第3話 今度の休みに付き合って
「……い、いつの間に起きてたの? 霧船くん」
マロンの
「あのね、条件で起きるようにしてたの。『ワルモノが全部倒される』か『ワルモノがわたしを攻撃しようとする』かの、どっちか」
「マロン……、やっぱりアイツらは『仕込み』ニャリか?」
「あ、うん」
眉をひそめながら問うクロマルに対し、マロンはあっさり首を縦に振る。
「霧船くん、仕込みって……?」
「んー、教えるのはいいけどご主人様……、『そのまま』でいいの?」
「えっ……、あっ」
タローは今の自分が魔法少女であることを思い出し、硬直した。
……。
――キィィィィィィン………………!
魔法少女への変身が解除され、クロマルも元の黒猫の姿に戻る。もっとも、彼にとってどちらが「元」の姿なのかはマロンも太郎も知らないのだが。
「いや、失礼。……ふぅ」
太郎も元の姿に戻り、戦闘が終わったことに加えて、口調を直す必要がなくなったことで一息ついた。
「それでマロン。『仕込み』とはどういうつもりニャリか」
「んーと簡単に言うとね、あのワルモノたちはわたしが連れてきたの」
「霧船くん、何故わざわざそんなことを……」
「それはね、『ご主人様と戦いたい』から!」
「「………………は?」」
太郎とクロマルはほぼ同時に、気の抜けた声を出した。
「そういうワケだから、今度の……」
「待て待て待て、霧船くん。えっと? 『僕と戦いたい』って、どういうこと?」
「え? どういうもなにも、『戦いたい』ってことだけど……」
あまりに突飛なことを自然に言うマロンに、クロマルは呆れ気味に口走る。
「……ついにアタマ壊したニャリか?」
「んー? ご主人様もクロマルも、なんでそんなビミョーそうな顔してるの?」
二人の顔色を変えた張本人がそう呟くと、太郎とクロマルは互いの顔を見た。
……。
■
長い話になってしまわぬよう、簡潔な流れについて記載する。
まず、今回ワルレレノ残党である三体の黒人形は、太郎宅である豪邸の付近に偶然いた存在である。
マロンは掃除を超手早く終えると、ワルレレノ残党が近くにいないかと【マジカルレーダー】(魔法少女の能力のひとつ。本来は変身中のクロマルの役目)で探知。少し離れた場所に三体の敵を見つけ、「コマンド」を入力して空間に穴を開け、室内に黒人形たちを転移させてきた。
そして三体程度ではヒマ潰しにもならないので、どうしようかと思ったマロンは、以前から考案していた「企画」の前哨にちょうどいいと思いついたのであった。
それは、魔法少女同士の対等な戦い。すなわち、「自身」と「魔法少女に変身したご主人様」との戦いである。
そもそもマロンはすでにワルレレノの親玉「オヤダーマ」を倒しており、その残党はいるものの、ザコ同然。戦いに娯楽を
だから自分と同じくらい、あるいは自分より強い者と
そしてそれには、「相手」の力量を見る必要がある。もし「相手」が想像以上に弱い場合、ザコと戦うのと変わらないからだ。
ゆえに、太郎が魔法少女に変身して戦わざるをえない状況をつくり、それになるべく関与しない姿勢をとった。
「……ってことなのー!」
「「………………」」
会話で情報共有をするとどうしても長くなってしまうので、三人は「お茶」をしながら話していた。もちろん茶会の用意はメイドの仕事なので、紅茶を淹れたり茶菓子を作ったりしたのはマロンである。
