第4話 新たな担任

 思考を目の前のことに戻そう。


 前方ではこげ色のハートマ先生が立ったまま気絶している。俺は上空で箒にまたがって浮遊している立会人に呼びかける。


「立会人。勝負はついたように思えるが」

「い、いえ。ルールでは場外に出すか降参をさせなければなりませんので」

「そうか」


 なら、仕方ない。


 俺は先生に近づいて行く。先生の側までより、魔法を発動した。


「バリア」


 至近距離で発生したバリアに弾かれて先生の体が跳ねる。何度か跳ねて先生の体が場外に出た。それを確認して立会人のギーが叫ぶ。


「決着ぅ! 教師対生徒の対決はまさかの生徒の勝利! ディン君の勝利です!」


 立会人の叫びに合わせるかのように会場がどよめく。困惑しているものが半数。歓声をあげる者が半数といったところか。


 ハートマ先生に急いで駆け寄る者が居た。俺の組み分けを担当した若い女教師だ。彼女は先生の側でしゃがみ、魔法の呪文を唱える。


「ヒール」


 俺は使えないが知っている魔法だ。その魔法によってハートマ先生の傷が治っていく。ほどなくして、気絶していた彼女が目を覚ました。


「ぬ……私は……そうか。負けたか」

「そうだけど、姉さん大丈夫?」

「お前の魔法のおかげでな。アシュリー」

「良かった……」


 ため息をつくアシュリー先生の横でハートマ先生が立ち上がる。その場に立った彼女は高らかに笑った。


「はっはっは! 完敗だ! 貴様ディンと言ったな。気に入ったぞ! うちに来て妹と寝ても良いぞ!」

「ちょ!? 姉さん! なんてこと言うの!」

「はっはっは! 駄目だったか?」

「駄目に決まってるでしょ!」


 愉快な姉妹だなあ。等と思いながら俺はハートマ先生に言う。


「先生。決闘は俺の勝ちだ。先生には担任を変わってもらうぞ。それにダリーの退学処分も取り下げてもらう」


 俺の言葉に対しハートマ先生は微妙な顔をしながらも頷いた。


「了解した。なんとかしよう」


 その後、俺は寮の部屋に戻り、そこへ多くの男子生徒がかけつけた。全てがDクラスの生徒で、特に先輩はハートマ先生のスパルタ授業に不満を持っていたらしい。彼らが言うには「スカッとした!」だとか「まさか勝つなんてな!」だとか「おめでとう!」だとか色々な祝福の言葉をいただいた。


