21話  ゆっくりと、最後に。

 昨日は疲れてしまった。


 お父様に会った。家令に珍しく強気で出た。もう十分わたくしらしくないことをした。


「はあ……家令のところへ行かなくっちゃ」


 重たい体を起こしていつもの簡素なワンピースに着替えた。

 ウエラが来るにはまだ早い時間。

 外はまだ夜が明けていない。


 あの不味い薬を昨日の夜は飲み忘れていたので起きて飲んだ。


 不味すぎて飲んだ後、たくさんの水を飲む。


「ふー、この味なんとかならないかしら?先生にお願いしてせめてりんご味にしてもらえないかしら……とりあえずお願いしてみよう」


 体がだるい。

 薬が効くのは一過性のもの。だんだん効きが悪くなっていく。今はまだ普通に生活はできる。

 寝込んで動かなくなるとかではなく、少しずつ体調が悪くなり自然に心臓が止まる。


 お母様もわたくしのように誰かに知られることなく誤魔化しながら普通に生活していた。日記にもそんな日々が書かれていた。


 ゆっくりと廊下を歩く。


 屋敷を出て庭園へと向かった。


 わたくしがお母様といつも過ごした場所。グリーンガーデン。


 ガラス張りの温室でたくさんの花々、植物やハーブなども植えられている。


 この場所で過ごすのもあと少し。


「お嬢様?」


「あら?おはよう。ヨゼフ、朝からお手入れありがとう。感謝しているわ」


「ここは奥様が大切にしていた場所なので他の者には任せられません」


「ふふっ、ありがとう。ここは変わらないわ、ずっとお母様がいた頃と同じ、わたくしにとっても大切な場所なの」


 わたくしはこの温室をゆっくりと見回した。

 ーーずっと変わらない、唯一の癒される大切な場所。


「わかっております」

 ヨゼフは皺を寄せて優しく微笑んだ。

「……お嬢様が辛い時寂しい時、この場所にいつでもこられるようにしておきます。だからいつでもここに……奥様に会いに来てください。わたしはお邪魔なので失礼致しますね」

 彼の優しい心遣いがとても嬉しい。


「お仕事の邪魔してごめんなさい。少しだけここに居させてね」


「もちろんでございます。ここはブロア様のためだけの場所なのですから」


「そうね……こんな素敵な場所なのに誰も訪れることはないものね」


 お母様の大切な場所。わたくしとよく訪れた。忙しいお父様とお兄様も時間を作ってはここで四人でお茶を飲みながら笑い合い過ごした場所。

 今は忘れられてしまったけど、ヨゼフは今もお母様のためにここをずっと守ってきてくれた。


「ヨゼフ、体を大切にしてね。無理してまでここを維持しなくてもいいから……いつもありがとう」


 この屋敷でわたくしに対して変わらぬ態度でいてくれるヨゼフ。気難しくて誰とでも打ち解けない。だけど植物にはとても優しく接する公爵家の筆頭庭師。


 わたくしが生まれる前からこの屋敷の植物達を守ってくれている人。


「お嬢様……貴女がいつでもここに帰ってこられるようにわたしが守り続けますからね」


 ヨゼフはなんとなくわかっているのかもしれない。ーーーわたくしがここにもう来ることがないことを。


「ふふっ、じゃあ長生きしてね」

 ーーわたくしよりも……そして……元気でね。


 一人この場所で静かに過ごした。


 家令と会える時間になるまで。


 今日、この屋敷を出て行く。サイロとウエラには内緒で。





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