第3話 決闘
その日の午後。俺とハートマ先生は学園内の決闘場で向かい合っていた。
決闘場は教室よりずっと広く、中央には石畳の四角いフィールドがある。外側には土がならされている。
「ディン! 観客の前でいたぶられる準備はできたか?」
ハートマ先生が言うように、多くの観客が俺たちのことを見ている。決闘場を囲むように観客席が存在し、彼らの多くは俺が先生にいたぶられることを期待している。新入生と教師の決闘。まともな戦いになると思っている者すら少数派だろう。
先程、俺と先生の試合に対する掛け金の倍率を確認してきたのだが、一対九十九。もちろん俺の方が九十九倍だ。俺が勝つと思っている者はほとんどいないらしい。
俺とハートマ先生の間に立つのは短い金髪で糸目の男だ。見たところ年齢は俺よりも何歳か上くらい。制服を着ているし、ここの生徒で間違いない。彼の手には長い柄の古びた箒があった。
「決闘の立ち合いは僕、生徒会のギーが務めさせてもらいます」
ギーという生徒が話し始め、決闘についてのルール説明を行う。細かいルールは置いておいて、ざっくり言えば、相手を降参させるかフィールドの外に出したほうが勝ちだ。
立会人のルール説明が終わり、彼は俺とハートマ先生を交互に見る。
「お二方、個の決闘に勝った場合。相手に何を望みますか?」
「私はもちろん生徒ダリーの退学を希望する」
先生がそう言うとギーは不思議そうに首をかしげた。
「……相手はダリー氏ではないようですが――」
「だまらっしゃい! このことはすでに生徒ディンとの間で約束している! 何の問題もない!」
「わ、わかりました。ではディン氏。あなたは決闘に勝った場合。相手に何を望みますか」
ああ……なるほど。この決闘で勝った方が相手に何でも要求できるというわけか。俺としてはダリーの退学を撤回してくれれば、それでも良かったのだが、どうせなら要求してみるか。
「俺が勝った場合。Dクラスの担任の変更をお願いする」
その発言に決闘場へ来ていた観客たちからどよめきが起こる。ギーも困惑したような顔だ。
「た、担任の変更というのは流石に……」
ギーがそこまで言いかけたところで先生が遮るように言う。
「良いぞ! 私に勝てるのなら、担任の変更くらいやってみせるさ!」
お、言ってみるもんだな。
「……そ、それでは、お二方。準備はよろしいですか」
「こちら準備はできている」
「私も出来ている! この若造の鼻っ柱を折るのが楽しみだ!」
「よろしい。では」
ギーは箒にまたがって何かつぶやいた。すると彼を乗せた箒は上空へ浮き上がる。
「決闘開始!」
その合図と共に俺と先生は距離をとる。魔法使い同士の戦闘は遠距離からの打ち合いになることが多い。あえて距離を詰めて戦う例外もいるが、俺も先生もセオリー通りに動くようだ。
「若造! まずは小手調べだ!」
先生は拳を引くようなしぐさをとり、魔法の呪文を詠唱する。
「ファイアーフィスト!」
拳の形を作った炎が、先生の突き出した手から放たれる。直線的な攻撃だ。ならば。
「バリア!」
俺は目の前に魔法の障壁を発生させる。障壁は炎の拳を弾く。だが、同時に障壁も破壊された。流石は先生といったところか。なかなかの威力を持った魔法だ。
ハートマ先生が獰猛に笑う。
「どうした若造! 私の攻撃一発で防御魔法を破られているようだが!」
「防御魔法は攻撃を防御するためのものだ。最低限、攻撃を防げたなら充分では?」
「なら、次はさらに威力を上げていくぞ!」
そう言って先生は再び拳を引いた。また同じ魔法を使う気か――いや、僅かに構えが違う。おそらくは別の魔法。
「メガ……」
詠唱を唱える先生の拳に超高温のエネルギーが集まっていくのが分かる。
おいおい……それは明らかに魔法学園の新入生相手に使う魔法じゃないだろう。だが、面白い!
