第5話 魔法薬の授業
今日の二限目は魔法薬の授業だ。教室を移動して席に着く。
クラスの全員が席についてから、ほどなくして魔法薬の先生がやってきた。金髪碧眼、小柄で耳が長い。エルフという種族だ。彼女は一見すると俺たち新入生よりも若いように見えるが。しかしエルフは見た目が若くても年齢は数百歳ということも珍しくない。彼女は長命種なのだ。
先生は教室の前の方に置いてあった台座に乗った。彼女はまず生徒たちの出欠を確認し、それから名乗る。
「わしはヒナというものじゃ。こう見えて歳は五百を越え、歴史的な実績も残しておる。良いか。わしはかーなーり偉いのじゃ。決して幼子のように扱うでないぞ。怒るからな」
どうも先生はすごんでいるようだが、見た目が小さくて声が可愛らしいので怖くない。というか迫力が全く足りない。ま、本人がちっちゃい子扱いしてほしくないと言っているのだから、気を付けておこう。
「さて、わしがおぬしらに教えるのは魔法薬の知識じゃ。元々は錬金術と同じものとして扱われておったが、近年授業内容が細分化された。そしてわしは元々この学園で錬金術を教えていた。おぬしらが選択するなら、後期の授業でわしと顔を合わせるということも増えるじゃろうな」
そこまで喋ってヒナ先生は「おっほん」と、わざとらしく咳払いをした。少しでも威厳をだそうとしているようなのだが、子どもが背伸びをしているような印象を受けてしまう。
「早速授業を始めていくわけじゃが、まずおぬしらには初歩的な魔法薬の作り方から覚えていってもらうぞ。つまり初級ポーションじゃな。まあ、もっと正確な名前はあるが、長いし今は初級ポーションと覚えておけ」
初級ポーション。二週間後までになんとしてでも作り方を覚えたい。ここからの先生の話に集中しよう。
「初級ポーションの作り方は簡単じゃ。専用の鍋に水を入れ、沸騰するまで加熱、陽魔草と光ゴケを加え、魔力を流しながら混ぜる。上手く魔力を流せたなら完成じゃ。この薬を作る時、魔力を流すのに細かい調整は要らんぞ。最初は気持ち流しすぎるくらいのつもりで魔力を流せばよい。適当に二人一組を作って始めるのじゃ」
話を聞きながら素早くメモをとっておいた。防御魔法以外の魔法を使えない俺だが、単に魔力を流すだけのことなら問題ない。先生が言った通りに魔法薬を作ってみよう。
そんなふうに考えていた時、隣に座るダリーから「ディン君。一緒に魔法薬作ろう」と誘われた。断る理由はないので承諾する。
「よし、やるか」
「そうだね。ところで、魔法薬の素材は……」
ダリーは教室をきょろきょろしているが……わざとやっているのだろうか。魔陽草と光ゴケであれば、それらしきものがヒナ先生の背後、机の上にたくさん積まれているだろう。俺がそのことをダリーに伝えると彼女は「あ、そうなの?」と素で応えた。ぼけてたわけじゃないんだな。
「……おぬしらー。わかってると思うが魔法薬の調合に必要な素材はわしの後ろに置いてあるからのー。鍋は右の棚じゃからな。水は教室を出てすぐのところに井戸があるから、そこで組んでくるんじゃぞ……それから……」
尊大にも思えるようなところはあるが、授業の進め方は丁寧な先生だ。たぶん悪い人ではないのだろうと思う。そう思わせておいて実は……なんて人物もいるが、ヒナ先生は、なんというか裏表が無さそうに見える。
「……説明は以上じゃ。二度同じ説明はしたくないから、分からないところがあれば他の生徒に聞くように。何十人もおって全員話を聞いてないなんてことはないじゃろうしな」
そこまで喋って先生は黙ってしまった。今度こそ魔法薬の作成開始というわけだ。
俺はダリーを見る。すると彼女の黒いケモミミがピクリと動いた。
「それじゃあ、手分けして必要な物をそろえるぞ」
「分かった。分担はどうする?」
「水と鍋は俺が用意する。君はそれ以外のものを頼む」
「了解。井戸仕事は君の担当というわけね」
「そういうことだ」