そんな中でもいつもの調子を崩さずに行動の理由を話したマロンに、太郎とクロマルは絶句していた。マロンは彼らの態度に疑問を持ったようで、問いを投げる。
「え、分かりにくいとことか、あった?」
「違うニャリ。分かったうえでワケ分からんのニャリ」
「んんー? それって分かったの? 分からなかったの?」
「……うう、オイラはマロンのアタマが分からんニャリ!!」
喋る黒猫というのも常識外の存在なのだが、そんな彼からしてもマロンの考えは常識はずれのようだ。
そもそもクロマルにとって戦闘とは「手段」であり、ワルレレノを排除するために仕方なく行うものという認識である。一方でマロンはそれを「目的」としており、根本的に双方の価値観はズレている。
「おいタロー、コイツと戦う必要なんてないニャリよ! 命がいくつあっても足りないニャリ!」
「どゆこと? 命懸けの勝負なんて、わたしもお断りだけど?」
「じゃー、どーするつもりニャリ!?」
「それなんだけどねー、」
マロンはいつの間にかステッキを持っており、えいっと一振り。
するとポンという音とともに、彼女の頭上にカラフルな「紙風船」のようなものが現れた。
紙風船はぴったりくっついているかのようで、ちょっと頭を動かしただけでは落っこちる様子もない。
「これをお互い付けて、先に壊したほうが勝ち! とかね」
「……急にスケールがちっちゃくなったニャリ。オイラでも勝てそうニャリが」
「お、やってみるー?」
マロンはクロマルが飛びつきやすいように、しゃがんで頭を下げる。
「フン、こんなモノ……、ニャリ」
猫らしくトンと軽やかに跳び、右前足を紙風船に、……パシッ!
「ぐニャっ!?」
紙風船は見た目ほど柔らかくないどころか、かなり硬いようで、なんと音を立てながらクロマルの前足を弾いた。
「おー。強度的に問題ないね、オッケー!」
「なんつー硬さ、どんだけ重いニャリか! ……こんなオモリを乗せて戦うなんて、戦闘バカのマロン以外に無理ニャリ!」
「や、実はこれメッチャ軽いし、頭に着いてる部分はクッションみたいになってて、殴られた時だけそこの……」
……。
そんな雰囲気で話す二人を
太郎がもともと「強いメイドさんが好き」ということは、それと共に「メイドが戦闘を行うフィクションが好き」ということでもある。
当然、メイド以外の登場人物たちの戦う姿もたくさん観てきているので、そうした者たちのカッコいい姿への憧れも少なからずあった。
そんな中で、強いメイドであるマロンからの「戦いたい」という申し出。それを聞いて、太郎の中にかつての憧れの気持ちが現れた。
しかも相手は、もっと憧れていた「強いメイド」。彼女と同じような力を持ち、戦うことができる。それに、互いに殺すつもりも殺す必要もない。
これほどの「娯楽」など……、どれだけ金を積んだって実現できるはずがない。
そしてなにより、ホーリーサファイアの姿。ホーリースピネルであるマロンは十四歳で、太郎はサファイアがそれと同じか、少し低いように感じていた。
精神的な年齢は変えようがないが、変身すれば肉体的な年齢を変えられる。もしもサファイアがマロンより年下の場合、言い換えると「マロンが年上」ということになる。そうでなくて同年齢という場合でも、マロンは魔法少女の「先輩」と言えるだろう。
(ってことは、どちらにせよ霧船くんが「メイドさん」に……?)