 俺が男子生徒たち相手に対応している間もルームメイトのベンは呑気に眠っていた。彼は無口だしよく眠っている。まあ別に構わないが。


 押しかけていた生徒たちも落ち着き、彼らが各々の部屋に戻った後、しばらくは落ち着いた時間が続いた。ベンは眠ったままだし、俺は教科書の気になる場所を読み込んでいた。


 コンコンと扉を叩くものが居た。もう日も沈むころなのに誰だろうと思いながら扉を開けてみると、そこには菓子がいっぱいの袋を持ったダリーの姿があった。


「ダリー!? その袋は一体? というかここは男子寮だぞ!」


 いきなり女の子が寮の部屋を訪ねてきたら俺だって驚く。ここは女子が入って良い場所じゃあない。男子寮だ。


「せっかく退学の危機が去ったのに、こんなところにきちゃだめだろ」

「意外と真面目なのね。大丈夫よ。この寮の管理人も監督性もお菓子の一つでもあげれば黙ってくれたわ」

「あからさまに賄賂じゃないか……」


 まったく。Dクラスの人間はゆるみきってるな。そりゃ学園もハートマ先生のような人材を用意するわけだ。そんなことを考えている俺にダリーは笑いかける。


「そんなわけでさ。これ!」


 ダリーから菓子の詰まった袋を押し付けられる。受け取ってみると結構重い。


「私からはこんなお礼しかできないけどさ。ありがとう」

「……どういたしまして」


 それにしてもこれだけの菓子。結構な値段がしたのではないだろうか。最近は菓子も値が下がってきて、前よりは気軽に買えるものになってきてはいるが、それでも高級品だ。


「こんなに多くの菓子。よく買えたな」

「君の勝利に全額賭けてたからね。ぼろ儲けだね」


 そう言ってダリーはいたずらっぽく笑う。こいつ、俺対先生の賭けに参加してたのか。


「ディン君が勝ってくれなければ退学だったからね。どうせだから大きく賭けたよ!」

「なるほどな。菓子はありがたく貰っておく」

「そうして! うん……それじゃあ」


 ダリーは親指をぐっとあげてサムズアップした。


「また明日。教室でね」

「そうだな。また明日。今度は居眠りするなよ」

「がんばる!」


 眠ることを頑張ったら、ぐっすり眠れるのだろうか。なんて考えながらダリーが去るのを見送った。それから席に着く。


 さて、読書を再開しても良いが……せっかくだし菓子をいくつか食べるか……ん、甘い。しっとりとした焼き菓子だ。美味しいが。


 俺はまだまだ多くの菓子が残った袋を眺めながら考える。これ、食べきれるだろうか。


 そうして一度、ベッドで眠ったままのベンに視線を向け、彼にも菓子を食べるのを協力してもらおうと決めるのだった。


 翌朝、朝食の代わりに菓子を食べてからDクラスの教室へ出席した。そこで今度は女子たちに囲まれ、昨日のことをあれやこれや聞かれたりしていたのだが、教室の扉が開いて新しい先生が入って来ると、皆が黙って席に着いた。


 新しい先生には見覚えがある。アシュリー先生だ。彼女はハートマ先生と同じように赤い瞳をしているが、その雰囲気はおだやかで優しそうだ。彼女は教卓に着き、教室を見回す。


「……今日からあなたたちのクラスの担任をすることになったアシュリーです。私が得意な魔法は治癒魔法と……蘇生魔法。それと一応炎魔法もある程度使えます。皆さんからの質問が何でもあれば答えます。自由に発言してください」


 すぐに教室の生徒たちは手を上げてアシュリー先生に色々な質問をした。担任の交代についての真面目な質問から、好きな食べ物は何かとか、彼氏は居るのか、と言う質問まで多くの質問に先生は落ち着いて応えていった。


 生徒たちからの質問タイムが一段落し、ほどなくして始業の鐘が鳴った。今日の一限目は治癒魔法についての授業なので、そのままアシュリー先生の授業を受けることになる。


 アシュリー先生は俺たちを見ながら人権な顔をして言う。


「二週間後には課外授業があり、皆さんはグループを組んで行動することになりますが、その時に万が一怪我をするということもあります。課外授業には私も同行しますけれど、皆さんは自分の怪我を直せるよう治癒薬の作り方か治癒魔法だけは必ず覚えてください」


 二週間後の課外授業……俺は防御魔法しか使えないから治癒魔法のプランはない。そう考えると必ず治癒薬を用意できるようにしておかないといけないな。まあ、怪我をする気はしないのだが、万が一のためだ。


 新しい先生は優しく、授業はわかりやすい。そのため生徒たちからはすぐに人気になる。一限目が終わってすぐ、生徒たちがアシュリー先生のところに集まっている。俺に集まっていた興味は彼女に移ったようだ。


 俺は次の授業への準備をさせてもらう。そんな俺に隣の席のダリーが声をかけてきた。今日の彼女は眠そうにしていない。ちゃんと眠れたようだ。


「ディン君。人気をとられちゃったね」

「構わないさ。それより、次の授業は魔法薬についてだ。真剣に聞かないとな」

「昨日も思ったけど、君は真面目だね。私とは全然違うや」


 ダリーは「でも」と続ける。


「君を見ていたら、私ももうちょっと真面目に頑張ろうって気になったかな」

「そうだな。頑張れ」

「うん」


 昨日は大変だったが、これからの学園生活も大変そうだ。


 そして。


 ようやく俺の学園生活が本格的に始まった気がした。

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