第4話 ※叶わぬ望み
いよいよ太郎の休みの日。約束の、魔法少女同士で戦う日がやってきた。
太郎財団が所有する荒れ地――太郎が「なんとなく」で手をつけずに保有していた――にマロン、太郎、クロマルの三人が集まっている。
この荒れ地は人間の居住地からかなり遠く、現実離れした騒ぎ方をしても、誰にも迷惑がかからない。
「ここら一帯は僕の土地だから、多少荒らしても問題ないよ」
「ご主人様、『多少』ってどれくらい?」
「霧船くんが思いっきり暴れるくらい、さ」
「わぁお!」
「(……本気がどれくらいかは知らないけど、たぶん大丈夫だよね)」
マロンは遠足や遊園地に来たかのように興奮していた。
「じゃあ早くやろ、早くやろ!」
そしてマロンはそう言いながら指を動かし、いつものようにコマンド入力。光に包まれ……。
魔法少女ホーリースピネルの姿へと変身した。
「さ、ご主人様も早く!!」
「うん。……クロマルくん」
「やめるなら、今のうちニャリよ?」
「まさか。なんだかんだ僕も楽しみだったんだ」
「……フン。ま、オイラがメインで動くわけじゃなし。分かったニャリ」
クロマルは悟ったような顔つきで、軽やかに太郎へ跳びついた。
――キィィィィィィン………………!
「きゅるんと変身、『ホーリーサファイア』! ワルいコたちをおしおきよ!」
………………。
「大変だよね、ご主人様」
「……同情されるのが逆につらい」
マロンは単身で変身できるが、太郎……、否、タローはクロマル――もちろん今はマスコット化して浮いている――の力がなければ変身できない。しかしクロマルの力を借りると、なんともかわいらしい変身ポーズが抱き合わせとなる。
いくら変身後の見た目が十三~四歳とはいえ、中身は成人男性というギャップ。マロンはそれをよく理解しているので気遣ったのだが、それが逆につらいのだ。
「えっと次は……、いでよ、『ホーリーステッキ』!」
そしてタローは掲げた右手に光を集め、ステッキを出現させる。魔法少女の力を効率的に使用するための、心強い武器。これがなければ、基本的にはまともに戦うことはできない。……マロンはステッキ無しでも普通に強いのだが。
「じゃあ、わたしもさっさと準備しちゃお!」
同様にステッキを手に取るマロン。しかしタローとは異なり、特に光が集まるようなこともなく、なにも無いところからそれは現れた。
一見、無から生み出したようにも見えるステッキだが、実はマロンが作った「穴」から取り出されている。
続いてマロンはステッキを、自分とタローの頭部に気を向けながら「振る」。すると二人の頭の上に「紙風船」が取り付けられた。
今回はこれを用いて魔法少女としての強さを競うことになる。
「ルールは簡単、先に相手の紙風船を割ったほうの勝ち! 割れたらおっきな音が鳴るから、それが試合終了の合図ね」
では、試合開始……、……と思いきや、まだ準備があるらしい。
「そうそう、流石にわたしは戦い慣れてるし、ちょっとハンデを用意しておいたの」
「ハンデ?」
「うん」
マロンはステッキを右、左と振った。それによりステッキを振られた上空に、黒い「穴」が合計二つ開く。かと思うと、ガン! ガン! と音を立てて二個の「大きな鉄球」が穴から落ちてきた。重そうなその鉄球には「枷」が付いている。
そして鉄球は、ちょうどマロンの両サイドへごろりと転がってきた。
「合わせて何キロくらいだっけ……、まいっか。とにかく、わたしはこれ着けて戦おうと思うの」
「え? でもそんなことしたら動けないんじゃ……」
「へーきへーき。わたし、超強いから!」
カチャ、カチャと、慣れた手つきで自分の足に鉄球の枷を着けていくマロン。
真っ当に考えれば、重い物を身に着けると動きが鈍くなる。それが引きずれないほどに重いなら、その場から一歩も動けなくなるだろう。
何故そんなことをするかという理由には二つ考えられる。「鉄球があっても満足に動ける」か、「動けなくても勝てる」か。
「んー……、よし。重さはイイカンジ!」
マロンは足を動かそうと、足の付け根や腰を捻りながらそう言った。しかし結果として「鉄球は動いていない」。ホーリースピネルの力でも簡単に動かせないほど重いのだ。
であるなら、マロンが鉄球を着けた理由はそういうことなのだろう。「動けなくても勝てる」と。
「さてと。……そろそろ始めよっか!」
「うん、分かった」
タローは返答後、マロンから距離をとる。
「ご主人様、そんなそこそこ離れたところでいいの?」
「だって、霧船くん……って、この姿で『くん』付けは変な気がする……」
「わたしはなんでもいいけど?」
「じゃ、じゃあ、『霧船さん』で……」
それからタローはゴホンと咳払い。元々言いたいことは「呼称」ではなく「距離をとる理由」なので、話題を切り替えるための行動。
