第5話 岩を貫けサファイアビーム

 中学生女子が、直径十メートルの岩を両手で支えている。その現実離れした光景は、魔法少女ホーリースピネルの力によるものである。



「いやー、さすがご主人様。『これ』を避けてもらえたの、初めてだよー」

 タローに背を向けたままそう言うマロンの声は、いつものように明るい。


「ん-……、ふッッ!!!」

 しかしそこから急に力を込め……、。何キロあるかも分からないような大きな鉄球、それを着けた足を上げたのだ。しかも巨大な岩を掲げたまま。



「……なっ!!?」

 それを見て呆気にとられるタロー。


 マロンは今、両手が塞がっていて無防備な状態。なのでその気になれば、すぐにでも頭にある紙風船を割ることができる。

 だがタローは、目の前の光景があまりにも衝撃的で、言葉も行動も失っていた。



 ――ズシーン!! マロンは足を降ろし、それに伴って鉄球も地面に着地。

 そしてマロンの姿を見ると、先ほどとは真逆に「振り向いていた」。タローに後ろをとられたので、鉄球を持ち上げてでも振り向きたかったらしい。


 タローとマロンの目が合う。

 マロンは溢れそうな笑みを浮かべているが、タローは口をポカンと開けたまま。



 続いてマロンは、掲げた大岩をわずかに後ろに動かし、

「じゃあ次はこっち……、ねっ!!」

 ブンッ!! と岩を放り投げる。


 その標的は当然タローで

「――わあああっ!!?」

 と再びダッ! と地面を全力で蹴り、なんとか避けることに成功。



 ズザーッと滑りながら着地し、タローはマロンに抗議する。

「ちょっ、あ、危ないじゃないか!」

「……」


 しかし彼女は聞いていないのか、表情を変えようとしない。彼女の顔、首もと、腕、指……と続けて見ると、なにやら両手の指をせわしなく動かしているのが見える。


「……い、イヤな予感」

 おそるおそる、かつ、急ぎながらタローは「後ろ」を振り向いた。



 そこには「巨大な岩」があった。

 今度は真っ直ぐ、タローに向かって飛んできている。


「――待て待て待て待てっっっ!!!?」



 タローは慌てつつも、岩に対して垂直となるように横へ跳んで逃げた。受け身をとる要領でゴロリと地面を転がりながら、タローは岩の行く末を確認する。



 ……消えた?



 岩が消えていた。


 そしてまた後ろを見ると……、そこには「巨大な岩」が飛んできていた。

「いっ!? か、勘弁してぇっ!!?」



 さっきまでは上から落ちてくる岩に当たらないように動いていた。といってもやることは単純でただ「走り続ける」だけ。

 直径十メートルの岩が真上から落ちてくるのだから、落下までにその半径である「五メートルちょっと」でも移動すれば当たらなくなる。


 それが今は、ただ「走り続ける」だけでは回避できない。横に飛んでくる岩を横に避けるには、「軸」を合わせないようにする必要があるのだ。

 岩が飛んでくるたびに来る方向を見て、そこから垂直になるように避ける。その後、岩の方向を見て、垂直に避ける。その後……。


 つまり「岩の位置の確認」という工程が入っただけで、回避の労力が跳ね上がったのである。

 上から降ってくる時は、マロンの姿を見る程度には余力があった。しかし今はそんな余裕はどこにもない。



(ど、どうすれば……っ!?)

 しかしタローは、マロンからの猛攻を受けつつも諦めていない。どうすればこの状況から脱却でき、さらに、攻撃に転じられるかを考えていた。



 ……。



 地面を蹴って岩を避ける。ザザッと着地後、また地面を蹴って岩を避ける。そうしていると、ふと「空」という風景が目に入ってきた。そこにいたのは……。


(あれは、「クロマル」くん?)


 極限状態だからこそ、この場をどう切り抜けるかという点に全ての思考が注ぎ込まれる。そのためには些細な違和感も見落としてはいけない。

 それにより、五十メートルほど離れた位置の上空に「マスコット姿のクロマルが浮いている」という、不自然な状況を見つけたのだ。



 そして……、それと同時に「突破口」を思いついた。



 タローは岩を避けながら、クロマルの真下である「五十メートル先」を目指す。

 はやる気を抑えながら、あくまで岩に当たらないことを第一に、可能な限り速く走る。地面を蹴って避けて、地面を蹴って避けて、地面を蹴って避ける。


 ……やがて走行距離、四十八メートル。その地点でタローは決意して、岩が飛んでくるのを見ながら、最後にもう一度だけ地面を蹴った。

「――やぁぁぁっ!!!」



 その進行方向は横ではない。「上」。

 ほぼ真上の、クロマルのいる「高さ三十メートル」地点までタローは跳躍した。


 ホーリーサファイアに変身したことで脚力が強化されているのだが、その程度でジャンプしたところで三十メートルも跳べるわけもない。しかし実は、魔法少女には「一時的に重力の影響を軽減する」という能力が備えられていた。

