第2話 ※自作自演
「――わ、わあああああああっっっ!!!」
部屋の扉の向こうから、マロンの叫び声が聞こえてきた。
「霧船くん!? どうしたんだ!」
「あのマロンが、なーに慌ててるニャリ……?」
血相を変えて椅子から立ち上がる太郎と、冷めたテンションのクロマル。ある意味この反応からマロンへの信頼度が分かるというものである。
部屋の扉が開くと、メイド服姿のマロンが走って飛び込んできた。出ていく時は浮かんでいたのに。
「ご、ご主人様! そこに! ……えーっとぉ」
「……霧船くん?」
マロンの勢いは何故か急に弱まり、なにやら言葉を選んでいる様子。
「あ、その、ワルモノが! ワルモノがいたの!」
「なんだって!? ……でも、それならキミが倒せばいいんじゃ」
「う、うわー、だめー、おそうじのせいでー、ちからがでないー」
太郎の正論を聞いたマロンは急に、わざとらしく、ふらふらし始めた。そして目についた椅子に小走りで近づき、座る。
それを見たクロマルは、マロンに悪態をつく。
「……『ワルモノがいた』なんて、ふざけるのも大概にするニャリ」
「いや、そこはふざけてないけど」
「まあまあ、クロマルくん。霧船くんもたまにユーモアを発揮したい時だって……」
そして太郎が二人にそう声をかけると……。
「「「グオオオォォォォォォォ……!!」」」
謎のうめき声と共に、三体の黒い人形が部屋に入ってきた。
「「えええっ!?」」
それを見た太郎とクロマルは驚き、声を上げる。
「ほら、ふざけてないって言ったじゃん」
「なに
「だからー、おそうじのせいでー、ちからがー」
「ウソつくな! 掃除し始めてまだ全然経ってないニャリ! こんな短時間で疲れるヤツが、どこにいるニャリか!」
「や、掃除はもう終わったよー。それくらいは朝飯前!」
「おやぁ、随分元気そうニャリね」
「あー……」
苦笑いするマロンだったが、すぐに表情を戻して手をポンと叩く。
「あ、そうだ! じゃあ『元気じゃなくなればいい』よね!」
するとまた指をシュババと動かし……、マロンは座りながら、ガクンと脱力した。ちょうど背もたれに全身を預ける形となり、首もだらりと横を向いている。
……どう見てもマロンは「意識を失っていた」。おそらく「意識を失うコマンド」を入力したのだろう。
「あ、おい! コイツ寝やがったニャリ!」
「なあクロマルくん! この黒い奴ら、霧船くんが仕込んだ『ドッキリ』じゃないのか!?」
「『仕込んだ』はありそうニャリが、マロンのヤツが『ドッキリ』で終わらせるはずないニャリ!」
そうしているうちに、黒人形は太郎やクロマルに近づいてゆく。「彼ら」からはワルレレノ残党と同じ雰囲気が漂っており、マロンが言っていたように「ワルモノ」であることは間違いない様子。
確かにマロンであれば、ワルレレノ残党はラクに勝てる相手である。しかし一般人は「彼ら」と戦っても勝ち目はない。例えば太郎は自衛のために武術を嗜んでいるが、その程度では対抗力にならないのだ。
「……こうなったら、手段は一つしかないか」
「仕方ないニャリね」
「クロマルくん、……よろしく頼む」
クロマルは太郎の顔を見つめ、タッと床を蹴って飛びかかった!
跳躍中にクロマルの身体は光を帯びてゆき、太郎に触れる直前には青白い光に包まれていた。そしてその光は太郎の全身も包み込む。
――キィィィィィィン………………!