「霧船……さんは、一歩も動けないでしょ? ということは『接近するのが難しい』ってこと。せっかくのハンデだし、活かさないとね」
「……ふふふ。ならハンデついでに、ご主人様が開始の合図を言っていいよー」
「いいけど……、『3、2、1、はじめ!』でいい?」
「それもなんでもオッケー! はやくはやく」
いよいよ始まるのか、とタローは不安と緊張を感じて、ステッキを強く握りながらツバを飲み込む。一方でマロンはずーっと穏やかな笑みを絶やさずにいた。
そんな中、クロマルは一人だけどうでもよさそうな表情をしている。タローを変身させるには確かにクロマルの力が必要だが、一度変身してしまえばそれ以上の助力は不要。タローが変身している最中は遠くまで離れられないという制約がつくものの、それ以外は自由の身なのだ。内心ではさっさと終わらせて配信限定ドラマを観たいと考えている。
「いくよ……。3……、2……、1……」
そういったクロマルの事情など無視するように、タローは試合開始の合図を言う。
「――はじめ!」
……とは言ったものの、どうやってマロンの紙風船を割ろうかとタローは悩んでいた。いきなり【サファイアビーム】を撃ってしまっていいのだろうか。でもそんなことですぐ決着がついてしまったら、彼女はがっかりしないか、など。
だからまずは小技からということで、得意の【
「……ニャリッ!? タロー、上! 上ニャリッ!!」
「ん?」
突然クロマルが騒ぎ、タローへ上を見るように促してきた。そういえばなんだか薄暗くなったようなと思い、顔を上に向けると……。
そこには「巨大な岩」があった。
「は……」
「なにボーッとしてるニャリ! は、早く逃げるニャリ!!」
巨大岩の大きさは、直径十メートルほど。なんと、それがタローたちのいる場所に向かって「落ちてきている」。
「はひゃあああああッ!?」
ようやく眼前の岩を現実と受け入れたタローは、急いで岩の下から逃げるために走り出した。いくら魔法少女が一般人より強いとはいえ、巨大な岩が衝突したら無事で済むとは思えない。
幸いにも、魔法少女の肉体であれば十メートルなど一瞬で移動できる。なのでタローは岩影の外、安全地帯まで走り抜けることに成功した。
ちなみにクロマルはタローに声をかけた後、一目散に逃げている。マスコット化した彼は常に浮いており、その軌道はまっすぐ一直線であった。
「き、霧船くん……、いきなり……、そ、そんな……」
たった一秒の全力疾走とはいえ、急な攻撃を受けた焦りも相まってタローは「息切れ」を感じている。かなり慌てているようで、先ほど「霧船さん」と呼ぼうと決めたはずなのに「霧船くん」へ戻っている。
だが……、おかしい。なにかを見落としているような、そんな感覚もある。
ふと「左右」を見回してもおかしい部分はない。続いて「後ろ」、これも変わらず違和感がない。そして「上」を……、
そこには「巨大な岩」があった。
「え……、え……」
一度避けたはずなのに、再び向かって落ちてくる岩。二個目の岩を落としてきたのか? ……違う。「左右」も「後ろ」も見てもおかしい部分がなかった。言い換えると「巨大な岩がどこにも無かった」。考えてみれば、岩が地面に激突したような音も一切聞こえていない。
ならば、どういうことか。これまでのマロンの行動を
(一個の岩を、落とし続けている……!?)
マロンはステッキや鉄球を、空中に作り出した「穴」から取り出していた。きっと「穴」はどこか別の場所と通じており、物体の行き来が可能。
岩も同様にどこかから持ってきて、その「出口」をタローの上空にしたものと思われる。しかし別の場所と通じるのであれば、岩の「落下地点」を「入口」に設定できたらどうなるか? その後、「出口」がさっきと同じならどうなるか?
答えは、岩落としの「永久機関」の完成である。
……タローは、全力疾走の刹那にそんなことを考察していた。ホーリーサファイアの身体能力向上により頭の回転も速くなったのもそうだが、岩に押し潰されそうという危機的状況がそうさせていた。
巨大な岩は、なおも「落下」し続けている。真上から落ちてくる岩から逃げるにはただ一直線に走るだけでいいので、少なくとも首から上は自由が利く。そこでタローは走りながら、マロンのほうを見た。
彼女の顔は、間もなく始まる演劇を楽しみに着席している時のよう。嬉しそうではあるが、それは「今」ではなく「未来」に対しての感情だ。
そして顔だけでなく「姿勢」を見ると、中腰で右手を後ろ側に下げ、「ステッキを振りやすい」ようにしていた。これもまた「今」ではなく「未来」に対しての動作。どうやら今は、コマンド入力をしていないようだ。
それらを総合すると、おそらく……「今」はなにもしていない。
なにもしていないはずなのに、タローは何度も落ちてくる岩を避けている。
(ということは……「自動化」されている!?)