 というのも、それは空中で映え重視の変身ポーズをとりやすくするために備え付けられた機能。だがそれをタローは跳躍の補助のために使用し、三十メートルという高さに至ったのだ。



 上空三十メートルまで跳べば、地面スレスレを飛んでいた直径十メートルの岩など当たるはずがない。つまり「安全地帯」……、絶好の「攻撃」のチャンス。


「いでよ、『ホーリーステッキ』!!」

 上昇しながら下げている右手に光を集め、タローはステッキを作り出した。角度が鋭い放物線に乗り、空いた左手を挙げながらクロマルを狙う。



「クロマルくん、失礼!」

「――うわ、来やがったニャリ!!」


 ガシッとクロマルを掴み、そして、勢いに任せて斜めに一回転しつつマロンのいる方向を見る。

(きっと「岩を跳んで避ける」くらいは想定されてる。だから……)



 ……だから、さらに「岩が飛んできて」いてもタローは冷静だった。


 地上付近を飛んでいた先ほどと異なり、今タローとクロマルがいるのは上空三十メートル。その高さに向かって斜めに飛んでくる、直径十メートルの大岩。そんなものを目にしているのに、冷静だったのだ。


「ニャああああああッ!!? 離せタロー!! 離すニャリ!!!」


 岩にぶつかることに恐怖して騒ぎ立てるクロマルを無視し、タローはステッキを「斜め下」に向ける。

 放つのは【サファイアビーム】。それは魔法少女ホーリーサファイアにとって一番の「必殺技」。クロマルから魔力を奪……貰い、持っている限りの魔力をステッキ先端のハートに注ぎ込む。




「――『マジカルきゅるるん! 飛び出せ、【サファイアビーーーム】っ』!!!」



 バァァァァァァァァッッッッッ!!!!!




 ステッキからは円周五メートルほどの、蒼く輝く円柱形の「波動」が放たれた。

 対象の表面に命中した波動は一瞬で内部や核を削り、ガシャァァンと岩を粉砕! 破片を飛び散らせながら、岩はタローとクロマルのいる場所まで届くことなく、完全に「破壊」された。



 そして、それだけではない。

 タローは上空に至った直後、「マロンのいる方向」を見ていた。そうしたら、「そこ」から岩が飛んできたのだ。つまり「岩の先にマロンがいる」。

 ……そう。今、「【サファイアビーム】の先にマロンがいる」のである。


 蒼い波動は光を纏い、高速で前進する。その速度は、タローが砕ける岩を目視した時点で、すでにマロンの元へ届いていたほど。


 ……気づいた時にはもう、マロンは【サファイアビーム】に呑み込まれていた。





 ……。


 蒼い光が地面をえぐり、クレーターを作り出していた。そして、その中心に立っていたのはマロン。枷として着けていた鉄球は砕け、足元に欠片が散らばっている。

 であるのに彼女の身体や服には、傷や汚れが見当たらない。さらに彼女は頭部の紙風船を一撫でして、まだ自分が負けていないと確認する余裕さえある様子。

 それは岩・地面・鉄球を破壊する攻撃を受けても、「自分の身」より「自分の勝利」のほうが大事という彼女の意識の表れである。

 それとも、その程度で自分の身が壊れるはずないという「自信」の表れだろうか。


 しかしそれでも、【サファイアビーム】はマロンにとって今まで受けた攻撃の中で最も強かった。そう思いながらマロンは笑みを浮かべ、遠くで落下し始めたタローの姿を見つめる。

「やっぱり、これくらいはやってくれないとね? ご主人様」



 ……実は今までの攻防は全て、マロンの想定内。縦に落ちる岩を避けることはもちろん、横に飛ぶ岩を避けることも、避ける手段として「跳躍」を選択することも、【サファイアビーム】で対抗してくることも、全て考慮していた。

 タローなら「これくらいはやってくれるだろう」と、自分が「ここまでやれば負けることはないだろう」ということを、ほぼ現実とズレの無い範囲で考えていたのだ。だからこそ、あの威力の波動を受けても自分だけは無傷でいられた。無傷でいられるような対抗策を考えていた。というわけである。


 一つ想定外だったのは、ハンデの鉄球が壊れてしまったこと。これにより、マロンはもう全力で戦えてしまう。

 なので今からタローの落下地点に向かって走って、待ち構えることだってできる。そこまでしてしまえば、勝つ手段など無限にある。


 だが。




 ――パァァァァァン!!!!!