……。
「――きゅるんと変身、『ホーリーサファイア』! ワルいコたちをおしおきよ!」
女の子の声と共に光がパッと消えると、そこには青と白を基調とした服の「魔法少女」が両手でハートをつくるポーズをとっていた。
一方で太郎の姿はどこにもなく、クロマルは……、丸っこいマスコットのような形となり、魔法少女の近くで浮いていた。
「……く、クロマル、くん。これ、毎回やるの、どうにかできない……?」
「必要経費ニャリ。気にするな、ニャリ」
魔法少女は、クロマルを「クロマルくん」と呼んだ。そして、太郎の姿はどこにもない。そう、太郎はなんと「魔法少女に変身した」のだ。
その名も「ホーリーサファイア」といい、「ホーリースピネル」と対をなす存在。ちなみにマロンの魔法少女形態がホーリースピネルである。
そして、ホーリーサファイアの変身ポーズ、および名乗り口上は全て、変身の動作に組み込まれている。要するにクロマルの力で変身する場合、必ずポーズとセリフもセットということ。
ホーリーサファイアはマロンの強さには一歩届かないものの、ワルレレノ残党を倒すには申し分ない。
「うう。と、とにかく……! いでよ、『ホーリーステッキ』!」
右手を上げながらホーリーサファイア――以降、文字数削減で「タロー」と書きます――がそう言うと、光が集まってハートの装飾付きの魔法のステッキが現れた。
「タロー、【サファイアビーム】は部屋がめちゃくちゃになるニャリ。【
「ああ……、じゃなくて、うん」
心は間違いなく太郎本人で、男である。しかし今の身体は少女で、声も女。その状態で普通に喋るととてつもない違和感に襲われるため、タローは少女っぽい口調に変えながら返答した。
さて、【
大まかに、超近距離なら一回のみ、近距離なら一~二回、遠距離なら三回くらいは当てなければならない。
標的は三体。上手く接近して至近距離から当てられればいいが、近づけば近づくほどリスクが高まってしまう。
一体だけならやられる前に攻撃すればいいのだろうが、今回はそれが上手く行っても残りの二体に叩かれることになる。
「だったら、二体を足止めすればいい……、のね」
片割れの動きを止めつつ、残った一体を倒す。それを実現するため、タローはホーリーステッキを黒人形に向けつつ握りしめた。
「届け、【爆ぜる歌声(シング・ア・ボム)】!!」
タローがそう言うと、ステッキの先端にあるハートの装飾のそのまた先端に、真っ白な光の弾が浮かんだ。
握り拳大ほどのその光弾は、ステッキを振るだけで黒人形に向かって飛んでゆく!
そのまま命中……すると思われたその時。
――パァァァァァン!!!!!
光弾は黒人形の近くで急速に膨らみ、爆音を轟かせながら破裂!
タローは当然、その音が来ると分かっていたのだが、それでもびっくりして全身を跳ねさせていた。【
しかしそんな爆音を至近距離で聞けば、いくらワルレレノといえど無事では済まない。
……ということもなかった。
まるで聞いていないのか、爆音に反応を示していない。
「タロー、たぶんアイツら耳無しタイプニャリ! 別の手はないニャリか!?」
「そ、そんなこと言われても……!」
おそらく「彼ら」は聴覚を持っていないのだろう。
「ほら、あの……『ナントカスイマー』はどうニャリ?」
「あ、【氷空遊泳者(グレイシャスイマー)】だったっけ。……上手くいくか分からないけど、やるしかないか」
再び、タローはステッキを構えて魔力を込める。すると今度は、宝石のような氷でできた「ペンギン」が作られた。
【
また「親切」を意味する「グレイシャス」もかかっており、狙いを定めなくても自動で敵に向かって飛んでいく。魔法少女初心者であるタローにとってありがたい技であった。
「『お願い、【
ペンギンが三体の黒人形のうち、右側の一体に飛びかかる!
一回ぶつかっては離れ、再度突進。そして、再度離れて、突進。
鳥が獲物をついばむように、標的に対してしつこく攻撃を繰り返す。これにより、「一体」の足止めに成功した。
しかし【
一つは、生み出した宝氷一つにつき、「標的は一体のみ」になるということ。
もう一つは、宝氷は「一つまで」しか生み出せないこと。
なのでペンギンをもう一つ作って足止めする、ということは不可能。しかし、足止めしなければならないのは「二体」。しかも攻撃が自動追尾であるため、このままではどう工夫しても二体を足止めすることはできない。
足止めされていない二体が、少しずつタローとの距離を詰める。
「ど、どうすりゃいいニャリ……!?」
(……いや、待てよ? そうか!)