タローが今いる位置を見て、その上に「穴A」を設定。直後、その真下に「穴B」を設定。岩が「穴A」を通ったなら、再度タローのいる位置を見て「穴A」を再設定。その真下に……。
このようなロジックで再設定のタイミングが一定であるなら、自動化されていて「マロンがなにもしていない」ことと「攻撃し続けている」ことに矛盾は生じない。
……。
■
「ご主人様……、走りながらわたしを見てる。そろそろ『来る』かな?」
タローに聞こえない程度の音量で、マロンは呟いた。
マロンの得意魔法は【ワームホール】。具体的には、ある空間AとBを繋ぐ「穴」を作り出す魔法である。これはホーリースピネルの得意魔法ではなく、数ある「コマンド」の中からマロンが見つけたものだ。今のタローに対しての攻撃も、その【ワームホール】を存分に活用している。
一方で、ワルレレノ残党に対してはステッキの殴打や蹴りなど「近接攻撃」中心だったのだが、今回は「遠距離攻撃」なうえに「自動化された攻撃」。ちなみにマロンは「実は遠距離攻撃が得意」というわけではないので、ある種、タローと戦いたがっていた彼女らしからぬ戦い方と言えるだろう。
そもそも、彼女は「接近戦のほうが好き」である。
何故、せっかくの機会にそんな戦い方をするのかという理由だが、いたって単純。それは「『岩落とし』は攻撃のつもりではない」からだ。
マロンが想定している戦い方は、まず「岩落とし」で相手を動かし、様子見や体力の消費を狙う。そうして主導権を握ってから、余裕が減った相手に直接攻撃をする、というもの。
しかしながら、ワルレレノ残党相手では最初の「岩落とし」だけでほとんど戦いが終わってしまっていた。一度でも避けてくれたのは二、三回程度で、その避けたパターンも二度目、三度目に岩が命中して戦闘終了。
要は「岩を避けてもらうのが当たり前」だが「岩を満足に避けられた経験が無い」のだ。本来は自動化した「岩落とし」の最中にマロン本体が攻撃を仕掛けに行くのだが、戦いに不慣れなタローに対してそうしてしまうと、楽しい時間が一瞬で終わりかねない。
しかし自分の意思のみで手加減をすると、戦いを思いきり楽しむことができない。攻撃の最中に「ああ、やりすぎちゃうから抑えなきゃ」などと考えなければいけないのは、マロンにとって興醒めもいいところ。
だからこそマロンは「枷」をはめて自身を縛り、限られた範囲の中で全力で戦おうとしたのだ。
岩を避けながら走り続けるタローだが、見るとマロンのほうに向かって走ってきている。わざわざ危険を冒して近づくのは一見不自然だが……。
■
(自動化されてるってことは、どんな状況でも勝手に動くってこと。そして霧船くんはその場から動けない。……だから)
思考時間は体感で数分。しかし実時間では「数秒」程度。
タローがマロンの元まで走り抜けるのにかかった時間は、それくらいであった。
まっすぐ彼女の近くまで来た後、素早くマロンの後ろに回りこむ。両足を固められた彼女は歩くことはもちろん、振り向くこともできない。首が動く範囲でしか視認できないのだ。要するに後ろは「死角」ということ。
だが、どこにいても自動化されている「岩落とし」は止まらない。
……そう、止まらないのだ。この状況においても。
マロンの真後ろにタローが位置している、今、この状況においても。
タローに向かって巨大な岩が落下してくる。しかしそれは今、同時に「マロン」に向かって落下してくるのと同義であった。
何故なら岩の直径は十メートル。マロンとタローの間は一メートルほどしかないので、タローに岩が落ちるなら「マロンにも当たる」。
タローはさらに、しゃがんで身を低くする。これはマロンに先に岩が当たるようにするためと、マロンからより視認されにくくするため。
(さあ、どうする!?)
対してマロンは、「両手を高く挙げた」。いつの間にかステッキは持っていない。
(え? 霧船くん、な、なにを……)
――ガシャアッ!!!
やがて岩はマロンに触れるまで落下し、岩が欠けるような音がした。そして……、マロンはびくともしない。
直径十メートルの巨大な岩。それをマロンはあっさりと「肉体のみで受け止めた」のだった。
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