「フレアァァァー!」
超威力の魔法が俺に襲いかかる。しかし、慌てる必要はない。すでに防御魔法の準備はできている。
「バリア!」
だが、通常のバリアではない。二枚のバリアを同時に発動する。そして、その二枚をくの字で合わせる。組み合わせた二枚の板の先端部を攻撃に当て、攻撃の威力を分散させると同時に、二方向へ逸らす。たったこれだけの工夫で通常のバリアよりもはるかに強力な防御魔法となる。
後方で爆発音が鳴った。ちらりと後ろを見ると空間にひびが入っている。決闘上の外に張り巡らされた防御結界が壊れかけているのだろう。上空のギーも何やら慌てているし、全く、大した威力の魔法だ。
ハートマ先生の方を見る。流石に今の一撃を防がれて動揺があったのだろう。赤い目を大きく見開いていた。
「ま、まさか私の必殺の一撃を防いだというのか!?」
「今のが必殺の一撃? こちらは基礎的な防御魔法の応用で簡単に防げたがな」
とはいえ、俺が使えるのは基礎的な防御魔法とその応用だけなんだがな。ま、それだけあれば勝つことは難しくないが。ここは勝ちを確実なものとするため相手を煽っていく。
「大陸に名高い王立魔法学園の教師も実戦はこんなものか。大したことはないな」
「何……」
先生の眉がピクリと動いた。直後、彼女が叫ぶ。
「ふざけるなよ! 若造が! 徹底的に痛めつけてやる!」
「やれるものならやってみろ」
「やってやろうと言っている!」
激昂した先生は右手を水平に伸ばし新たな呪文を唱える。
「ファイアーウィップ!」
伸ばされた手の先に炎の鞭が現れた。彼女は鞭の柄を握る。
「貴様。直線的な攻撃は防げるようだが、こういう攻撃はどうかな? 炎の鞭はしなやかに動き、変幻自在に相手を責める」
「御託は良い。かかってこい」
「くらえぇ!」
炎の鞭がうねるように動き出す。俺は冷静に呪文を唱える。
「バリア」
同時に何枚もの障壁を作り出し、全方向へ防御を固める。炎の鞭が障壁を叩く。右を責められたかと思えば左を責められ、前を責められたかと思えば背後を責められる。炎の鞭は動きも長さも自由に変化するようだ。
鞭による攻撃は加速し、先生は高らかに笑う」
「はーはっはっは! どうしたどうした! 防御魔法ばかりでは私には勝てんぞ!」
「あいにく、俺はこの魔法しか使えなくてね。だが心配はいらない。最後には俺が先生に勝つからな」
「言ってくれる!」
俺は攻撃を防ぎ続け、先生は攻撃を行い続ける。鞭による連撃を受けた障壁は次々に割られ、そのたびに俺は障壁を張り直す。そんな攻防を続けているうちに先生が疲れ初めているのに気付く。俺でなければ見逃すほどのわずかな差だが、先生の動きが鈍っている。
そこで俺は罠を張ることにした。全方向へ張ったバリアの一点をあえて弱くする。俺の正面を守るバリアへの魔力を弱める。それを見逃す先生ではない。
「正面とったりぃ!」
かかった。一直線に伸びた鞭は直線的な攻撃と変わらない。先生は勝ちを確信し、大量の魔力で攻撃の威力を高めている。そうして攻撃に意識が向きすぎている。カウンターを入れるならここだ。
俺は瞬時に正面を守る障壁へ大量の魔力を流す。これまで張っていた障壁よりも段違いの防御性能を誇るそれは攻撃を弾く力も段違いだ。そのうえで、俺は攻撃を正面へ跳ね返すようにバリアを調節した。
バリア! 最大出力!
先生は俺が張った罠に気づかない。これまで使っていた障壁は燃費を意識して最低限度の魔力で作ったもの。今使っているものは俺の膨大な魔力で強化した反射特化のバリアだ。ま、分類としては同じ魔法なんだがな。
直後、一直線に攻撃が飛んできて、俺のバリアが跳ね返した。反射された炎の鞭は先生に直撃し、巨大な爆発が起こった。
爆炎が晴れ、そこには立ったまま動かない先生の姿があった。どうやら立ったまま気を失っているらしい。服も肌もこげているが、生きてはいるようだ。
悪いが先生。あんたより俺の方が魔力量で勝っている。遠距離での戦いを選んだ時点であんたの負けは決まっていた。
……そういえば……俺は魔力だけならそこらの奴よりも自信があるのだが、それでもD判定だったのは、俺が一つの魔法しか使うことができない体質だからなのだろうか?
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