クロマルがオロオロしている一方で、タローはなにやら作戦が思い浮かんだらしい。
二体の黒人形は、ゆっくりだが徐々に移動速度を上げていた。間もなく、タローたちに手が触れるまで近づくだろう。
そこでタローは、またステッキを構える。
「――『お願い、【
すると今度は、宝氷のウミガメが出現して泳ぎ始めた。先ほどのペンギンよりも大きいが、速度は見るからに遅い。
(実際のウミガメの遊泳速度は速いのだが、あくまでこれは技なのでイメージ優先のために遅くなっている)
ウミガメは【
さらに【
すると……、「二体」を足止めする形となった。
ウミガメは耐久力も高いため、黒人形が少し攻撃した程度では止まらない。なので二体はウミガメに任せ、タローとクロマルは残る一体の元へ駆ける!
ペンギンの攻撃が止んだ直後、どこか呆然としているような一体に対して、ステッキの先端を押し付けるように近づけた。
「クロマルくん、魔力を!」
「分かったニャリ!」
「――『光りよ導け、【
スゥー……。
黒人形はうなり声すら出さず、静かに空気へ溶けていった……。
■
残り二体となれば、三体の時よりも格段に対処が楽になる。
タローは再び【
「いやー、意外とどうにかなりそうニャリね」
「そうだね」
最後の一体に近づきながら、タローとクロマルは話す。
戦力が三分の一になったのだから、油断するのも仕方がないだろう。
だが。
最後の黒人形は様子が違っていた。
急に動きが速くなり、ドカッ!! と、近づいてきたタローを腕で弾き飛ばす!
「うわっ!!?」
床に叩きつけられるタロー。黒人形はさらに追い打ちをかけようと、俊敏な動きで倒れたタローに飛びかかる!
「お、『お願い、【
すかさず、今度は防御のために技を使用。
飛びかかる黒人形とペンギンはガキン! とぶつかり……、なんとペンギンがあっさり「砕けて」しまった。
さっきは別の一体だったが、ペンギンだけでも足止めできる程度の強さだった。しかし今はどうやら強化されているようで、ペンギンはほぼ一方的に負けてしまったのだ。
幸いにも完全な負けではなく、黒人形はペンギンが砕けた反動で後ろに吹っ飛ぶ。
――スタッ。黒人形は姿勢を崩すことなく着地した。
だがなんと……、そこは意識を失った「マロンの近く」。さらには、着地の時に黒人形はマロンのことを見つけたようで、標的を無防備な彼女へと変えた。
いくらマロンが強いとはいえ、無抵抗のままではなぶり殺しにされかねない。
「き、霧船くん!!? あ、危なーーーい!!!」
気を失っているマロンに、タローは慌てながら声をかける。しかし、彼女はぴくりとも動かない。
そして黒人形の手がマロンに触れ……、
――ドカッ!!!
ると思いきや、強烈な打撃音と共に黒人形が跳び跳ねた!
「そっか、二体倒せたんだ。なかなかだねー、ご主人様」
さっきまで沈黙を貫いていたマロンが、ハッキリと目を開けそう言っている。よく見るとマロンは座りながら、右足を横に伸ばしていた。伸ばした足と打撃音、それと跳ねた黒人形。要するにマロンは、黒人形を「蹴り飛ばした」のだ。
そして黒人形は天井にぶつからない程度に放物線を描き……、グサッ! と、いつの間にかマロンが掲げたステッキの上。
黒人形の重さが仮に五十キログラムくらいだとしても、落下によって発生する運動エネルギーはそこそこのものだろう。それなのにマロンが伸ばした右腕は、その衝撃を知らないかのように不動である。
そしてステッキが刺さっているということは、あの技の準備が整ったことに他ならない。
「はい、ピュリー」
【
………………。
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