魔法学園の落ちこぼれ生徒は防御魔法だけで成り上がる~使える魔法の数が全てを決めるわけではないと俺は『バリア』で証明しよう~

あげあげぱん

第1話 組分け水晶

「皆さん入学おめでとうございます」


 俺たち生徒が並ぶ前方で一人の男が話をしている。エルパルス王立魔法学園の校長だ。


 校長の話を聞き流しながら、周囲の様子を確認する。広いホールには俺たち新入生の他、上級生の面々も並んでいる。歳は下から十五歳、上は十八歳といったところ。俺も含めて若々しい少年少女たちだ。人数にして五百人前後というところだろう。


 そんな生徒たちの周りに立っているのはこの学園の教師陣である。上級生とほとんど歳が変わらないであろう若い教師から、百歳を越えるような高齢の教師まで様々だ。


 また、これは生徒と教師の両方に言えることなのだが、人族だけでなくエルフ族や獣人族、ドワーフ族の姿も見ることができる。様々な種族の生徒が集まるのは大陸の中心部に存在する学園の特徴のように思える。


 獣人族の俺が魔法の授業を受けるためには、西にある獣人の国で高い金を払い家庭教師を見つけるか、大陸の中心にあるこの学園に入学するかの二択だった。一応、祖母からは魔法の手ほどきを受けていたのだが、祖母は去年他界してしまった。西の国には魔法教育の機関など無いし、うちには高い家庭教師を雇っているような余裕もない。そういうわけで俺は、魔法の道を志す者に広く門戸を開いているエルパルス王立魔法学園へとやって来たのだ。


 なんてことを考えているうちに前方で動きがあった。どうやら組分けの儀式が始まるらしい。人族の若い女教師が水晶の乗った台を運んできた。


「……それでは組分けを始めます。皆さん、順番に水晶へ触れてください。水晶が現在の皆さんの魔力や使用できる魔法を測定し、適切なクラスに振り分けます。判定は魔力が多いほど、使用できる魔法が多いほど有利になります」


 組分け水晶。魔法適正を測るための魔道具に手が加えられたものらしい。水晶に触れた者の適正から、AからDまでの四つのクラスに組分けをするのだとか。俺としては、どこのクラスに入っても構わない。そこで最善をつくすだけだ。


 生徒たちが順番に水晶へ触れ、そして水晶にA、B、C、Dのいずれかの判定がされる。A判定を受けた生徒はとても喜んでいるが、逆にD判定を受けた生徒は落ち込んでいたり、複雑そうな表情をしている者がほとんどだった。


 さて、俺の判定はどうなるかな。


「次の生徒、ディン君は前に出てください」

「了解だ」


 若い女教師に名前を呼ばれ、俺は前に出る。


「準備はいつでもできている。先生」

「では、組分け水晶に触れてください」


 俺は頷き、言われた通りに水晶に触れる。そして……現れた判定はD……まあ、良いか。


 女教師は俺に申し訳なさそうな顔をしつつ言う。


「D判定が出た生徒はDクラスの生徒が集まる列に並んでください」

「了解した」


 指示に従ってDクラスの列へ移動する。そうして組分けが終わるのを待った。


 D判定を受けた生徒を観察してみたところ、どうも獣人族の生徒が多い。Dクラスの生徒の半数以上は獣人族のようだ。さらに言えば、入学した生徒の中で獣人族の九割はD判定を受けたようで、残りもC判定。獣人族は魔法使いに向かないと言われているが、ここの組分けでもはっきりと、そう判定されているらしい。


 あとD判定を受けた生徒は二十人ほどの人族、数人程度ドワーフ族の姿も見られる。Dクラスにエルフ族の姿は無い。というかエルフ族の生徒はAかB判定を受けた者しか居ないみたいだ。


 このタイミングでまた一人の教師が前に立って話し始めた。どうやら教頭らしい。


「組分けも終わったところで、親睦もかねて食事会を開く。皆、楽しんでくれたまえ」


 その言葉と共に俺たちの頭上から降りて来る物があった。それは白いクロスのかかったテーブルや、背もたれの突いた椅子。組分けの儀式が終わるまで空中で制止していた物たちだ。


