第2話 友達と退学の危機
今にも崩れそうなボロボロの寮とはいえ、住めば都というやつかもしれない。そう考えながら、俺が宿泊する部屋へとやってきた。
そこそこの広さの部屋には二つのベッドが置かれ、他にもいくつかの家具を見ることができた。寝泊まりするために最低限必要な物はあるようだ。
ベッドが二つあることから分かるが、ここは相部屋だ。ルームメイトは金髪の人族で名をベンという。背が高くがっちりとした男だ。彼は無口であり、その日は話をすることがほとんどなかった。
そんなわけで入学二日目。朝のホームルームの前。
俺がDクラスの教室で適当な席に着くと、隣にダリーが座ってきた。生徒たちが雑談をしている中、ダリーも俺に話しかけてくる。
「ディン君。おはよー。昨日はよく眠れた?」
「ああ、ぐっすり眠れた」
「うっそ。あのベッドで!? それとも男子寮の方はもう少しまともなベッドなのかしら」
そう言いながらダリーは大きな欠伸をした。彼女は昨日あまり眠れなかったようだ。今の彼女は明らかに眠そうで、うとうとしている。
「男子寮だからってベッドの寝心地が良くなったりはしないと思うが」
「そうねえ。ディン君の寝つきがいいだけなんでしょうね」
ダリーの話を聞きながらクラスの生徒たちを観察してみた。確かに、生徒のいくらかは眠そうにしている。そう見えるのは単に朝早いからかもしれないが、新しい環境で上手く眠れなかったという生徒も多いのかもしれない。
そんなことを考えていると、教室の前方にある扉が開いた。それまで雑談していた生徒たちが黙る。そして、気だるそうな顔をした女教師が教室に入ってきた。頭にはトンガリ帽子を被りローブを身にまとっている。いかにも魔女といった感じの見た目だ。おそらく彼女は人族。昨日の組み分けを担当していた女性より年上に見える。二十代後半から三十代前半といったところか。
年増の女教師は教壇につくと深呼吸。そして教室全体に響くくらいの大きな声で言った。
「おはよう。屑ども! 私はハートマ! 貴様たちD判定の半端者たちをそれなりに使えるようになるまで鍛えてやる! 見込み無しと判断した生徒は容赦なく切り捨てる!」
わお、結構な鬼教師だ。なんてことを思っていると、ハートマ先生の視線がこちらに向いた――いや、先生は俺の隣を見ている。
俺は視線を隣に向けた。隣の席に座っていたはずのダリーは、机に突っ伏して眠っていた。ああ……これは良くないな。とても良くないぞう。
先生はつかつかとこちらに向かってきた。そして俺たちの前に立ち止まり、俺とダリーをギロリと睨む。
「貴様! ディンとダリーだな! まあ、ディン。貴様はいい。だが、ダリー! 私に会ってすぐに眠るとは良い度胸だな! 褒めてやる!」
「褒めてやる」といいつつも先生の顔には嗜虐的な笑みが見られる。悪い予感がするなあ。
ダリーはうとうとしながらも顔を上げた。あれだけ近くで騒がれていては流石に目を覚ますか。
「あ、あれ? 先生? お、おはようございます」
目覚めてすぐに青い顔をするダリーにハートマ先生は宣告する。
「ダリー。貴様に退学処分を命じる! これは他の生徒への見せしめである!」
「そ、そんな。私まだなんの魔法も学んでいないのに!」
「私の決定が不服か? それなら退学をかけて決闘してやっても良いぞ! なんの魔法も使えない貴様でも奇跡が起きれば私を倒せるかもしれないしなあ!」
ダリーは確かに最初のホームルームで眠っていた。それは彼女の落ち度だ。だが、それだけで退学というのはあまりにも横暴だ。その決定は明らかに間違っている。
俺は意を決し、立ち上がる。
「先生。彼女には退学処分よりも軽い罰を与えるべきではないか! 確かに彼女は居眠りをしていたが、それだけで退学というのは横暴だ!」
「貴様。意見するか」
ハートマ先生の顔がこちらを向き、赤い瞳が俺を睨む。だが、ほどなくして先生の顔に笑みが現れた。あの嗜虐的な笑みが。
「良いだろう。ならば、こうしよう」