一旦別れて二人で必要な物を準備してくる。教室に戻ってきてダリーと初級ポーションの作り方を復唱した。
「……作り方は覚えているな」
「ええ、なんとかね。忘れないうちに作っちゃおう」
「了解だ」
ダリーが魔道具で火の準備をしてくれた。水の入った鍋が沸騰するのを待ち、それから陽魔草と光ゴケを投入する。そうして俺は専用の棒を使い、鍋の中のものを混ぜながら魔力を流していく。ほどなくして鍋の中に変化が現れた。
鍋の中で液体が光っている。素材と水とが混ざり、魔力が流されたことでポーションに変化したのだ。ダリーが光る液体を覗きながら「わぁ」と楽しそうな声を出した。
「凄いね。液体が光ってる」
「他の鍋でも液体は光っているぞ」
何組かの生徒たちは俺たちと同じようにポーションの作成に成功したようだ。逆に上手くいっていない組も見られる。というか……そういう組の方が多いみたいだ。ヒナ先生はその様子を見ながら肩をすくめた。
「手順通りにやってポーションが上手くできない組は、鍋の中へ流す魔力が足りていないのじゃ。元々の魔力が少ない生徒だと鍋へ流せる魔力も少なくなる。これはもう魔力を増やすための訓練を繰り返すしかない」
魔力を増やす訓練。俺は生まれつき魔力の量が多かったし、幼いころから魔力を増やすための訓練も沢山おこなってきた。そのおかげで、今の俺には膨大な魔力がある。唯一と言っても良い俺の強みだ。まあ、そんな魔力でも多くのエルフに比べると見劣りするのが悲しいところだな。
なんて、考えていると、ダリーがゆるりと手を挙げた。
「……うむ。ダリー、質問かの?」
「はい」
「よろしい。どんな質問じゃ?」
ダリーは頷き、ヒナ先生へ質問する。
「魔力量を増やすには、どういう訓練をすれば良いのでしょうか?」
「良い質問じゃ。ダリー。答えるとしよう」
先生は再び「おっほん」と咳ばらいをした。なんともわざとらしい。
「良いか。魔力寮を増やすためには、常に魔力を外へ流すことが大切じゃ。呪文を唱える方法もあるし、ただ体外へ魔力を流しても良い。そうすることで体内の魔力量に空きが生まれ、魔力量に空きがあるほど、魔力量が戻った際に基礎的な魔力も増える、というわけじゃな。わかったかの?」
ダリーは「むむむ」と唸っている。それから「要は沢山魔力を使えってことですね?」と訊き返した。先生は「そうじゃ」と答える。
「何事も鍛錬の繰り返しが重要なのじゃ。ということで今日の魔法薬が完成した生徒から、わしへ見せにこい。採点をしてやろう。日々の復習も欠かさぬように」
先生の採点が始まった。俺たちも二人で作ったポーションを先生へ見せに行く。結果は合格。申し分ない出来のポーションだという。ひとまずは安心だ。
その後、二限目も終わりの時間になり、片づけが始まった。片づけ作業を進める俺たちに先生が言う。
「この教室を使いたいとわしか係の者に言えば、部屋と必用な道具の貸し出しはおこなうぞ。調合素材は切らしていることもあるから、それは街にある『魔女の鍋』という店で買うことを進めておく。では、片づけを進めるのじゃ」
魔女の鍋か。話を聞く限り魔法薬の素材を取り扱っている店のようだが。そうだな。
「ダリー」
「ん、なに?」
「今度の休みにでも買い物に付き合ってくれないか」
「え、それって!?」
ダリーのケモミミがピンと立った。彼女は俺をじっと見ている。じっと見られ続けると恥ずかしいな。
「……なにがそれ……なんだ? 君は昨日買い物をしてきていたようだし、俺よりはこの辺の地理に詳しいだろう? だから誘ったんだ」
真面目に聞き返すとダリーは「あ、なーんだ」と気が抜けたような表情になった。
「私の勘違いね。良いよ。今度の休み、買い物に付き合うよ」
彼女は何を勘違いしたというのだろう。とりあえず、まあ彼女には買い物をつきあってもらえるようで良かった。
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