20話  閑話 サイロとウエラ

 サイロがお父様の手紙を持って帰った頃にはわたくしは疲れて眠りについていた。





「お嬢は?」


「もう睡眠中です」


「そうか……じゃあ明日にしよう」


「お嬢様に対してルッツ様(家令)の態度は酷かったです!」


「そんなのいつものことだろう?」


「ネックレスだって渡すつもりはなさそうでした。お嬢様が部屋に戻られる姿を後ろから睨みつけて『嫌われ者のくせに!』と吐き捨てていました」


「あの人は奥様を慕っていたらしい。それに旦那様がお嬢に対して冷たい態度を取るからあの人も同じ態度を取るんだ。

 たかが使用人のくせに!

 ネックレスはたぶん自分のものにしてるんだと思う。旦那様はネックレスに興味すらないようだ。ウエラ、明日は一波乱あるかもしれない。八つ当たりされて家令に何されるかわからないからお嬢には近づくな。お嬢は自分によく尽くしてくれるウエラが傷つくことをすごく嫌がるからな」


「わたしがお仕えしなければお嬢様は困ります!多少の嫌がらせなんて平気です。わたしは平民なんです!いくら大変な仕事を振ってこられても全然大丈夫!その辺の貴族令嬢が侍女の仕事をしているのと違ってわたし達メイドはきつい仕事も手慣れています!」



「わかった、だけど辛くなったらいつでも言えよ。お嬢は普段家令にやられているように見えてもこの屋敷のお嬢様なんだ。いざとなればお嬢はウエラを見捨てないからな」


「どうしてお嬢様はいつも耐えてるんですか?」


「お嬢は耐えてるんじゃなく、自分自身に対してどうでもいいと思ってるんだ。何をされても興味すらない。ただ……母親の形見のネックレスだけは取り戻したいと思っているみたいなんだ」


「わかりました。お嬢様に対して本当はお仕えしたいと思っているメイドはまだこの屋敷にはたくさんいるんです。ただ、ルッツ様や他の侍女の人たちの目があって表立って動けないだけなんです。声をかけてみます、何か知っている人がいるかもしれないし、そっと助けることができるかもしれません」


「侍女やメイドの動きは俺にはわからないところがあるから頼む。だが無理はするな、お嬢はいざとなればこの屋敷からすぐにでも連れて出すつもりだから」


「わたしもついて行きますからね?絶対置いていかないでくださいね?」


「お嬢は俺すら置いて行こうとするんだ……ウエラは連れていかないと言われただろう?」


「だったら勝手について行きます!」


「………お嬢は自分が何をされようと平気な顔をしているけど、自分の大切なもののためならどんなことでも犠牲にする人なんだ。

 ウエラ、いいのか?せっかく公爵家で働けているのに。お嬢について行っても先はないんだ」


「サイロさんだってそんなこと関係なくついて行くんですよね?わたしは平民なんです!仕事なんて探せばいくらでもあります。それにお嬢様にお世話になったのはわたしの方なんです」


「ああ、以前助けてもらったって言ってたな」


「父が働く時計屋で仕事中、お店の商品を盗んだと疑いをかけられ店主に怒鳴られていたんです。たまたまお嬢様が来店されていてーー」


『ねえ、店主?お店の中で騒がないでちょうだい。うるさいわよ。それにその盗まれたと言ってる時計って金色の懐中時計よね?花の絵が彫刻されていると叫んでいたわよね?』


『そうですが?』


『ここにあるわよ』お嬢様が手に持っていた。


『どうしてあなたがお持ちになっているんですか?』怪しげに聞く店主にケロッと答えた。


『反対側のショーケースに入ってたわよ』

指差してそのショーケースを見た。


『あっ……………そう言えば今朝後で戻そうと思ってそのままにしていた……』


『勘違いでよかったわね。店主せっかくだからこの懐中時計いただくわ、ねえそこの怒鳴られていた貴方、これ包んでちょうだい』


「父が言ってました。店主は自分の間違いを認めない人だと。だけどお嬢様が助けてくれたおかげで『すまなかった』と謝ってもらえて理不尽にクビにならずに済んだと言ってました」


「ははっ、お嬢らしい。あの人は笑ったり愛想良くするのは苦手だから誤解されやすいけど優しい人なんだ。たぶんその助けた時も、淡々としてたんだろうなお嬢は」


「はい、どう見てもまだ12歳くらいにしかみえないのに、迫力があったと言ってました」


「迫力?あの人笑うの苦手だから怖く見えるからな」


「わたしも最初怖かったです!でもいつも『ありがとう』と言ってくださいます。メイドなんかにお礼を言ってくれるご主人様なんていません!わたしはお嬢様に仕えることを誇りに思っています」

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