第6話 買い物デートと一瞬の防御

 学園生活が始まってから最初の週末。俺とダリーは二人でエルパルスの街へ買い物に来ていた。今は商店の立ち並ぶ通りへとやってきたところだ。


「感謝してよね。私だって誰とでもデートしてあげるわけじゃないんだから」


 などと言うダリーだが悪い気はしていないようだ。というか、そうか……デートか。


「男女二人だとデートってことになるよな。誰か一緒に誘うべきだったか」


 ルームメイトのベンとか。なんて提案しようとしたところダリーはぶんぶんと首を振る。


「いいよ。二人で買い物するんでしょ。なら、二人で行きましょ。ディン君が今日の買い物をそういうこととして意識してないのは、前の会話で分かってたしね」

「ん……ダリーがそう言うなら」


 このまま二人で買い物に行こう。俺とダリーはさっきまでそうしていたように、二人で並んで歩く。今日はヒナ先生が言っていた店へ行く予定だ。たしか『魔女の鍋』という店だ。買い物のために空のリュックサックも持ってきている。


「そういえば」


 ダリーが俺をちらりと見てから言う。


「ディン君は学園指定の肩掛け鞄じゃなくてリュックサックを身に着けてるよね。何か理由があるの?」

「理由か。学園指定の鞄は必須のものではなかったし、俺は昔からこのリュックを使ってる。それにリュックだと何かと活動しやすいぞ」

「ふぅん」


 ダリーとしてはもっと面白い答えを期待していたのだろうか。彼女の「そうなんだ」という相槌には気持ちがこもってないのがあからさまだった。


「なんだかディン君のやることってなんでも特別な理由があるのかと思ってた」

「特別な理由なんかないさ。何かに期待しているのか?」

「何かって言われると、ズバリ強さの秘密だね。ディン君の強さの秘密を知りたいんだよ」

「それを知ってどうするつもりだ?」

「この前ディン君に助けられて、私も強くなりたいと思ったの」

「なるほど」


 そういう理由か。しかし強さの秘密か……ダリーの前向きな気持ちは伝わって来るし、俺も彼女のために何かしてやりたいと思うが……どうするのが良いだろうか。とりあえず俺が普段どんな訓練をしているかを伝えたら良いか。


「……俺は普段から一定量の魔力を外に流すようにはしてる。あんまり体から魔力を出しすぎてもいざという時に魔力が足らなくなるから、最近は自然回復する魔力とほぼ同程度の魔力しか出していない。プラマイゼロの放出量だ」

「ふむふむ」


 ダリーは前を向いて歩いているが俺の言葉へ真剣に耳を傾けているのが分かる。


「……俺が子供のころは体が疲れを感じるくらいまでぶっ通しで魔力を放出し続けていた。というか、この訓練は最初の内はとても疲れるものだ。呪文の詠唱無しに体外へ放出する魔力の量をうまくコントロールするのは難しいからな。魔法の呪文っていうのは、魔法を使うために必用な魔力を適切に調整する役割も持ってるんだ」

「へえ~」


 ダリーから感心するような雰囲気が感じられる。彼女は俺に「先生みたいだね」と言ってきたが、俺は「魔法の初歩知識だ」と適当に流しておいた。すると彼女は反論してきた。


「それっておかしいよ。この一週間の授業でその初歩知識とやらを私は教わってないもの」

「ん……言われてみると確かにそうだな」


 俺は祖母からこれくらいは魔法の初歩中の初歩と教わっていたんだが……故郷とここでは魔法に対する考え方が違うのだろう。なんて考えているうちにも俺たちは目的の店へと到着した。店の看板には魔女の鍋と書かれている。ここで間違いない。


「ディン君。中に入ろう」

「そうだな」


 俺たちは二人で入店する。店内に入ってまず感じたのは何かの植物の匂い。そこに何かの鉱物のような匂いも混ざっているように思える。店内を見回すと鍋などの器具の他に、様々な植物や、骨、鉱石などが置かれていた。奥のカウンターではほっそりとした老人がウトウトしているのが分かった。