 テーブルの上には食べ応えのありそうな肉料理や色とりどりの野菜料理など数々の食べ物が並んでいる。D判定を受けて落ち込んでいた生徒たちの中でも、何割かは元気を取り戻したように見えた。まだ何割かの生徒は落ち込んだままだが。


 ずっと周りを観察していても仕方ないか。せっかくの料理だ。楽しませてもらおう。


 席に着き、ほどなくして親睦会が始まる。テーブルの上に並ぶ料理を自らの皿に取り分けていると、俺に話しかけて来る生徒が居た。


「君、ディン君だったよね」

「はて、俺たちどこかで会ってたかな?」

「ひどい。私ずっと君の後ろに居たのにー」


 後ろに居たことは知っている。だが、彼女とは今日が初対面のはずだ。彼女は俺と同じ黒い毛並みの獣人で、その顔立ちは整っている。が、目元は眠そうにしていて、だらりとした印象も受ける。


「私はダリ―。まあ、せっかく同じクラスになったんだし、これからよろしくー」

「そうだな。よろしく」


 ダリーは目をつむってうんと頷いた。それから彼女はこんなことを訪ねて来る。


「私、親に無理やりこの学園に入学させられてね。ディン君もそうだったりする?」

「いや、俺は自分の意思でここに来た。魔法の勉強がしたいんだ」

「そうなんだ。頑張り屋なんだねー」


 そう言ってダリーは感心したようにうんうんと頷いている。


「私はさー。小さい時から親になんでも決められて、何にも頑張る気持ちにならないんだよねー」

「そうなのか」

「うん、それにD判定を受けちゃったしねー。C判定ならまだ頑張る気持ちにもなれたかもしれないけど、まあ私は適当にユルユルやるよ。よっぽどの事件を起こさなければ卒業だけはできるだろうしさ……いや、Dクラスだとそれすら怪しいか」


 この学園でDクラスの生徒は所謂落ちこぼれの烙印を押される。卒業率も他のクラスの生徒に比べると極端に悪いのだとか。聞いた噂によるとDクラスの新入生の半数は前期の試験で半数が脱落し退学するらしい。


「真面目に授業を受けていれば卒業はできるだろう」

「ん……そーかもねー」


 ダリ―は皿に料理をとりわけて食事を始めている。俺もぼちぼち食べ始める。


「お、美味いな」

「うん。そだねー。この料理が食べられたのは入学して良かったことだよ」

「入学して良かったと思えることはこれからも沢山あるさ」

「そうかな。私たちがDクラスだってことを忘れてない?」


 自嘲するように笑うダリ―に対し、俺はハッキリと言う。


「所詮は水晶が決めたクラス分け、所詮は学園のシステムが出した判定だ。それが一人の魔法使いの実力に対する判定として、絶対に正しくはないということを、俺は実力で証明してやる」


 その時、ダリ―は不思議そうな顔で。


「どうやって?」


 と尋ねてきた。


「この学園に居れば他のクラスと俺たちが比べられるタイミングはいくらでもある。その時に俺は、俺の実力を証明させてもらう」

「ふぅん。そこまで言うからには、君の自信を支える何かがあるんだね。実は魔法が沢山使えるとか?」

「いや、俺が使える魔法は一つだけだ」


 俺の返事を聞いてダリ―は呆れたような表情になった。まあ、そういう反応になるのも分かる。


「たった一つの魔法しか使えないのに、この学園でどんな実力を証明するんだか」

「ま、その時が来れば俺の実力を証明してやるよ。それより今は食うぞ。せっかく美味い料理が出てるんだからな!」


 親睦会ではダリ―と仲良くなれたと思う。他の生徒とも、もっと話をしていれば良かったと思うが、話をする機会ならこれからいくらでもあるだろう。


 親睦会のあと、新入生はクラス別に寮へと案内される。そこで俺は改めて、この学園でDクラスがどのような扱いを受けているのかを思い知ることになる。


 案内されたそこは、建物の大きさだけは立派な、古そうな木造の、薄気味悪い屋敷だった。これからしばらく、俺が住む新たな場所だが、卒業までこの建物は無事に建っているのだろうか。そう心配になるくらいにはボロボロだった。

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