先生はくつくつと笑いながら言う。
「ディン。貴様がダリーの代わりに決闘しろ。私とな!」
「俺が先生と?」
「そうだ。出来ないというのなら、大人しく引き下がるのだな。そうすれば貴様への罰は腕立て伏せだけで許してやる!」
なんで魔法使いが腕立て伏せしなけりゃならないんだよ。とは思うものの、これは悪くない話かもしれない。要は俺が決闘で勝てば良いのだ。
「……分かった。その決闘、受けようじゃないか」
「ほう!」
ハートマ先生が獰猛に笑う。得物を前にした猛獣みたいに。
「面白い! ディン。貴様の度胸だけは認めてやる。貴様への罰は無しだ! その代わり、貴様の反発心がへし折れるまでボッコボコにしてやろう!」
「受けて立つさ。反発心を折れるものなら折ってみろ」
バチバチの視線をぶつけ合う俺とハートマ先生に教室の全員が注目している。お互いに決闘を了承したと思えた時、ダリーが大きな声で主張する。
「待ってください。ディン君と先生が決闘することには反対です! 話を勝手に進めないでください!」
ダリーの言葉を聞いて先生は再びくつくつと笑う。
「なら、ダリー。やはり貴様が私と決闘するか?」
「いえ、いいえ」
ダリーは首を振り、全てを諦めて観念した様子で先生を見た。
「私が先生の言った通り退学の処分を受けます。ですから彼を痛めつけるのはやめてください」
「こいつはそう言っているが、ディン。貴様はどうする?」
「もちろん先生と戦う。男に二言はない」
俺がそういった時、ダリーも立ち上がった。そして彼女は俺に向かって言う。
「ディン君。新入生の君が先生に勝てるわけないでしょ。私はいいんだよ。どうせ親が決めた学校なんだし、私が進んで入ろうと思ったわけじゃないんだ。だから」
「それはもったいなくないか?」
「え……」
黙ってしまったダリーに俺は言う。
「誰が決めたにしても、ダリーはここまで来たんだ。何もしないで帰るのは流石にもったいないだろ。それに」
心配はいらない。なぜなら。
「負けないよ。だって俺は最強だから」
ダリーは困ったような顔をして首を振った。そうして席についてしまった。
「では、ディンと私の決闘に二人とも賛成ということで良いな!」
「もちろんだ。決闘を受けて立つ」
「……私から反対はしません」
ハートマ先生は獰猛に笑い、俺を指さした。
「では、貴様との決闘は今日の午後から行う! 私は決闘委員にこのことを伝え、細かいことは後で伝える! 一限目の授業は自習にしておこう! 教科書の三ページ目からニ十ページ目までに目を通しておくように!」
教室全体に響くほどの声でハートマ先生はそう言った。もちろん教室中の生徒が俺たち三人のやり取りを聞いている。このことは今日の午後には学園中に広がっていたとしてもおかしくはないだろう。
先生が教室を出ていき、後にはDクラスの生徒たちだけが残された。隣の席から「どうするのよ」という声が聞こえてきた。そちらを向くと困り顔のダリーの姿があった。
「とりあえず自習だな」
「そうじゃなくて。私なんかのためにハートマ先生と決闘するなんて。相手は先生なのよ。勝てっこない。私は、私のせいで人が痛めつけられるのは見たくないの。分かる?」
「分かってるよ。だから、勝てば良いんだろ?」
自信満々にそう答えるとダリーは相変わらず困ったような顔をして、俺のことをじっと見ていた。
「……そこまで言うからには、ほんとに勝算があるんでしょうね」
「もちろんだ」
「……分かった。私は君を応援する……それと」
ダリーは目を伏せて、また俺を見た。
「私なんかのために、ごめんなさい」
「そこは、ありがとう。だろ」
それに。
「気にするな。俺は勝つし、せっかく知り合った友達とのお別れは嫌だった。だから、これは俺が勝手なお節介でやってることなんだ」
決闘は午後から、俺の実力を学園の人間たちに見せつけるには良い機会だ。
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