「へ……?」




 だが、タローを見ている間に聞こえたからの「破裂音」。流石のマロンも、それについては予想外だった。


 もちろん、タローが【サファイアビーム】以外の攻撃をしてくることなど想定済み。しかし、マロンのセンサーは他の攻撃の予兆など感じていない。

 今、自分の頭の上の紙風船はどうなっているのか。おそるおそる目線を真上に動かすと……、確かに紙風船はあった。念のためにそっと手で触ってみても、丸く膨らんでおり、「破損していない」らしいと分かる。

 なら、いったいどういうことか……。


 と、目線を真横に下ろそうと考えた瞬間。


「――っ!?」

 彼女のセンサーが働いた。



 慌てて目線を真横に下ろすと、眼前には「」が迫り……。



 もちろん氷の魚の正体は、タローの【氷空遊泳者グレイシャスイマー

 なにが起こったのかということについて説明するには、少し時間を巻き戻す必要がある。



 タローが【サファイアビーム】を撃つ直前、実はマロンに向かって「あるもの」を投げ放っていた。


× × ×

「クロマルくん、失礼!」

「――うわ、来やがったニャリ!!」


 ガシッとクロマルを掴み、そして、勢いに任せてしつつマロンのいる方向を見る。

(きっと「岩を跳んで避ける」くらいは想定されてる。だから……)

× × ×

 具体的にはこの、一回転した時。


 左手でクロマルを掴みながら下ろした右手にステッキを握り、魔力を込め、マロンのほうを見ながら一回転。するとステッキは下から上に移動する。

 そうしながら放つことで、「あるもの」はマロンに向かって「放物線」を描いて飛んでゆく。


 もしも無対策にそんなことをしていれば、マロンに感付かれて対応されていただろう。だがその時、彼女とタローの間には直径十メートルの岩があり、彼女の目から「タローの姿を目視できなかった」のだ。


 そして、「あるもの」も目視できるものではない。何故なら、その本体は「音」。それも、たまたまこの場に適した「破裂音」。




 氷の魚を見たその刹那、マロンは理解した。

(まさかさっきの音、【爆ぜる歌声シング・ア・ボム】……!?)



 「あるもの」の正体、それこそが【爆ぜる歌声シング・ア・ボム】。

 それをタローはマロンから見えないように投げ、その後に【サファイアビーム】を撃ったのだ。


(以下、ルビが多くて見づらいので、それぞれを「ボム」「ビーム」と記載する)


 つまりタローは「ボムの音」を「紙風船の破裂」と錯覚させ、マロンの虚を突いたということ。


 ボムは起爆前に限り、見えなくても生成した本人が大まかな場所を感知できる。ビームを撃ち終わったくらいの時間には、ボムはマロンの頭上近くに位置していたので、そのまま起爆したというわけだ。



 また、ボムは投げてしまえば後は起爆するだけ。タイミングさえ忘れなければ、「手隙」の状態といっても過言ではない。ゆえに……。



 ビームを撃った後、タローは落下しながらさらにステッキへ魔力を込めていた。


 もう自身の持っている魔力は全てビームに変換してしまったので、未だ掴んだままであるクロマルから再度魔力を借りる。さっきのビームは「とにかく多く」という意識で魔力を込めていたが、今度は物量を考える必要はない。

 何故なら、今必要なのはただ「紙風船」を割るためのもの。威力など二の次でいいのだから。



「【氷空遊泳者グレイシャスイマー】……、【目梶木(フォイル)】!!」

 ――パァァァァァン!!!!!


 そう言いながら、ボムを起爆。するとマロンのいる方向から大きな破裂音が轟き、それと同時にタローのステッキには宝氷ほうひょう製の「カジキマグロ」が作り出された。


 刺突剣であるフルーレのような頭部を持つ、水中最速の生物。それこそが「カジキマグロ」。それを模す【目梶木フォイル】は、【氷空遊泳者グレイシャスイマー】の空中遊泳速度ナンバーワン。



 破裂音を「自身の敗北の音」と聞き違えたマロンに生じた、本当に一瞬だけの隙。それを突けるのは、最速の【目梶木フォイル】だけしかなかった。


(行ける……っ!!)


 宝氷ほうひょうのカジキマグロはビュンと空を泳ぎ、文字通り「『あっ』と言う間」にマロンとの距離を詰め、鼻先が彼女の紙風船に届く! あまりの速さに、流石のマロンでも驚くことしかできていない。

 いくら視認できたとしても、これだけ速ければ指を動かす余裕さえない。つまり、コマンドを入力して防御することも不可能!



 ――パァァァァァン!!!!!



 ……その結果。





 「タロー」の頭上の紙風船が破裂したのだった。

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