太郎は今まで、理想に向かって突き進むことで生きてきた。なので一度「こう」と考えたことに執着してしまいがちである。
「――まー? ……ご主人様ー?」
「……え? あ、き、霧船くん。どうしたんだい」
ゆえに、マロンがクロマルを持ちながら近づいてきてもそれに気づけなかった。
クロマルはマロンに両脇を抱えられていて、せめてもの抵抗なのか足をバタバタさせている。
「ほら、タローも困ってるニャリ! バカな考えはやめて掃除でもしてろニャリ!」
「はいはい暴れないでねー、今いいとこだから。……それでご主人様、どう? 今度の休みにでも付き合ってほしいんだけど」
付き合うといっても男女の関係ではなく、戦闘の話だろう。暴れるクロマルを無視しながら、マロンは太郎に予定を尋ねた。
「えっと、『僕と戦う』って話だよね」
「うん!」
「……分かった、付き合うよ」
太郎のその発言を聞いたマロンは、顔をパアッと輝かせた(もちろん比喩的な意味で。本当に光ったわけではない)。
そしてクロマルは、目を丸くしてひどく驚いていた。
「た、タロー!? 正気ニャリか!? コイツに脅されてるならオイラが手助けするニャリよ!?」
「クロマルくんが手助けって、それ、結局戦闘になりそうだけど……」
「いや、タローを変身させる以外に『方法』はあるニャリ」
そう言ったクロマルの身体は「光」を帯び始める。まるで先ほど太郎を変身させた時のように。その時はクロマルが太郎に触れたことで変身したが、今回触れているのはマロン。ということは、マロンを変身させ……、
――ドサッ!
「ぐニャんっ!!?」
変身させようとしたが、何故かクロマルは地面に叩きつけられた。マロンが放り投げたというわけではなく、磁石が同じ極同士で「反発」するような運動をしていた。
「え? ちょっとクロマル、どうしたのー!?」
マロンはその反発に心当たりがないようで、不思議そうにクロマルに声をかける。
「こ、これは……、へ、【変身ブロック】、ニャリ……っ!」
「ブロック……? あ、忘れてた」
【変身ブロック】は、その名のとおり「これ以上変身することを防ぐ」という魔法少女の能力。例えば一般人が魔法少女に変身するのは強化だが、逆に「弱い存在へ変身させる」という戦い方も存在する。それを防ぐための策というわけだ。
……なお、この【変身ブロック】もマロンが試行錯誤の末に知ったものである。
「お、オイラがマロンを変身させれば、誰もタローを変身させられないニャリ……」
「あー、そういうことー? でもそれは困るから、ブロックは解除しないでおくね」
マロンは単身で変身できるが、タローはクロマルの力無しでは変身できない。それを逆手に取ろうとした作戦であったが、見事に破綻したのであった。
しかしそもそも、太郎はマロンとの戦いを拒みたかったわけではない。
「クロマルくんには悪い気はするけど、僕は霧船くんの勝負、面白そうだなって」
「おおー! ご主人様さすが、話が分かるっ♪」
「今度の休みに、だよね? 特に休みの予定はないんだけど、どこか空けられないか確認してみるよ」
「やったあああああ! 楽しみーーー!!」
年相応に、マロンは無邪気に喜んだ。
「さてと。それじゃ、仕事はなるべく片付けなきゃね」
「あ、ご主人様ー! なんか手伝えることある!?」
「いいや、霧船くんにはたくさん家事してもらってるからね。充分だよ」
「えー、でもー」
ある意味、マロンと太郎の趣味は似ているのだろう。二人は年の差がありながら、とても和やかに話している。
……。
「まったく……、どうしてそんなに戦うのが好きニャリか」
二人から離れた位置まで歩きながらクロマルが独り、言葉をこぼす。
マロンも太郎もフィクションに憧れて戦闘を楽しみにしているわけだが、クロマルは彼らと事情が異なる。
何故なら、クロマルにとっては「騒がしいフィクション」こそが日常。「穏やかな日常」がフィクションなのだ。二人にとって戦闘が楽しみなら、クロマルにとっては「平穏」こそが楽しみ。優雅に菓子をつまみながら、ドラマや映画を観て怠ける日々こそ彼の望みである。
ふと、クロマルがハッとしたように顔を上げた。
(……いや、待つニャリ。ここまで
クロマルはニヤリと口角を上げる。誰がどう見ても「企み」の顔だったが、マロンも太郎も、他の誰もその顔を見ていなかった。
「ぐふふふ……、この機にアイツへ、お灸を据えてやるニャリ……!」
平穏を望むクロマル。彼の悩みの種は「アイツ」と呼んだ「誰か」であるらしい。
……。
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