第12話

「———お待たせ致しました。復讐代行者、『待宵月』です。依頼人の黒名様…でよろしかったですか?」

 いつの間にか下がっていた視線を上げると、その先には一人の青年がいた。サイト上で確認した通りの見た目だった。整った容姿、乱雑にされた白銀の髪。そこで気がついた。彼『待宵月』は、如月が亡くなる前日に見たあの男性だった。こんな身近にいたのだと、驚愕すると同時に戦慄する。とはいえ、お陰で想定より早く始められる。そう考えれば、悪い話でもないように感じた。只、これに共感する者は多くはないだろうと思った。

「…どうされたのですか?」

表情を動かすことも無く、待宵月は尋ねる。彼女は何のことだろうと首を傾げる。彼は指で、彼女の目元を指さす。そこに手をやると、生暖かい水滴のようなものが付いていることに気がついた。

「……これは…涙?」

彼に指摘されるまで、彼女は気が付かなかった。触れていると、それが今もずっと溢れ続けていると分かり、待宵月の前だというのに声を上げて泣き出してしまった。そんな彼女を、彼は何をするでもなく静かに見つめていた。まるで、自分とは違う生き物を見るような目をして。

「…それが、涙……」

彼は何かを呟いた。だが、彼女の耳にそれは届かない。遅れてやってきた別れの悲しみを、今彼女は享受している。そこに雑音はなく、ただ如月への思いが溢れているばかり。

「―――すみません、もう大丈夫です。それより、契約と復讐内容の話を始めましょう」

そう彼女が言うと、待宵月は無表情の顔を縦に振り、屋敷への一歩を踏み出した。そんな彼の背中を見て、彼女は何処か既視感に駆られた。さっきの出来事といい、彼には不思議な感覚を覚える。しばらく頭を逡巡させたが、思い出すことを諦める。

久しぶりに溢した涙の後には、妙な爽快感が残った。

 その感覚を一瞬だけ覚えると、すぐに何処かへやってしまった。それは、まだ今ではない。きっとその時になれば、自然と彼女のもとに戻ってくるだろう。そう思った。

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