに魔力が多い。ディンが獣人であることを考えれば、本来はありえないほどに」

「じゃ、じゃあ……」


 ダリーはうろたえながら言う。


「ディン君は新入生として想定されている魔力量を越えているから、それで組分け水晶の判定がおかしくなった。ということですか?」


 そういう彼女は憤っているというよりは困惑しているように見えた。ハートマ先生は困ったような顔をして「まあ、そうなるな」と言って頭を掻いた。


「や、やり直しを! ディン君の判定のやり直しを要求します!」


 声を荒げるダリーだが、先生たちは困った顔をするばかりだ。いつの間にかアシュリー先生も俺たちの話を聞く態勢になっていた。


「ダリー」

「ディ、ディン君も抗議しないと! これは学園の怠慢だよ!?」

「まあ落ち着け」

「う、うん……」


 ハートマ先生の話には少しだけ驚きはしたが、そうだろうなとも思える話だったし、今の話を聞いたからと言って俺が何かをするつもりになるわけでもない。


「校長辺りにこの事実を突きつけるなりして、決闘をするなりして、俺が他のクラスへと編入したとする。そうなった場合、俺はせっかく一緒になったDクラスの皆と離れることになってしまう。もちろんダリー。君ともだ」

「そ、それはそうだけど」

「俺としては別にクラスなんてどこでも良いんだ。どのクラスでだって魔法の知識は学べるしな。だったら、せっかく知り合った君たちの所が良い。それに、俺は魔法を一つしか使えない特化型の魔法使いだ。最新の水晶を使っても結局は同じ判定だったかもしれない」

「でもぉ……」


 ダリーは何か言いたそうだったが、やがてあきらめたようにため息をついた。


「……ディン君がそれでいいなら、私からは何も言えないね」


 この話は終わりだ。


「さ、メニューを選ぼう。ハートマ先生の奢ってくれる気持ちが変わらないうちに」

「そうだね」


 俺たちは料理を注文して、昼食を楽しむ。蒸した魚の料理を食べたがなかなかに美味しかった。ダリーは俺と同じものを頼んでいて、先生たちは芋料理を頼んでいた。


 クローバーか。良いお店を教えてもらえたな。


 食事をしながらもハートマ先生は俺やダリーに一週間の授業はどうだったかとか訪ねてきたので、楽しく学ばせてもらっていると答えた。特に魔法薬の授業や魔法生物の授業は興味深い。クラブ活動に興味はないのかと訊かれたが、今は考え中だと答えておいた。


 食後。ハートマ先生からの質問タイムは終わって、今度はアシュリー先生がこんな話をする。


「今年は噂の新入生が二人居て、学園の噂になってるんですよ」

「二人?」

「ええ、一人はハートマ姉さんに決闘で勝利したディン君。そしてもう一人は神童と呼ばれるAクラスの生徒です」

「へえ」


 そのAクラスの生徒とはどのような人物だろうか。


「もう少し詳しい話を訊いても?」

「ええ、構いませんよ」


 アシュリー先生は頷いて話を続ける。


「その子はシンディというエルフの生徒で、貴族の中でも由緒ある家柄だそうです」

「なるほど」


 エルフという種族は人族をはるかに超える魔力を持ち、獣人族よりも俊敏だ。ドワーフ族より力では劣るが非力というわけでもなく、他種族よりも総合的に優れている。なんだあの超人的種族。


 そんなことを考えているとアシュリー先生が目を細めて言う。


「今度の課外授業だとAクラスとDクラスが一緒に行動しますから、あなたとシンディが話をする機会もあるかもしれませんね」

「あー」


 そうか。その生徒と話をする機会があるかもなのか。仲良くなれたりはするだろうか。仲良くなれるなら、そうしたいが。


 俺の横ではダリーが「Aクラスには負けられないね。ディン君」などと言っていたが、次の課外授業はクラス同士で何かを競うものではなかったはずだ。が、俺も頑張ろう。

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