第11話

 しばらく検索して回っていると、とある一人の人物が彼女の目に留まった。二十代ほどの見た目の、整った容姿の青年。それだけを見ていると、何故こんな仕事をしているのかとそう考えてしまう。だが、そういったものはサイト上でいくら気にしようと仕方がない。

 大前提として、その写真が本物であるかどうかは分からない。故に、これらは気にするだけ時間の無駄である。重要なのはその他の情報。住んでいる地域に、受諾可能な依頼の範囲、過去の依頼状況など。何処までが事実かは細かく調べ上げなければならないが、ある程度までなら確かな情報を得られる。

 全てを調べ切ることは難しい為、最終的な決定は彼女だが、見たところは彼で問題ないようだった。数少ない口コミも、多少難はあるものの依頼の達成は確かだと言われている。

ひとまず、連絡を取ってみることにした。彼の登録名は『待宵月』。復讐代行には似合わない、美しい名前だ。もしかするとこの『復讐代行』を、善行だと考えているのかもしれない。だとするならば、自分とは気が合わあいと、そう思った。

「初めまして、こんにちは。『復讐代行』の依頼をしたいのですが、よろしいですか?」

簡単に、そんな旨のメッセージを送った。それは深夜の出来事だったが、彼は思いのほか早くに連絡を返した。就寝前か、若しくは暇だったのかもしれない。前者だったら悪いなと、思ってもいないことを口にした。

「ご連絡ありがとうございます。では早速ですが、依頼の内容を確認してもよろしいですか?」

どんな人物なのだろうと内心少し緊張していたが、口調は随分と丁寧なものだった。実はこの前にも幾人かにも連絡を取ってみたのだが、その全員がぶっきらぼうだった。更に言えば、一言目から報酬について尋ねる者もいた。只そういう者は、あまり信用ならない為依頼はしないことにしていた。

メッセージ上で人を判断するのもどうかとは思うが、それしか判断材料がないのだから仕方がない。彼女は待宵月という男を他よりは信用出来るとして、依頼についての詳細を送った。

「私が依頼するのは、復讐相手の特定と、その実行です。詳しくは語れませんが、まだ公にはなっていない事件の加害者のことを見つけ出し、復讐をしたいのです」

 如月や個人情報を不要に晒さないよう、気をつけながら送った。大切な人が亡くなったというのに、冷静な対応が出来ていることに安堵する一方で、少し寂しい気もする。如月の自分に対する価値が、少しばかり否定されたような気分。ただ、そう思っていようと今は私情を曝け出せない。それこそ本末転倒だ。

 モヤモヤと葛藤する中、無機質な電子音が彼女の意識を現実へと引き戻す。

「畏まりました。此方は問題ありません。其方さえよろしければ、今すぐにでも契約を開始しますが、どうしますか?」

 また随分とあっさりと了承された。余程腕がいいのだろうか。だがそれにしては、不用心過ぎるような気もする。実態を掴めないまま契約を結ぶのは危険だ。それに、話が早すぎる。まだ報酬も伝えていないのに、契約の話を向こうから持ちかけてくる。

 ある程度の情報は彼女の元に渡っているが、未だに彼の全容が全く分からない。だが、他の依頼相手と比較すれば、復讐が現実的なものに思えた。報酬も、以前の依頼者について調べると法外な値段を要求するということも無いようだった。調べれば調べるほど、『復讐代行』という仕事を行なっていること以外は普通の人、むしろ善人にすら近いように思えた。

 当然そんなことはないだろうが、少なくとも今ここで、彼の契約を断る選択肢はなかった。

「分かりました。契約を始めます。報酬については其方で決めてもらって構いません」

 かなり強気に出た、その発言。更にこれはネット上のやり取りの為、反故にすることも取り消すことも出来ない。完全に依頼相手に主導権を明け渡すような真似。ただ、彼女はそれで良かったのだ。元々、復讐をすると決めた時点で未来は決まっている。それさえ達成してしまえれば、あとはどうなろうと、それは彼女の知るところではない。

「ありがとうございます。報酬については直接会って検討しようと思いますので、早速で悪いですが場所を指定して頂けますか。そしてそれと———」

 そうして、二人の契約は開始された。二人が初めて出会うのは、彼女の住む街から少し離れた場所にある、廃墟。自然に囲まれて建てられるその場所は、屋敷のような風貌をしているが、今は紛れもない廃墟だ。数年前までは、確かにそこに人が住んでいたが、その最後の住人が亡くなってからは放置され、売却されることもなく今も建っている。

 一足先に着いた彼女は、その廃墟を眺めながら物思いに耽っていた。かつては美しかったその建物も、人が住まなくなり誰の記憶からも忘れられてしまった。それは、人の人生ともよく似ている。

「……私や、鏡花のことも、いつかは皆、忘れ去ってしまうのだろうか」

 今まで、そんなことを考えたことはなかった。考えようとも思わなかった。この平和な日常が、もっと先まで続いていると思っていた。いつか二人とも年老いて、もう時期迎えが来るかもねなんて、不謹慎な冗談で笑って、少しずつ『死』というものを実感のあるものに変えていって。そうやって、終わっていくものだと思っていた。

 だが現実は違った。年老いることも、不謹慎な冗談を言い合うことも、『死』を実感に変える機会すら与えられず、それは突然起こった。あまりに唐突だった。何度も夢なのではないかと思った。思いたかった。だがどうしても世界は残酷で、これが現実であることを無意識に痛感させられる。

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