22話  いい加減に返してくださらない?

 大好きな場所とのお別れも終わりあとは家令に会うだけ。


 家令はいつも起きるのが早い。

 彼の執務室へと向かった。大きく深呼吸して扉の前でしばらく佇んでいた。


 彼が怖いわけではない。


 ただお母様のネックレスを捨てられているかもしれない。そんな心配がよぎっただけ。


 幼い頃のお母様との約束……わたくしも忘れていた記憶。今さら執着するのは自分の死が近づいているからかもしれない。


 死が怖いなんて思わない。

 だって生きてて楽しいことなんて何もなかった。ううん、お母様が生きている頃まではいつも笑って過ごしていた気がする。だけど亡くなってからのわたくしは笑うことも忘れた。


 生きていることに執着していない。


 でもキツイのはやはり嫌。我儘だけど死ぬならできるだけ苦しみたくないし、想いを残して死にたくない。


 セフィルにも幸せになって欲しい。

 ーーちょっとリリアンナ様には性格に問題があるみたいだけど……わたくしが言えることではないわね。


 サイロにはそろそろわたくしの護衛騎士という一番ハズレくじでしかない仕事を終わらせてあげたい。

 公爵家の騎士団は、王立騎士団には劣るかもしれないけど由緒ある騎士団で剣術や馬術に優れている。サイロ自身もかなりの優秀な騎士なのにわたくしのせいで出世できていない。


 わたくしがいなくなれば素晴らしい未来が待っているはず。


 ウエラだってそう。

 メイドとして入ってきて、やはりハズレくじのわたくしに仕えることになってしまった。


 心ないことを言われていないかいつも心配。わたくしは何を言われようと慣れているけど、わたくしの所為で嫌な思いをしているかもしれない。そう思うとそれが心苦しい。


 サイロは軽く受け流せるし陰でこそっと相手に仕返ししてるから平気だと言ってたけど……ウエラはまだ16歳。


 わたくしが居なくなれば二人ももっと働きやすい環境で働けるだろう。


 二人のことはお父様は当てにならないから、お兄様に最後のお願いとして手紙を書き残した。


 扉をノックした。


「はい?」

 家令の声が中から聞こえた。


「わたくしよ。入らせていただくわ」


 少し扉を開けたままにしておく。


 中に入ると机で仕事をしている家令姿が目に入った。


 家令はわたくしに一度も目をやることなく無視して仕事を続ける。


 わたくしもそんな家令の姿を無視して話しかけた。

「お母様のネックレスをもらいに来たわ。これがお父様からの手紙よ。しっかりと読んでさっさとネックレスを渡してちょうだい」


 家令の机の上に手紙を渡した。


 ギロっとわたくしを睨み封筒の中から手紙を読む。その態度はいかにも面倒臭そう。


 雇い主の娘にする態度だとは思えない。でも腹を立てるのも面倒。さっさと終わらせてこの屋敷を出たい。


「はああー、旦那様からの手紙は読ませていただきました。しかしネックレスはございません」


 態とらしい溜息をつく家令。


「どういうことかしら?」


「申し訳ございませんが突然奥様が亡くなられてバタバタしておりましてどこへ行ったのかはわたしも把握しておりません」


「貴方がきちんと管理しているはずだわ。それは大きな問題になるとわかっていての発言かしら?」


「……しかし、わからないのはわからないのです……」


「お母様の日記を持っているの。そこにはいずれこの公爵家の管理をわたくしがするために必要なことも書いてくれているのよ?お母様が所有していた宝石やドレス、美術品には全て覚書おぼえがきがあると書いてあるの」


「覚書などなんの証拠にもなりませんよ」

 吐き捨てるように言う家令はまだ自分に自信があるのだろう。


「そうね、普通なら。でもお母様はそれを全て弁護士に渡しているの、だからいつ購入したか、いつ手放したか、全てわかっているの。わたくしに譲り渡したものも全て把握されているのよ?」


 ーーこれは本当。今回わたくしが手放したのはお母様の形見というよりも、必要だから購入したものであってお母様自身には思い入れのないもの。

 夜会に出るためのものとかドレスに合わせて購入したものばかり。


 だからわたくしも手放せた。


 だけどネックレスはどうしても連れて行きたい。


「そんなことまでご存知なんですね……気づいているのでしょう?旦那様の手紙には、貴女の結婚式の費用を抑えるためにネックレスを渡すようにと書かれております」


「結婚式の準備などしていないのにその予算はどこへ消えるのでしょうね?お父様をどこまで騙せるのか楽しみだわ」


 わたくしは家令に煽るように笑ってみせた。



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