 声をかけてみると老人はハッと起きて応対をしてくれた。陽魔草と光ゴケが欲しいことを伝えるとすぐに持ってきてくれる。見た目の割に動きはキビキビとした老人だった。


 買い物を終え、陽魔草と光ゴケはリュックに収納する。鍋などの器具はヒナ先生に言って学園の物を借りるとしよう。とりあえず、これで必要な物は手に入った。店を出て俺はダリーに言う。


「ダリー。君に案内してもらったおかげで迷うことなく買い物をすることができた。もうすぐお昼だし、何か食べたいものがあれば奢るぞ。とはいえ……予算のことを考慮してほしくはあるが」


 俺がそう言うとダリーは両手をグッと握った。尻尾を嬉しそうに振っている。その様子を見ると俺の尻尾もついつい動いてしまう。獣人は感情が分かりやすいと言われるのは、こういうところからだ。


「やった。なら、通りを歩きながら、お昼を決めましょ。もちろんディン君の奢りでね」

「ああ、任せておけ」


 そんな風に歩き出してから、ほどなくしてのことだった。


 俺たちの前方から、馬車が迫っていた。その手前にはボールで遊ぶ子どもの姿。歳は五から六歳といったところだろうか。なんだか嫌な予感がした。


 嫌な予感はすぐに現実となる。


 ボールが跳ねて、子どもがそれを追いかける。そこへ馬車が迫る。お互いに、お互いの接近に気付いていない。


 その瞬間、俺は動き出していた。バリアを張って子どもを守るには若干遠い。叫んでも馬車が止まるには間に合わないし、子どもが馬車を避けられるとも思えない。そんな時、俺ならどうするか?


 答えは簡単。バリアの射程距離まで一瞬で移動すれば良いのだ!


「バリア」


 俺は足元に小さな障壁を発生させた。反射性能を高めた特別製だ。それをかかとで蹴るようにして、俺は一瞬で加速。瞬時に子どもと馬車の間に移動した。


「バリア」


 今度は馬の体を止め、馬へ与えられるダメージが最小限になるよう調整した障壁だ。


 俺が一瞬で行動を終え、障壁に阻まれた馬たちがゆっくりと足を止める。その時になっても、馬車の御者も、馬たちも、ボールを手に取った子どもも、さっきまで俺の横に居たダリーでさえ何が起こったのかをすぐには理解できていないようだった。


「……怪我は無いか?」


 子どもに話しかけてみたが、彼女はぽかんとした顔でこちらを見上げているだけだった。


 その直後、馬車から降りてきた御者が、俺たちに「無事ですか!?」などと確認をとってくる。俺が無事だと言うと御者はほっとしているようだった。そこへまた急いでやって来る者がいた。


「ディン君!? 今その子を助けたんだね!?」

「危ないところを見かけたからな」


 目を丸くして驚いている彼女と、俺との会話を聞いて子どもも状況を理解できたようだった。彼女はたどたどしく「おにいちゃん、ありがとう」と言ってぺこりと頭を下げると逃げるように走っていってしまった。


「怖がらせちゃったかな」


 とダリーに聞くと。


「感謝してたよ」


 と、そう言ってから彼女は微笑み、肩をすくめた。


 それから俺とダリーはそそくさと、その場を後にした。面倒はごめんだ。それよりも、どこかで美味いものを食べよう。


 ……そう思っていたのだが。


「おや!? そこに居るのはディンとダリーではないか!?」

「あ、二人ともこんにちは」


 ばったりと二人の先生に出会ってしまった。アシュリー先生はともかくハートマ先生も居るとは。面倒なことにならなければ良いが。


 悪い予感はしつつも、先生を無視するわけにはいかない。ここは話を合わせつつ素早く離脱しよう。

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