第5話

 嵌合蟲が新しく加わり、俺たちは四人でダンジョンを歩いていた。嵌合蟲のことで逸れてしまったが元々はダンジョン内を案内してもらう約束だ。メルセデスとフィオラは俺の後ろで歩を進めている。


 嵌合蟲は何故か隣をぴったりと歩いていた。

 妙に近い。油断したら腕が当たる距離だ。

 離れてくれないかなと提言しようとも思った。でも何か言おうものなら鋭い眼光で睨まれそうで、この状況を受け入れるほかなかった。


(何なんだよもう……)


 気を紛らわすように状態ステータスを開く。

 念のため【狂気】が再発していないか確認もしたかった。


 名前:嵌合蟲

 種族:嵌合蟲

 レベル:100

 HP:12500/12500

 MP:9000/9000


 状態異常の記載は完全に消えている。

 この様子だと再度発症することはなさそうだ。


 改めて状態ステータスを確認していると気になることが出てきた。


「あれ、そういえば嵌合蟲って名前はないの」

「名前?」


 嵌合蟲が首を傾げた。


「うん。嵌合蟲って種族名でしょ。メルセデスとかフィオラみたいな固有の名前が付いていないと思って」


 そう言うと、後ろの二人が反応した。


「言われてみればそうですね」

「うむ、おいとかお前で通じたからのう。名前など考えもしなかった」


 あくまで彼等は人間ではないのだ。

 身近なところで考え方の違いを実感していると、嵌合蟲がこう言ってきた。


「ならマスターさん。アンタが俺の名前を付けてくれよ」

「俺が?」

「ああ、何処も誰とも知らないやつに名前を付けられるのは癪だが……アンタから名前を貰えるなら本望だからな」


 嵌合蟲にそう言われて、俺は少し考えることにした。

 名前がないのは不便だし、ここまで言ってくれる配下を無下にはできない。


「名前か」


 嵌合蟲には名前がない。

 そう聞くと、ふと自身が頭に浮かんだ。

 異世界転生してきた俺には、コアの不具合なのか元々の世界が違うからか分からないけど、嵌合蟲と同じように名前が無かった。


「……なら、『ディー』って名前はどうかな」

「ディー?」


 頷くと、嵌合蟲はさっぱりした顔を浮かべる。


「――いいね、気に入った。マスターさんには名付けのセンスもあるようだ」


 嵌合蟲改め、ディーはニヤリと口角を上げた。



 ◇◇



「本当にディーでよかったの?」

「当たり前だろ。マスターさんが付けてくれた名前に文句はねえし、俺はこの名前を気に入ってる。むしろ返せって言われても返さねえよ」

「ならいいけど……」


 名前:ディー

 種族:嵌合蟲

 レベル:100

 HP:12500/12500

 MP:9000/9000


 状態ステータスを確認すると、嵌合蟲の名前が変化していた。

 当人が認めたらOKとか曖昧な感じなのだろうか。……まだまだコアには分からないことが多い。


「――メルセデス。そろそろ時間なんじゃないかえ?」


 ふと、フィオラが声をあげた。


「ああ、もうそんな時間ですか」


 フィオラにそう訊ねられると、メルセデスが何かを思い出したような顔をする。


「しかし、マスターにダンジョン案内する約束がありますので後回しにします」

「真面目なやつだのう。主殿の案内は儂ひとりで充分だ。其方はさっさと行って来い。マスターも言ってやってくれ」


 フィオラにそう振られた。

 毎日決まっている仕事があるのかな。

 何も分からなかったが口を開く。ダンジョン案内はいつでもできることだろう。


「ああ、うん。何か別件があるんだったらそっちを優先で構わないからね」

「そう、ですか。分かりました」


 俺の言葉にメルセデスが神妙に頷く。


「すぐに戻りますのでマスターを頼みましたよ」

「分かっておる」

「それとディー。お前もついてきてくれ」


 メルセデスが視線を向けると、ディーは心底嫌そうな表情を浮かべた。


「やだよ。誰がてめえなんぞ手伝うか。俺に命令していいのは、この人だけだ」

「……まったく」


 そう溜息をついてメルセデスは行ってしまう。

 ディーに何か言おうと思ったが、タイミングを逃してしまった。馬鹿みたいに開いた口を誤魔化すように俺はフィオラに訊ねた。


「メルセデスは何をしに行ったの?」

「食事の調達じゃないかのう」

「ああ、三人のね」


 魔物でも狩って来るのだろうか。

 ダンジョンの外には巨大な森林が広がっている。メルセデスほどの実力者なら食糧となる魔物を狩り放題だろう。


「いいや、儂らは食事を必要とせん。上位存在は魔力だけで生きていけるからの」

「え、そうなんだ……」


 なら一体誰の……?

 呆然とした顔をしていると、フィオラは得心がいったように頷いた。


「そうか。あやつらの記憶はコアから引き継がれていないのだな」

「あやつら?」

「このダンジョンには孤児が住みついていての。居場所を追われた獣人の子共たちをメルセデスが世話してやっておるのだ」

「そうだったんだ」


 配下欄には三人の名前しかないから気付かなかった。住み着いているだけで配下になったらそれはそれで問題だろうが。

 フィオラの言葉に俺は訊ねる。


「何人くらい住んでるの?」

「ざっと十数人かの。数えたことはない」

「なるほどね」

「後で主殿にも獣人の子共らを紹介してやる。ひとまずは行くぞ」


 そう言ってフィオラが先導してくれた。



 ◇◇



 ――――――???視点。


「……イズミちゃん。本当に行くの?」

「何を弱気になってるのよ!まだメルセデスとフィオラさんは気付いてない。私たちがやるしかないの!」


 フィオラやディーの影で、こそこそと何かを計画する二人の子共がいた。

 外見は人間の子共だ。

 しかし、人間とは決定的に違う部分がある。それは頭から生えている動物の耳。彼等が話すたびにぱたぱたと揺れていた。


「うう、なんで侵入者なんか」

「助けてもらった恩を返すときよ。カイ、腹をくくりなさい。最悪の場合はアナタだけでも逃がしてあげるから」


 女の子がそう言うと、男の子はむすっとした表情で言った。


「や、やだよ。逃げるときは二人でだからね」

「はあ……相変わらず変なところで強情よね」

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